第11話 金

 バッカスさんかダンデさんか、はたまた他の誰かか。

 この選択はかなり重要な気がする。

 

 ここは慎重に検討したいところだが……。


《① バッカスの弟子になる。代償としてアルコール中毒になる》


《② ダンデの弟子になる。代償としていつか女に刺される》


《③ バッカスとダンデには悪いが、俺には心に決めた人がいる。ボロボロになった俺を容赦なく何度も叩きのめし、冒険者の厳しさを教えてくれた人。そう、俺の女王様に相応しいのはセレンさんしかいない!》


 やっぱり来たか。

 選択と来ればこいつが黙っていないのは簡単に予想出来た。


 それにしても、案の定碌でもない選択肢ばかりだ。

 アルコール中毒になんてなりたくもないし、女にも刺されたくない。

 そうなると③だが、そもそも③は師匠じゃなくて女王様と言っている。


 おかしいだろ。

 いつまでSMのくだり引っ張るんだよ。


 いや、でも③はなあ……。

 セレンさんは美人だけど、ちょっと言動がかませ犬っぽいんだよなぁ。

 まあ、俺も人のことは言えないけどさ。


 なにより俺のことを敵視していた人とマンツーマンで指導受けるのって気まずくないか?

 

 だが、アル中にはなりたくない。刺されたくもない。


 ……③だな。

 ま、セレンさんは美人だしな! それに実は身内には甘いタイプかもしれない!


「俺にはもう心に決めた人がいます」


 俺の言葉を聞いたアリスさんは静かに、されど嬉しそうに目を細めると一枚の紙を俺の前に差し出してきた。


 そこに書かれているのはとある宿屋の場所が記された地図だった。


「そこにセレンがいます。明日の朝にでも訪ねてみなさい」


「はい」


 クールに紙を受け取り、振り返る。

 振り返った先、扉の前にはバッカスさんとダンデさんが待っていた。


「せっかくのお誘いですが、今言った通り俺には心に決めた人がいます。すいません」


「ふっ。そんな堅苦しい言い方しなくてもいい。それに、あいつが師匠になるなら俺としても文句はねえさ。坊主、頼んだぞ」


「同感だな。ま、それに俺たちの関係がこれで途切れるわけでもない。困ったことがあればいつでも声かけな」


 めっちゃいい人たちじゃん。

 あれ、もしかして選択間違えたか?


 いやいや、セレンさんだってきっと優しいはずだ。

 それになんていったって美人だからな!


 バッカスさんとダンデさんにお礼を告げてから部屋を後にする。

 アリスさんに言われた通り、明日の朝にでもセレンさんが寝泊まりしているであろう宿を訪ねるとしよう。


《① 善は急げだ。今から宿屋へ行き、セレンの部屋の前で待ち構えておこう》


《② 善は急げだ。今から身体をリボンで縛り、セレンの部屋の前で転がっておこう》


 サプライズプレゼントってか?

 世界で一番いらないプレゼントだろ。


 まあ、俺もそろそろこの選択肢にも慣れて来たところだ。

 ①くらいなら楽勝である。


 早速、セレンさんがいるという宿へ向かい、店主に事情を説明し納得してもらった上でセレンさんの部屋の前で待つことにした。


***


 待ち続けること数時間、すっかり日が昇ったころに漸く扉が開き、寝起きのセレンさんが顔を見せた。


「弟子にしてください!!」


「……は?」


 ポカンとした表情のセレンさん。

 改めて見るとやっぱり美人だな。

 寝起きだからか薄着なところもポイント高い。


「断る」


 セレンさんの美しい姿に鼻の下を伸ばしていたからだろうか、ハッキリとそう告げるとセレンさんは扉を閉めてしまった。


 お、おう……。

 予想はしていたが、やっぱり断られてしまった。

 どうしようか。バッカスさんとダンデさんに改めて師匠になってくださいとお願いしに行くか?

