第13話 弱者
***<side クッズ>***
『苦しい時こそ、共に支え合い、助け合って生きましょう』
今から数年前、聖教会とかいう宗教に所属する聖女がそんなことを街の広場で語っていた。
バカらしい。
当時、既に親をなくしていたオレは冒険者としてなんとかその場しのぎの生活を続けていた。
優れた魔法を扱う才能もなく、見よう見まねの剣術は周りよりも数段劣る。
実力がないからこそ、仕事は選べなかった。
不当な賃金で冒険者たちの荷物持ちにされたことも、囮として見捨てられたことも数えきれないほどある。
この世には常に強者と弱者が存在する。
強者は奪う側で、弱者は奪われる側だ。
”支え合う”なんて考えは力が拮抗している者どもでしか通用しない。
”助ける”なんて行為は力のある強者だからこそできることだ。
弱者はいつだって奪われ、そして強者たちの食い物にされる。
だからこそ、自分より弱いやつから奪うのだ。
強者に奪われた分は、弱者から奪う。
それが弱肉強食の世界だ。
偶然Aランク冒険者である『光の剣士』から大金を受け取っているルーキーを見かけたときもそのつもりだった。
今話題のルーキーだ。
いずれ、こいつは強者になる。だけど、今はオレたちより弱い。
だから、弱い内に搾取するべきだった。
そして、失敗した。
この世界は弱肉強食だ。
オレが弱いやつを狙っているときに、強いやつが黙ってそれを眺めてくれる保証なんてどこにもない。
「ああああ!!」
視界がにじむ。
牙が食い込んだ肩がどんどん熱を帯びていく。
失敗した。
魔獣を利用しようだなんて考えたことが間違いだった。
オレはここで死ぬ。
助けなど来るはずがない。
ゲッスもあのルーキーもオレを置いて逃げるだろう。
愚かな弱者たるオレを囮に、奴らは生き残る。
いつだってこうだ。
どこでオレは間違えたのか。
罪なきルーキーを襲おうとしたからか?
冒険者になる道を選んだからか?
両親が死んだときに一緒に死ななかったからか?
それとも、この世界に生まれ落ちたこと自体が間違いだったのか?
「ギュルアアッッ!?」
突如、オレの肩に噛みついていた魔獣が悲鳴を上げオレを突き飛ばした。
これ幸いと地を這い魔獣から離れる。
だが、魔獣はオレを追いかけてこない。
なにが起きたのか把握するべく顔を上げると、魔獣の右目には木の槍が突き刺さっており、魔獣の前にはあのルーキーが堂々と立ちはだかっていた。
「そこの二人は俺が喧嘩してた相手だ。勝手に人の獲物取ってんじゃねえよ、黒ウサギ!」
「ギュルアアアア!!」
クナンとかいう新人冒険者が啖呵をきると、魔獣は雄たけびをあげ新人冒険者の方に向かっていった。
なぜ、あいつが……?
理解できない行動を目の当たりにし、動けずにいるオレの下にゲッスが駆け寄ってくる。
「アニキ! 大丈夫でやんすか!?」
「あ、ああ。なんとか、意識はある」
「なら、よかったでやんす。それより、今の内に早く逃げるでやんす!」
「ああ」
ゲッスに肩を貸してもらい、急いでその場から離れる。
だが、視線は自然とクナンという新人冒険者と魔獣の方に吸い寄せられていた。
堂々と啖呵を切ったのだから、なにか切り札でもあるのかと思ったが、そんなことはなくクナンという男は終始魔獣に押されっぱなしであった。
回避に必死で碌に反撃することが出来ていない。
時折、魔獣の牙が頬や脇腹をかすめており身体の各所から出血し始めていた。
無謀だ。
勝てるわけがない。
あいつがオレたち同様弱者であることは明らかだ。
弱者が強者に抗ったところで勝てるはずがない。
それなのになぜお前は戦う。
疑問を感じていると突然ゲッスが足を止めた。
「ゲッス、どうした?」
「アニキ、オイラやっぱりあいつを置いていけねぇでやんす!」
そこでオレはゲッスの目に涙が溜まっていることに初めて気づいた。
「あいつ、逃げようとしてたでやんす。でも、でもオイラが「助けて」って言ったら足を止めて、オイラたちのために魔獣に立ち向かってくれたでやんす!」
なんだそれは。
なら、今あいつが命がけで戦っている理由はオレたちのためだというのか。
オレたちはあの男から卑怯な手で金を巻き上げようとしていたのに、あいつはそんなオレたちですら助けだそうとしているのか。
「バカが……。ゲッス、放っておけ。オレたちは逃げるぞ」
「で、でも!」
「ゲッス!!」
現実が見えていない。
ゲッスはオレと同じくすぶっていた冒険者だ。
