第14話 罪と罰

《① 「そいつらをやるのは俺だ」人の獲物に手を出す愚かな魔獣に裁きの鉄槌を下す》


《② 「駆逐してやるッ! 一匹残らずッッ!」ブラビット(黒いウサギを含む)を駆逐する》


《③ 「助けてほしけりゃ、有り金全部出しな」ゲスな顔でチンピラ二人に金を要求する》


 ①を選び、魔獣と戦うことになったのだが、なぜか逃げたはずのチンピラ二人は戻ってきた。

 

 正直に言うとありがたい。

 非常にありがたいのだが……。


「嫌でやんす!」


「バカ野郎! さっさと逃げろって言ってんだろ!!」


「嫌でやんす!」


「この、バカが!!」


「バカでも、オイラはまだアニキと生きたいでやんす!」


「……ッ! 本当、バカ野郎が。その言葉だけで十分だよ」


「ア、アニキイイイ!!」


 なにを見せられているのだろう。

 ちょっと前まで俺を嵌めようとしていたチンピラたちは、何故か魔獣の前で勝手に寸劇を始めていた。


 いや、本人たちは真面目なのだろう。

 ただ、端から見ていると寸劇にしか見えない。


 ほら見ろ、魔獣でさえ「なんでこいつら戻って来たんだ?」と困惑して固まっているじゃないか。


「さあ、来い。一つ忠告しとくと、碌に野菜を食ってねぇオレの肉はちっとばかし不味いぞ」


 今までに聞いたことのないようなダサいセリフを吐き捨て、アニキと呼ばれるチンピラが魔獣に斬りかかる。

 だが、手に持っていた武器はいとも容易く魔獣にかみ砕かれてしまった。


「ふっ。ここまでか……」


「ああ、アニキイイイ!!」


 いや、諦めるの早すぎだろ!

 もう少し粘れよ!!


 ツッコんでいる隙に魔獣はチンピラにとどめを刺そうと身体を大きく仰け反らせ、自慢の牙を振り上げる。

 その間もアニキと呼ばれた方のチンピラは無抵抗で、目を閉じていた。


 お、おいおい! あのチンピラ、マジで死ぬ気かよ!


「あぶねえええ!!」


 咄嗟にチンピラの身体にタックルする。

 その直後に背中に肉を抉られるような痛みが走った。


「ル、ルーキー……なんで俺を……」


「生きて欲しいって願ってる人が傍にいるのに、簡単に命を投げ出すなよ!」


 俺が言えたことではないが、これは心からの言葉だ。

 一回死んだから分かる。

 死んでいいことなんて無い。死ねばただ終わるだけだ。

 その先にプラスもマイナスもない。


 なにはともあれ、チンピラの命を守れてよかった。

 だけど、ちょっと背中が痛すぎる。

 

 今すぐに「いたあああああい!!」と泣き叫びたくなるが、グッと堪えて身体を起こす。

 そのタイミングで俺の全身を大きな影が覆った。


 あ、これ……。

 振り返ると、予想通りそこには真紅の瞳の黒いブラビットがいた。


「ギュルアアア!!」


 あ、これ死んだわ。


「「ルーキーッッ!!」」


 鋭い牙が俺の喉元に迫る。


 だが、悲鳴を上げたのは魔獣の方だった。


「ギュアア!?」


 喉元からどこか見覚えのある細剣の切っ先が伸びて来たかと思えば、魔獣が大きく身体を仰け反らせる。

 そして、次の瞬間黒いブラビットは幾重もの刺突を浴び、仰け反ったまま動かなくなった。


「た、助かった……?」


 あ、なんか一安心したらドッと疲れが来た。

 意識飛びそう。寝ちゃっても大丈夫かな?

 起きたら有り金全部なくなってたなんて、無いよな……。


「バカだな」


 意識を手放す直前、セレンさんが黒いブラビットの背後から姿を現しそう呟いた気がした。



***



 目を覚ますと、またおっさんの顔があった。


 どうして俺の看病をしているのはいつもおっさんなのだろう。

 アリスさんじゃダメだったのだろうか。


「まさか昨日の今日でまたお前をこのベッドに寝かすことになるとは思わなったぞ」


 ガハハ、と笑う支部長のノーキンの頭部は今日も輝いていた。


 ノーキンに一連の流れについて聞かれたため、質問に答えていく。

 その後、支部長からもなにがあったのかを簡単に説明された。


「最近になって魔獣の中に特殊な個体がみられるようになっていてな、お前たちが出会ったのもその個体だろう。前から調査と討伐をセレンに頼んでいたんだが、こんなに早く被害が出るとは思わなかった。だが、安心しろ。お前らを襲った個体はセレンが討ち取った」


 なんとなくそうだろうとは思っていたが、やはり俺たちを助けてくれたのはセレンさんだったらしい。

 

 「冒険者を舐めるな」とか「弟子にはしない」とか言いながらも俺の危機に駆けつけてくれた辺り、実は俺のことが好きなんじゃないかと思えて来た。


《① 「支部長、俺のことが好きなんですか?」と頬を赤らめながら支部長に問いかける》


《② 「セレンさんって俺のこと好きですよね」と支部長に同意を求める》


 それいる?


