第12話 チンピラ
街を出て東に少し歩いたところに広大な草原が広がっており、その草原の先に山はあった。
山に近い草原にはブラビットなどの小型の魔獣の姿もあった。
ブラビットを見ると嫌なことを思い出す。
一先ず、魔獣も刺激しないくらいに離れた位置で武器でも磨いて待っていよう。
俺が今使っている武器は手作りの槍なわけだが、ぶっちゃけそろそろ本格的な武器を持ちたいところだ。
木の槍は軽いという利点があるが、固い皮膚を持つ相手には弱い。
前世の俺だったらきっと剣や刀を欲しがっていた。実際、この世界に転生してジョート家で暮らしていた頃に教えてもらっていたのは剣の使い方だ。
だけど、一度槍の素晴らしさを知ってしまえばもう後戻りは出来ない。
想像してみて欲しい。
こちらを殺し得る凶器を持った敵と戦う時に最も心強いものはなにか。
それは距離だ。
自分の攻撃は届くけど、相手の攻撃は届かない。
剣や刀ではそう簡単に生み出せない絶妙な間合いの差を生み出してくれるのが間合いなのである。
前世で碌に格闘技なんてものを学んだことがない俺からすれば、一度知ったリーチの長さのアドバンテージはもう二度と手放せない。
どっかの銃使いが「銃は剣より強し」と言っていたのも納得である。
俺も火器使いてぇ。
なんでこの世界って銃無いんだろ。なんなら弓矢もそこまで普及してないし。
やはり魔法か? 魔法のせいなのか?
武器に思いを馳せていると、ドサリと音を立てながら俺の横に小型のなにかが投げ込まれた。
それは血に塗れた魔獣の死体だった。
は……?
お、おいおい、どこのどいつだ。
この草原にはあいつらがいるんだぞ?
殺す気か?
慌てて周囲を見渡すと、少し離れたところからこちらを見つめる二人の男たちが目に入った。
冒険者のような見た目をしているが、装備品のところどころから粗さが目立つ。
まさか、あいつらの仕業か?
だとしたらなんのために?
そんなことを考えている隙に、血の匂いにつられたブラビットたちが続々と俺の近くに寄って来る。
その数は低く見積もっても十はいた。
よし、逃げよう。
今ならまだ街に引き返してもブラビットたちは俺に追いつかないはずだ。
猛然と向かってくるブラビットたちに背を向けるが、そんな俺の目の前に遠くからこちらを見ていた二人組が立ちはだかった。
「おっと、ルーキー悪いな。ここを通りたきゃ、通行料を払ってもらおうか」
「通行料は有り金全部でやんす」
こ、こいつら……!
なんたるクズだ。まさかこいつらがさっきの死体を投げつけて来たのか?
「ふざけんな。分かってんのか? このままだとブラビットが襲い掛かって来るんだよ」
「おーおー、そいつは困ったなぁ。なら、俺たちがお前を助けてやろうか?」
「手助け料はそうでやんすねぇ。有り金全部でいいでやんす」
金を出せと言わんばかりに手を出すチンピラたち。
やはりクズだった。
セレンさんなんて可愛いものだ。こいつらこそが真のかませ犬に違いない。
温厚な俺もこの仕打ちには黙っていられない。
デスパイダーさえ倒した実力を今こそ見せつける時だ……!
