第9話 童貞
ボコボコにされた俺が目を覚ますと、スキンヘッドのおっさんがいた。
確か、俺とセレンさんの戦いを止めてくれた人だ。
誰かは知らないが感謝しなくてはならない。この人がいなかったらあと少し俺の心は折れ、俺はきっとSM界の帝王になっていただろう。
「目を覚ましたか」
「さっきはありがとうございました」
「ふっ。いいってことよ。未来ある冒険者を守るのも支部長の役割だからな」
支部長。
この世界に存在する冒険者ギルドは主に三つあるといわれている。
その中の最大派閥である冒険者ギルド「希望の夜明け」は世界中に支部が点在している。
その支部の長が支部長だ。
支部長になるには冒険者ランクがAを越えた経験が必要とされており、名実共に優れた人物でなくてはならない。
まあ、簡単に言えば偉い人である。
《① ムチと首輪を支部長に渡して、「私めは今後ずっとあなた様の犬です!」と媚びを売る》
《② 俺は権力には屈しない。「なんでも貴様の思い通りになると思うなよ」と宣戦布告する》
なに言ってんだこいつ。
まあ、媚びを売るのはいいよ。
でもさ、ムチと首輪渡されても普通の人はドン引きするだけなんよ。微妙にSMを引っ張って来るな。
②は②で意味がさっぱり分からん。
なんなの? 支部長は裏でよからぬ企みをしている悪い人なの?
非常に悩むが、どちらかと言えば②だ。
①はほぼ確実に「変態」という称号が付くが、②なら若気の至りと許してもらえる可能性がある。
支部長もスキンヘッドではあるが、優しそうな表情をしているし菓子折りと共に後日謝罪に行けばきっと許してくれるだろう。
「ふん。なんでも貴様の思い通りになると思うなよ」
支部長は目を点にして固まった。
その後少ししてから声を大きくして笑い出した。
「はっはっは! 威勢がいいのは悪いことじゃない。それに冒険者は自由だからな。まあ、自由過ぎるのも困りものだが、若いうちにしか出来ないこともある!」
バシバシと俺の背中を何度か叩くと、支部長は俺の前に手を差し出してきた。
「自己紹介が遅れたな。冒険者ギルド「希望の夜明け」アポッペ支部支部長のノーキンだ。歓迎するぜルーキー」
よかった。
支部長は見た目通り豪快な性格らしく、俺の失礼な態度も「生意気なガキ」と本気にしていないようだ。
よし、ここで「さっきは失礼な態度とってすいませんでした。こちらこそこれからよろしくお願いします」と丁寧に頭を下げよう。
「俺はクナン。あんたの野望を打ち砕き、終わりなき苦難の連鎖に終止符を打つものだ」
なあ、選択肢くん。
百歩譲って好き勝手言うのはいいんだけど、安易に黒歴史を量産しないでくれないか?
さっきのセレンさんとの戦いで調子に乗った態度を取ると後に引けなくなって苦しむって学んだばっかじゃん。
「ほう。それが出来るなら、見てみたいものだな」
ほら見ろ。
ノーキンさんも呆れたのか表情から笑顔が消えてるじゃねーか。
その後、ノーキンさんは部屋から出て行った。
きっと関わらない方がいいと思われたのだろう。
転校初日の挨拶に失敗したかのような気の重さを感じつつ、俺も部屋を後にした。
俺が休んでいたのはギルドの二階だったらしく、階段を降りると賑やかなギルドの風景が広がっていた。
俺が寝ている間に夜になったのかギルド内の食堂は酒場となっていた。
あちこちから「乾杯」の声や楽し気な笑い声が聞こえてくる。
前世ではありえないような髪色のイケメンや美女、筋肉ムキムキの巨漢や甲冑を身に着けた騎士のような人。
ローブを見に纏った魔法使いらしき人もいる。
なんかちょっと興奮してきた。
ただ、賑やか過ぎて肩身が狭い。何処へ行けばいいかも分からないし、知り合いもいない。
そもそもギルドに来たときにあんな偉そうな態度を取っておきながらボコボコにされたという恥ずかしさから、誰にも話しかけにいけない。
帰るか。
同窓会でも隅の方で誰も手を付けない料理にがっついていた俺にここはハードルが高すぎる。
ひっそりとギルドを後にしようと思ったのだが、誰かに肩を掴まれた。
「よお、ルーキー」
そこにいたのはやけに毛深い山賊のような男だった。
ひ、ひえっ。
まさか冒険者を舐めていた俺を教育するつもりだろうか?
ビクビクと肩を震わせていると、男はドンと俺の背中を叩いてきた。
「大したもんだぜ、お前! あのセレン相手にも一歩も引かねえ姿! 何度も立ち上がる不屈の闘志! いいもん見せてもらった! ほら、こっち来い。酒は飲めるか?」
男は興奮した様子で俺の腕を引くと、あっという間に酒場の中心へ連れて行った。
そして、俺の目の前に酒がなみなみと入った樽を置いた。
「気に入った奴に出会った時は一杯奢るようにしてるんだ。遠慮なく飲め!」
「あ、え……」
「待て待て、バッカス。坊主が混乱しているだろ」
酒を飲むべきかどうか悩んでいると、男の知り合いと思しき赤髪短髪のダンディな人が割って入って来た。
「悪いな、坊主。こいつはバッカス。俺はダンデ。一応、今年で冒険者歴十五年目のベテラン冒険者だ」
「ク、クナンです」
「急に声をかけられて驚いただろうが、そう怯えないでやってくれ。見た目から勘違いされがちだが、バッカスはただバカなだけで悪い奴じゃないんだ」
「ガハハ! そう、俺はバカなバッカス! ってなに言わせてんだこの野郎!」
歯を剥き出しにしているバッカスさんを目にしてダンデさんは楽し気に笑っていた。
ちょっと怖かったけど、悪い人たちじゃなさそうだな。
「まったく……。坊主、ダンデは顔こそいいが女癖が悪くてな。関わるとロクなことがねーぞ。それより、早くオレと飲みかわそうじゃねーか」
「おいおい、それを言うならバッカスだって飲み出すと止まらねーだろ。坊主、悪いことは言わねえ。酒癖悪いおっさんには付いて行かねー方がいいぞ」
右手をバッカスさん、左手をダンデさんに引かれ、二人の間を左右に揺れる。
おかしい。
俺は異世界で神様から貰った能力を駆使してモテモテハーレムライフを目指していたはずだ。
なのに、なぜおっさん二人に取り合いされているのだろう。
いや、別にこの状況が嫌なわけではない。
ベテラン冒険者二人から目をつけてもらっている期待の若手感がある、今の状況はどちらかと言えば嬉しい。
ただ、前世から俺はあまりお酒に強くない。
それに女遊びも好きではない。
俺の理想はあくまで互いに思いあう関係となった女性を相手に童貞を捨てることだ。
そんなことを考えていると、突然目の前に選択肢が浮かび上がって来た。
《① バッカスに「童貞を貰ってください」と言う》
《② ダンデに「童貞を捨てさせてください」と言う》
《③ 受付嬢に「童貞を捨てたいです」と言う》
いい加減にしろ。
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