 確かに、セレンさんが俺のこと好きだったりしてって思ったよ。でもさ、ちょっとしたジョークじゃん。

 同意を求められる支部長の気持ちにもなってみろ。気まずいことこの上ないだろ。


 しかし、①は選ぶわけにはいかない。

 ①を選んだ方が遥かに気まずい。


「セレンさんって、俺のこと好きですよね」


「がっはっは!」


 俺の言葉に支部長はそれ以上なにも言うことなく部屋を出て行った。

 

 傷ついちまったよ。

 俺の矮小な自尊心がよぉ。


 心の中で留めとけばこんな虚しい思いする必要なかったのに……!


 はぁ。

 なんかテンション下がった。


 ため息を漏らしていると、コンコンとドアをノックする音が響いた。

 そして、扉が開くと中にアリスさんとチンピラ二人が入って来た。


「失礼します。クナンくん、少しいいですか?」


「は、はい」


 アリスさんがチンピラ二人と一緒とは一体何事だろうか、と不思議な状況に困惑していると、チンピラ二人は俺の目の前に来てナイフと自らの首を差し出してきた。


「すまなかった」

「すいませんでした」


 ナイフと首を差し出す、という行為はこの世界における最上級の謝罪方法だ。

 日本でいう土下座と似たようなものである。


 自らナイフと首を差し出すことで、「自分の命を好きにしてくれてもいい」という気持ちを表しているらしい。


 うん。重すぎ。前世の価値観が残っている俺からするとドン引きである。


「この二人のしたことは魔獣を利用した殺人未遂です。そのため、今回の一件における被害者のクナンくんは二人に賠償を求めることが出来ます。賠償として妥当かどうかの判断は仲裁たるギルドがさせていただきますが、どうされますか?」


 賠償というと、真っ先に思い浮かぶのはお金だ。

 だが、この二人は俺の有り金を奪おうとしていた。それを考えると金銭的な余裕はないのだろう。


「オレはなんでもする。だが、ゲッスはオレに言われて仕方なくやっただけだ。頼む、ゲッスだけでも許してくれ」


「ア、アニキ!?」


 うーん。

 どうしたものか。


《① 汚れを知らない身体と心を傷物にされてしまったので、責任を取ってもらう》


《② 「今、なんでもって言ったよなぁ?」とネットリした声で聞き返す》


 これ、①を選んだらどうなるんだ?

 傷物にされた責任を取るって、結婚しか頭に浮かばないんだけどそうじゃないよな?

 

 いや、碌でもない選択肢のことだ。

 きっと結婚だ!


 なんでだよ! なんでお前は執拗に俺と男を結ばせようとしているんだ!

 俺は女性にモテたいんだよ!


《③ モテモテになる(ロリコン的な意味で)》


《④ モテモテになる(生物的な意味で)》


 お、おお?

 ③はともかくとして、④ってどういうことだ?

 生物的な意味……ま、まさか生物のオスとしてモテモテになるってことか?


 バカ野郎! それだと人間の女性にもモテるけど虫とか魔獣にもモテるじゃねーか!

 

《追記 知ってますか? この世界で一番多い生物って虫らしいですよ》


 じゃあ、④選んだらメスの虫が俺めがけて群がってくるってことじゃねーか!


 く、くそ……。ならロリコンとしてモテモテになった方がマシな気がしてきた。


 いや、まだ俺は年上ナイスバディお姉さんと結ばれる未来を諦めきれない!


 ここは消去法で②しかない。


「今、なんでもするって言ったよなぁ?」


「ッ! ああ、覚悟はできている」


「ア、アニキ!」


「ゲッス、お前は強い。オレがいなくても、お前ならきっと調査も生き残れる」


「嫌だ! アニキが一緒じゃなきゃ、オイラは嫌でやんす!」


 なんか、すっごい悪いことしてる気分になってきた。

 信じられるか? これ、本当は俺が被害者なんだぜ。


《① 二人に「そんなに仲良しなら、二人仲良く死ぬがいい」と宣告する》


《② 二人の絆が本物か試すデスゲームを開催する》


 ②は悪趣味すぎだろ。

 ①は①で死刑宣告だし……え、どうすんのこれ?


 確かに俺は二人のせいで死にかける危機に陥ったが、別にそこまで恨んではいない。

 結局生き残れているし、生きるために誰かを襲うことはそこまでおかしくないということを森で魔獣たちと争っているうちに学んだからだ。


 デスゲーム、デスゲームか。

 そうだ! これでいこう!

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