《① やられたらやり返す。目の前の男たちをボコボコにして、魔獣の餌にしてやろう》
《② 昨日の教訓を忘れるな。かませ犬に見えているが、実は途轍もない実力者かもしれない》
あっぶね。
選択肢が出てくるのがあと少し遅かったら、俺はこの二人組に突っ込んでいた。
確かに選択肢の言う通りだ。
実はこの二人は恐ろしい実力の持ち主かもしれない。
実力がありながら、俺のような新人をいじめ、有り金を巻き上げるチンピラという可能性は十分あり得る。
え? だとしたら、こいつらやっぱり滅茶苦茶クズじゃん。
「キュルルルル!」
目の前の二人のクズっぷりに慄いている内にブラビットたちが追い付いて来たらしい。
直ぐに振り返り、槍でブラビットを打ち返す。
一体打ち返せば直ぐに二体目、三体目が襲い掛かって来る。
この五年俺だってなにもしていなかったわけじゃない。
《ゲームシナリオ》による強制戦闘でブラビットの群れと戦ったこともある。
一体打ち返したら直ぐに距離を開ける。
そして、最初に向かってくる奴を打ち返してはまた距離を開ける。
足の速さの違いというブラビットの個体差を生かした戦法で囲まれることを防ぎつつ向かってくるブラビットの数を減らしていく。
これが俺の五年に渡る修行の成果である。
よしよし、この調子ならこの危機を乗り越えることが出来るはずだ。
そう一安心したのも束の間。
クズ二人がこのまま俺が窮地を脱するところを黙って見ているはずが無かった。
「ちっ。思ったよりもやるみてぇだな」
「ア、アニキ、どうするでやんす?」
「……仕方ねぇ。ゲッス、あれをやるぞ」
「あ、あれでやんすか!? そこまでやるでやんすか?」
「それしかねえだろ。明日を生きるためだ、やるぞ!」
なにかを話し終えたクズ二人は、俺が打ち返して草原に転がっているブラビットの身体に剣を差し息の根を止めていく。
それだけならいいが、更に二人は血が溢れるブラビットの死体を俺の方に投げつけて来た。
「あぶねっ!」
辛うじて躱すが、飛び散った血を躱しきることは出来ず、かなりの量の血が服に付いた。
「悪いなルーキー、恨むなら金を渋った自分を恨め。これでてめーはもうブラビットたちから逃れられねぇ!」
「アホか! それを言ったら、お前らだって武器に血の匂いがべったり付いてるだろ!」
「残念だったな。オレたちは臭い消しを持ってきている」
バ、バカな……!
臭い消しなんて便利なものがあったのか。
いや、動揺している場合じゃない。
あの二人の言う通りなら、俺だけがブラビットに襲われることになる。
流石にそれはまずい。
「この臭い消しを売ってやってもいいでやんすよ。ただし、対価は有り金全部でやんすけど――うぎゃあああ!」
突然、クズ二人の片割れが悲鳴を上げた。
「ひ、ひぃ! なんだこいつは!」
もう片方の男も異変に気付いたのか、慌てて振り返る。
そこにいたのはブラビットによく似た姿の魔獣だった。
ただし、体長は人間よりも少し大きく、その体毛は純白のブラビットとは打って変わって真っ黒だった。
その魔獣が男の肩に牙を突き立て、ジュルジュルと血を吸っている。
「こ、この化け物め! ゲッスを放しやがれ!!」
剣を持った男が仲間のゲッスを助けるために、剣を振るう。
黒いブラビットは一度ゲッスと呼ばれた男を解放してから、自慢の牙で剣を砕き、そして自身に歯向かってきた男の肩に牙を突き刺した。
「ぎゃあああ!!」
だだっ広い草原に男の悲鳴が響き渡る。
少なくとも俺より経験者である冒険者が全く歯に立たない。
正確な実力は測れないが、黒いブラビットからはデスパイダー同様に強力な魔獣の気配が漂っていた。
あれはヤバイ。
多分、俺一人で相手出来るような奴じゃない。
「た――」
ゲッスと呼ばれていた男が肩を抑えながら俺になにか言いかけたその瞬間、世界が動きを止め、俺の目の前に選択肢が三つ浮かび上がった。
《① 「そいつらをやるのは俺だ」人の獲物に手を出す愚かな魔獣に裁きの鉄槌を下す》
《② 「駆逐してやるッ! 一匹残らずッッ!」ブラビット(黒いウサギを含む)を駆逐する》
《③ 「助けてほしけりゃ、有り金全部出しな」ゲスな顔でチンピラ二人に金を要求する》
噓でしょ?
嘘って言ってよ! ねえ!!
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