 それとも、アリスさんに相談しようか。


 迷っているといつもの選択肢が頭の中に浮かび上がって来た。


《① 弟子にしてもらえるまで「弟子にしてください!」と言い続ける》


《② 諦めない》


 同じじゃん。

 嫌がってる相手に無理矢理お願いするというのは気が進まないが、俺にも逃げ場がない。

 セレンさんには運が悪かったと思ってもらおう。


 おっと、タイミングよく再び扉が開いた。


 扉の先にいたセレンさんはは昨日ギルドで見た時と同様に、胸当てや腕当てなどの装備を見に纏っおり、俺の顔を見た途端に顔をしかめた。


 気持ちは分からなくも無いけど、人の顔見た途端にすっごい嫌そうな顔を浮かべるのやめてくれねえかな。

 しかし、この程度でくじけるわけにはいかない。


「弟子にしてください!」


「ふん」


 今度は一言も返さずに、俺の横を通り宿の出口へと向かっていく。

 その後ろを俺も付いて行く。


「弟子にしてください」


「……」


「弟子になりたいんです」


「……」


「弟子がいるって人生で一度は言ってみたいと思いませんか? 今なら俺を弟子にするだけで、師匠になれちゃいますよ」


「……」


「俺の師匠になってくれるなら返事をしないでくださいね。弟子にしてください」


「ならない」


 く、くそ!

 意地でも師匠にならないというのか。


 ここはアプローチの仕方を変えた方がいいかもしれない。正攻法でダメなら卑怯と言われようと絡め手を使うべきだ。


「あー、イタイイタイ。イタイなぁ。昨日、セレンさんにボコボコにされたせいか身体がイタイなぁ」


 ピクリ、と僅かにセレンさんの肩が動いた気がした。


 よしよし。流石にセレンさんも人を傷つけても何も感じない冷徹な人ではなかったらしい。


「これを持っていけ」


 この調子で罪悪感をチクチク攻めるつもりだったが、それより先にセレンさんは俺にズシリと重みのある小包を投げて来た。


「え? き、金貨!」


 小包の中にあったのは金貨だった。

 この世界の通貨は銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨の五つがある。

 つまり、金貨は上から二番目という中々の大金なのである。


 その金貨が少なくとも十枚以上は小包に入っている。


 うっひょー。大金だ!

 これなら数十日は宿に泊まれるし、飯だって食いにいける!


「こ、こんなに貰っていいんですか!? って、セレンさんは?」


 いつの間にかセレンさんの姿は見えなくなっていた。

 どうやら俺が金貨に夢中になっている隙に逃げられたらしい。


 しまった。俺の目的は金貨ではなく、セレンさんに師匠になってもらうことだったというのに。

 とりあえず小包は大切に懐にしまうとして、セレンさんを探さなくては!


 セレンさんを探すために真っ先に向かったのは冒険者ギルドだ。

 ギルドに飛び込むや否やギルド内を見渡すがセレンさんの姿はどこにも見えない。

 キョロキョロと周囲を見渡しながらギルド内を歩いていると、アリスさんが俺の方に寄って来た。


「どうしたんですか?」


「セレンさんを探しているんです」


「セレンを? 朝会いに行かなかったのですか?」


「会ったんですけど、弟子にはしてもらえなかったんです。だから、またお願いしようと思って追いかけているところです」


「ああ、なるほど。セレンも頑固ですね。そういうことでしたら、街の東に位置する山に行くといいかもしれません。最近、彼女はそっちによく行っているそうですから」


 街の東側か。俺がこの街に来たのは北の方からだから、そことはまた別の方向だ。

 しかし、山に行ったということは魔獣の討伐でもしに行ったのだろうか。


「ありがとうございます。ちょっとそっちに向かってみます」


「一人で行くのですか?」


「はい」


「東の山は比較的大人しい魔獣が多いという話ですが、この街に来たばかりのクナンくん一人で入るのは推奨できません。山の麓周辺でセレンを待つことをお勧めします」


「なるほど。ありがとうございます。そうしてみます」


「クナンくん」


 アリスさんに感謝を告げ、東の方へ向かおうとするが直前でアリスさんに呼び止められた。


「はい?」


「あまり、お金の臭いを撒き散らさないように」


 お金の臭い?

 もしかしてさっきセレンさんから貰った金貨の入った袋のことだろうか。


 試しに嗅いでみるが特別嫌な臭いはしない。


「そういう意味じゃありません。大金の入った袋はもう少し隠した方がいいということです」


 ああ、なるほど。

 確かに、金を持ってますアピールはよくないもんな。変な奴に目をつけられても面倒だし。


「分かりました。ご忠告ありがとうございます」


「……気を付けてください」


 改めてアリスさんにお礼を告げてから、ギルドを後にした。

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