冒険者になりたての頃は「オイラは世界一の冒険者になるでやんす!」と息巻いていたからよく覚えている。
だが、悪意のある冒険者に目を付けられ、騙され、嵌められ、冒険者として大切な最初の一年を棒に振ることになった。
信じていた仲間に裏切られ、森の中で見捨てられたゲッスと偶然出会ったのがオレだ。
失意のまま魔獣に食い殺されかけていたゲッスは明らかにオレより弱者だった。
だから、オレもゲッスを利用するつもりでゲッスに声をかけたのだ。
ゲッスだって分かっているはずだ。
オレたち弱者が得られる栄光など無い。
その日暮らしのために這いつくばって底辺を生きるのがお似合いなのだ。
「オレたちは敗北者だ。学園にいく金もなく、親がいないが故に定職につくことも出来ず、冒険者としても大成出来なかった。だから、今日卑怯なことをしてでも金を得ようとした。違うか?」
「そ、それは……」
「今更、無理なんだ。オレたちになにができる? 戻っても無駄死にするだけ。他人の不幸に目を背けて、人の善意に唾を吐き捨てて生きていく。オレたちはもうそういう生き方しかできねーんだ」
「ッ」
ゲッスに言い聞かせ、そして、今も戦う新人冒険者に背を向けて歩き始める。
そうだ。これでいい。
この世界は弱肉強食。人を蹴落とす度胸が無ければ這い上がることは出来ない。
誰かを助けたいだなんて甘えた考えはおとぎ話の中だけで十分だ。
その事実をオレもゲッスも嫌というほど理解しているはずだった。
「嫌でやんす……ッ!」
なのに、今更になってどうしてこいつは駄々をこねる。
「オイラたちは、確かに真っ当な生き方をしてこなかったでやんす。人の醜さも、悪意も一身に受けてきたでやんす。でも、でも、思い出してしまったでやんす。オイラが信じていた人たちに裏切られたとき、手を差し出してくれたヒーローがいたでやんす!」
「バカが……ッ。ヒーローなんていない。分かってないなら教えてやる。オレは、ただお前を利用しようとしただけだ!」
そうだ。
オレはヒーローなんて輝かしいもんにはなれない。
ゲッスのためだなんて高尚な思いも持ち合わせていない。ただ、オレ自身のためにしただけの行動だ。
「それでも、オイラはアニキに助けられた!」
ゲッスの言葉に思わず息を呑む。
反論はなぜか口から出てこない。
「アニキがなんと言おうと、オイラはアニキに救われた! アニキが自分の運命を恨んでることは分かってるでやんす。オイラにも多少はその気持ちがわかるでやんす。でも、オイラは……オイラはアニキに救われたのに、アニキも誰も救えない、今も昔もずっと弱いままの自分ではもういたくないでやんす!」
目にいっぱいの涙を溜めながら、ゲッスは走り出す。
俺に背を向け、自らを縛り付ける過去の呪いを振り払うように雄たけびを上げ、遥か格上の魔獣に斬りかかる。
いつの間にか、ゲッスはオレなんかよりもずっと大人に成長していた。
もしかすると、オレがあの新人冒険者から金を巻き上げようと提案した時もゲッスは本意ではなかったのかもしれない。
くだらない御託を並べ、正しくもないことを正当化していたのはオレの方だった。
眩しい。
ゲッスもクナンとかいう新人冒険者も汚れ切ったオレには眩しすぎる。
だから、オレはこいつらをもう見ていられない。
「ぐああっ!!」
「あぶねぇ!!」
魔獣の攻撃を食らったのか、ゲッスの悲鳴が響く。
鋭い牙を振り回しながら、魔獣は倒れたゲッスに覆いかぶさる。
そして、肉に鋭い牙が突き刺さる音が辺りに鳴り響いた。
ポタポタとオレの顔に血が滴り落ちる。
魔獣の牙が深々と突き刺さった右腕からは今もとめどなく血が流れている。
「ア、アニキ……」
背後から聞こえるゲッスの声は震えていた。
ゲッス、新人冒険者。
お前らの目にオレの背中はどう映っているだろうか。
クソみてえなことをしたことを許して欲しいなんて今更言うつもりはない。
だけど、もしも汚れきったオレの声が届くなら、オレの背中から少しでもなにか感じてくれるのであれば、どうかオレの願いを聞いてくれ。
「悪いな、ゲッス、ルーキー。この魔獣はオレの獲物だ。こいつの相手だけは、有り金全部出されても譲れねぇ。お前らガキはさっさと帰りな」
未来にオレのような諦めた人間は必要ない。
だから、せめて希望を持っているお前らの今をこの身をもって明日に繋げてやろうじゃねえか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます