第10話 詭弁
《① バッカスに「童貞を貰ってください」と言う》
《② ダンデに「童貞を捨てさせてください」と言う》
《③ 受付嬢に「童貞を捨てたいです」と言う》
ふう、少し冷静になろう。
俺もこの選択肢とはそれなりに長い付き合いだ。選択肢に隠された意図にも気づいている。
バッカスさんとお酒を飲むのか。
ダンデさんに大人の遊びを教えてもらうのか。
はたまた、受付嬢の下へ行きセクハラするのか。
その三択のうち何を選ぶのかを問いかけているのだろう。
最後だけおかしいだろ。
いや、最後だけじゃない。そもそも言葉選びがおかしい。
どうして、今世初の飲酒や初めての女遊びを童貞を捨てるという表現にしたんだ。
童貞というワードに敏感に反応しやがって。さてはお前も童貞だな?
選択肢くんが童貞かどうかはさておき、出された以上この三択から選ばなくちゃいけない。
無理じゃね?
はたから見たときに、①はバッカスさんの尻にぶち込みたがっているおっさん趣味のホモ野郎だし、②は、ダンデさんにぶち込まれたいこれまたホモ野郎だ。
③に関してはセクハラだ。
どの選択肢を選んだって、誰かしらの好感度は下がるじゃねーか。
どうしてこんなことになったんだ。
そんなにも俺のモテモテハーレムを作りたいという願いは分不相応なものなのだろうか。
お前にはおっさんか変態がお似合いだと選択肢は言いたいのだろうか。
ふざけんな!
モテモテハーレムは確かに高望みかもしれねーけど、俺にだって一人の女性を愛して結ばれるくらいの幸せがあったっていいはずだ!
俺はこんな選択肢に屈しない。
見てろよ、選択肢め。お前の思い通りになんてさせない!
***<side バッカス>***
「童貞を捨てたいです」
「え……?」
その瞬間、賑わっていたギルド内に静寂が訪れた。
声のした方に視線を向ければ、さっきまで俺の横にいたルーキーのクナンがギルドで一番人気と噂の受付嬢・アリスの前に堂々と立っていた。
突然の出来事に困惑しているのか、アリスは目を点にしていた。
「おいおい、あいつ死ぬぞ?」
俺の横でダンデが冷や汗を垂らしながら呟く。
そういえば風の噂で聞いたことがある。
ダンデが以前酔ってアリスの尻を撫でようとした時に、強烈な回し蹴りを浴びて三日間昏倒していたと。
今でこそ受付嬢をしているアリスだが、かつてはAランクまで上り詰めた冒険者だ。
ベテランの俺やダンデは知っているが、坊主は知らなかったのだろう。
「それは、どういう意味ですか?」
アリスがクナンに問いかける。
表情こそ笑顔だったが、実力者が見れば震えるような淀みの無い洗練された魔力が彼女の全身に漲っていた。
ま、まずい。
アリスがキレかけている。返答次第では、あの坊主の心に一生の傷が残りかねない。
初対面の女性に「童貞を捨てたい」などというセクハラまがいの発言をしている坊主が悪いとはいえ、目を付けた冒険者がボコボコにされる姿を見るのはいたたまれない。
それに、坊主はまだガキだ。
ここは大人の俺が止めに入るべきだろう。
「待て、バッカス。あいつを見ろ」
二人の間に割って入ろうとすると、ダンデに肩を掴まれた。
「見ろって、見てるからやばいんだろ。今日はまだ仕事が残ってるせいか、ただでさえアリスの機嫌は悪い」
「そっちじゃない」
そっちじゃない? どういうことだ。
アリスじゃなくて、坊主の方を見ろということか?
ダンデの言葉に首を傾げつつ、言われた通り坊主の方に目を向け、思わず息を呑んだ。
そこにいたのは目をギラつかせ、何かを強く求める一人の男。
アリスが放つ威圧感に臆することなく、堂々と彼女の目を見据える強い意志を宿した男の姿があった。
「俺は、弱い。今日の昼間に嫌というほどそれを味わいました。冒険者という厳しい世界において、俺は童貞のように無知です。だから、童貞を捨て一皮剥けるように、俺も冒険者として高みを目指したいんです」
こいつは本物かもしれねぇ。
ハッキリとアリスに向けて言い切る坊主の姿を見て確信にも似た希望を抱いた。
普通、俺やダンデのようなベテラン冒険者に気に入られたとなれば多少なりとも調子にのってしまうもんだ。
だが、あの坊主は俺らなんて目もくれず強くなることに貪欲だった。
昼間のセレンとの決闘。俺らからすれば大健闘でも坊主からすれば悔しい敗北だったのだ。
坊主の言葉は誰も予想していなかったのだろう。
坊主に注目していたその場にいる全員が、言葉を失っていた。
そんな中、真っ先に口を開いたのはアリスだった。
「なるほど。それならそう言ってください。どこぞのエロ親父のように、「ぐへへ、美人なおねーさんで童貞捨てさせてくれよ」とでも言いだすのかと思いました」
アリスの言葉にダンデがビクッと肩を震わせた。
こいつ、そんなこと言ってたのか。
人をバカと言っていたが、余程ダンデの方がバカじゃねーか。
「そうですね。でしたら、こちらで話をしましょう。ここでは少々目立ちますからね」
アリスはそう言うや否や、坊主の手を引き奥の方へ姿を消した。
恐らく、相談室を利用するのだろう。
こうしている場合じゃない。
俺も行かねーと。
グラスに残った酒を一気にあおり、席を立つ。それと同時にダンデも立ち上がっていた。
「どうした、バッカス? 晩酌を終わらせるにはちと早いんじゃないか?」
「てめーこそ、いつもの女遊びはどうした? さっさと女冒険者に声かけて殴られて来いよ」
恐らく、こいつも考えていることは俺と同じなのだろう。
だが、こちらもそう簡単に譲るわけにはいかない。
「たまには可愛い後輩と遊んでやるのも悪くないと思ってな」
「そーかそーか。なら、残念だったな。あの坊主に先に声をかけたのは俺だ」
「あの坊主のためを思えば、バカなお前より俺と一緒の方がいいと思うがな」
「エロ親父には言われたくねーな」
ダンデと肩をぶつけ合いながら、我先にと同時に相談室に飛び込む。
「「坊主、俺の弟子にならないか!?」」
***<side end>***
ふー、危なかった。
童貞という言葉を強引に初めての冒険者生活という意味に置き換えることでなんとか窮地を逃れることに成功した。
キモい言い回しに受付嬢のアリスさんから軽くお説教を食らったものの、その程度なら軽傷だ。
「聞いていますか?」
「あ、はい」
現在はアリスさんと二人きりでお話している最中だ。
仕事だからだろうが、アリスさんはこんな俺にも懇切丁寧に冒険者について教えてくれている。
「冒険者として成長するなら、誰かに師事するのが一番の近道という話ですよね?」
「はい、その通りです。誰かの弟子となるメリットは大きく分けて三つあります」
おお、三つもあるのか。
「一つ目は、師匠の知識を受け継ぐことが出来るという点ですね。戦闘技術や魔獣の特徴、サバイバルの技術など生き残るために冒険者が学ぶべきことは多々あります。それらを現地で直接指導されることが恐らく一番のメリットですね」
確かに。
前世においては社会人として働くときも最初に研修があった。
一人で試行錯誤することも時には必要かも知らないが、命がかかっているこの世界でそれをするのは余りにも愚策だろう。
「二つ目は、安全に経験を積むことが出来るという点です。師匠がいれば、いざという時に助けてもらえるため命の危険を減らしつつ大きな経験を獲得出来ます」
なるほど。
ゲームなどでも、一人上級者がいるだけで自分だけでは挑めないランクの敵と戦うことが可能となる。
上級者の立ち回りを見ているだけでも勉強になるし、得られる経験は確かに大きい。
「そして、三つ目は人脈作りですね」
「人脈?」
「はい。師匠となってくれたは勿論ながら、その人の友人など、冒険者に限らず様々な人と知り合うことが出来ます。その人脈は必ずあなたが困った時に役立つことでしょう」
はえー。
人脈か。想像したことも無かった。
でも、前世でも部活の顧問の人脈から高校や大学に進学する人とか、大学の教授のツテで就職先を紹介してもらってる人とかいたし、それに近い感じだろう。
確かにあれば便利なことに違いない。
なにはともあれ、アリスさんの言う通り師匠を得ることは大きなメリットがあるようだ。
俺も俄然師匠が欲しくなってきた。
問題は誰に師匠になってもらうかだ。
「「坊主、俺の弟子にならないか!?」」
どうしたものかと悩んでいると、突然部屋の扉が開き転がるようにバッカスさんとダンデさんの二人が飛び込んできた。
「坊主、どうせアリスから師匠を持つように勧められたんだろ? なら、俺にしとけ! 今なら酒も奢ってやるぞ!」
「坊主、師匠にするなら俺にしとけ。今なら女の扱い方も教えてやるぞ」
「てめえが教えられるのはセクハラだけだろ!」
「それを言うならてめえだって、ガキに酒を無理矢理飲ませようとしてんじゃねーか!」
またしても俺を置き去りにして二人で言い合いを始めてしまった。
正直どっちもどっちだ。
「静かにしてください」
アリスさんが静かにそう言い放つと、二人の動きが止まった。
す、すげぇ。
視線すら向けてないのに、声色と雰囲気だけで二人とも黙らせた。
「後ろの飲んだくれとエロ親父は置いといて、クナンくんはどうしたいのですか?」
アリスさんはそのアメジストのような瞳でジッと俺を見つめていた。
その瞳はどこか俺を見定めようとしているようでもあった。
「後ろの二人は素行こそ難がありますが、冒険者としてBランクまで駆け上がっているだけあり実力も経験も本物です。二人のどちらかを選ぶのもいいでしょうし、他にクナンくんが師事したい方がいるのならその方でもいいでしょう。クナンくん、選んでください。あなたは誰に師事しますか?」
バッカスさんかダンデさんか、はたまた他の誰かか。
この選択はかなり重要なものになる。
そんな気がした。
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