第8話 セレン
***<side セレン>***
「まだだ……!」
よくいる調子にのった現実を知らない子供のはずだった。
命をかける覚悟も無ければ、戦うことの意味すら理解していないガキのはずだった。
だが、蓋を開けてみればどうだろう。
何度倒れても立ち上がる執念。
ここで折れるわけにはいかないと言わんばかりの強い意志を宿した瞳。
その瞳を私は知っている。
私の嫌いな恐れを知らない愚者の瞳だ。
「貴様を侮っていたこと、素直に謝ろう」
この少年はただの子供じゃない。ごく稀に存在する覚悟を決められるタイプの人間だ。
「その上で言わせてもらう。私は貴様が嫌いだ。だから、ここで確実に叩き潰す」
細剣を構え、地面を今まで以上に強く蹴る。
同じことを繰り返してはならない。
夢や希望をいくら抱こうと、現実はどこまでも冷たい。
だから、無謀な夢を抱いた愚か者が取り返しのつかない過ちを犯す前に、その夢を私が終わらせる。
私の細剣の切っ先が少年の肩を貫きかけたその時、少年の身体が揺れる。
そして、その手に持っていた槍が私の胸に伸びてきて……。
「そこまでだ!!」
だが、私の細剣も少年の槍も突如響いた声で止まった。
「その勝負、支部長の俺が預からせてもらう」
勝負を止めたのは私たちが所属する冒険者ギルドの支部長だった。
そして、勝負が終わると同時に少年は力無くその場に倒れ込んだ。
「お、おい! 坊主!」
「おい、手伝え! こいつを治療室に運ぶぞ!」
「誰か治癒魔法使えるやつ呼んでこい!」
さっきまで私たちの勝負を眺めていた冒険者たちが一斉に少年に群がる。
屈強な冒険者に担がれ少年は治療室に運ばれていった。
手加減はした。
命に別状はないはずだ。
「お前はあの坊主をどう見る?」
その場を立ち去ろうとした時、支部長は私に問いかける。
その目はどこか楽し気であった。
「どこにでもいるただの愚かな子供です」
「がっはっは! そりゃそうだ!」
何が嬉しいのか支部長は手を叩いて笑っていた。
こっちは何も面白くない。
あの少年は危険だ。
私に喧嘩を売って来ただけあり、実力はある。
だが、本物ではない。
最初の内はいい。恐らく瞬く間に冒険者ランクを上げていくだろう。
周りもきっとそれを褒め称える。
そして、助長し、自分の力を過信してしまえば……彼は自分にとって大切なものを失うことになる。
「だが、久々にいい目をするガキに出会った。あれはいい冒険者になるぞ」
「冒険者になることを認める気ですか?」
「あの坊主はそのつもりでここに来たんだろう? 断る理由が無い」
おかしい。
支部長は力を持った子供が過去に犯した過ちを知っているはずだ。
それでも、あの少年を冒険者にするつもりなのだろうか。
「私は反対です。失ってからでは全て遅い」
「なら、お前が育てればいい」
間髪入れずに支部長からの返事は返って来た。
どうやら支部長はこれを一番言いたかったらしい。
「冗談はやめてください」
私が誰かを育てる?
たった一人、大切な人を守れなかった私に教えられるものなどない。
話を切り上げ、逃げるように私はその場を後にした。
*
「弟子にして下さい!!」
翌朝、私が寝泊まりしている部屋の前には額を床にこすりつけている変な奴がいた。
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