第二章 冒険者編

第7話 冒険者

「着いたー!」


 ジョート領を旅立ってから数日、魔獣を退けつつ森の中を突き進み、遂に俺は街に辿り着いた。

 度重なる魔獣との戦いは疲れたものの、なんとか無事に生き残ることが出来た。


 見る限り、それなりに栄えた街のようだし、一先ずは冒険者ギルドを探したいところだ。


 この国では、犯罪を犯し指名手配されているなどの例外を除けば基本的に誰でも冒険者という役職に就くことが出来る。

 ちなみに冒険者とは一言で言えば街の便利屋である。


 金さえ払えばできることはなんでもする。

 お店を手伝ってほしいという簡単なお願いから、魔獣を狩って欲しいというお願いまで多種多様だ。


 そして、死亡率の高い職業でもある。


 冒険者の多くは、冒険者にならざるを得なかった力のないものが殆どだ。

 だからこそ、魔獣の間引きや危険なエリアへの素材採集などの危険な仕事が回ってきやすい。


 ごくまれに、自ら冒険者になることを選ぶ頭のおかしい人間もいるがそれは一握りだ。


 なにはともあれ、誰でもなれるという点が今の俺にとっては都合がいい。


 道行く人に冒険者ギルドへの道を尋ねてから、真っすぐにギルドへと向かう。

 冒険者ギルドは街の中心から少し離れたところにあった。


 早速、扉を開けて中に入る。

 注目を浴びるかもしれないと少しわくわくしていたが、昼間だからかギルド内の冒険者の数はそこまで多くは無かった。


 恐らく殆どの冒険者は依頼をこなすために出ているのだろう。

 もしかしたら、「おいおい坊主、ここはお前みたいなお子ちゃまが来るような場所じゃないぜぇ。ギャハハ!」みたいなやつが出てくるかと思ったのに。


 気を取り直して、受付に向かうことにしたのだが、そんな俺の目の前に一人の女性が立ちはだかった。

 腰まで伸びた透き通るような白髪に蒼い瞳。

 身長は俺より少し高いくらい。

 年齢も俺よりは上だろう。


 そんな人が俺に何の用だろうか?


「ここは貴様のような子供が来るような場所じゃない。大人しく家に帰れ」


 で、出たあああ!!

 こういう場面でよく見る人だああああ!


 まさか男ではなくこんな美女に言われるとは思っていなかったが、ちょっとテンション上がって来た。

 どうしよう、なんて返そうかな……。


《① 俺はデスパイダーを倒した男、今こそ真の実力を解放して尊敬の目をかき集めるとき!》


《② 忠告に従いギルドを後にする》


 迷っているとタイミングよく選択肢が出てくれた。

 

 ほう、中々いいことを言うじゃないか。

 確かに俺はあのデスパイダーを倒した。

 ここはきっちりと俺の実力を示すべきかもしれない。うまくいけば、この美女も「な、なんて強いの! 素敵! 好き!」となるかもしれない。


「ふっ、俺がこの場に相応しい人間かどうか試してみるか?」


「……冒険者を舐めているのか?」


 眉を顰める美女に不敵な笑みを返す。

 その笑みをどう捉えたのかは分からないが、美少女はため息をこぼした。


「表に出ろ。貴様に冒険者の厳しさを教えてやろう」


「セレンさん!」


 俺とセレンと呼ばれる美女のやり取りを見ていたであろう。ギルドの受付の女性がカウンターから身体を乗り出す。


 恐らくだが、俺とこの人の争いを止めようとしてくれているのだろう。

 心配してくれるのはありがたいが、大丈夫だ。

 なんせ、俺はデスパイダーを倒した男なのだから。


「受付さん、安心してください。俺はこう見えても強いんですよ」


「で、ですが……!」


「大丈夫です」


 安心させるように受付の人に白い歯を見せウインクしてから、セレンという美女の後を追いかけギルドの外へ向かう。

 俺たちがギルドの外へ出ると、ギルド内や周囲から冒険者たちが続々と姿を現して囲んできた。


「おいおい、セレンが新人にまた絡んでるぜ」

「あの坊主も可哀そうに」


 周りの声を聞く限り、どうやら目の前のセレンさんが新人に絡むのはこれが初めてではないらしい。

 こんな綺麗な人が新人つぶしをしていることは意外だが、それも今日が最後になるだろう。


 新人つぶしをしている冒険者は大したことがない!(偏見)

 つまり、デスパイダーを倒した俺が負けるわけがない!


 ここで見事に勝利を納め華々しい冒険者デビューを飾るのだ。

 そして、チヤホヤされてあわよくば可愛い子に好かれて、平穏な暮らしをゲットする!


 ぐへ、ぐへへへへ。


「これから戦うというのに、随分と余裕だな」


 未来に思いを馳せニヤニヤしているとセレンさんに睨まれた。


「貴様のような調子に乗っている子どもが取り返しのつかない過ちを犯す」


 そう言うとセレンさんは腰から細剣を抜く。

 

 形状はレイピアのようで、刀身は光輝いていた。


 中々にかっこいい武器だ。

 周りから感嘆の声が漏れていることからもきっとセレンさんの代名詞的な武器に違いない。

 だが、さっきから発言が明らかに噛ませ犬のものと同じだ。


「叩き潰す、か。そういう強い言葉は相手を見極めて発するんだな。こう見えても俺は、あのデスパイダーを倒したことがある――え?」


 瞬間、一閃の光が駆け抜けたかと思えば俺の胸にセレンさんが握る細剣の切っ先が当たっていた。


「ほげぇ!!」


 途轍もない衝撃と共に宙を舞う身体。

 そして、空中で見事な三回転捻りを決めた後、俺は頭から地面に落下した。


「貴様が何者か知らないが、一瞬の油断が命取りになるのが冒険者という職業だ。半端な覚悟なら大人しく家に帰るんだな」


 は? え? 強すぎでしょ。

 噛ませ犬ですらデスパイダーを倒した俺が手も足も出ないなんて、冒険者ってやばくね?


 舐めてた、完全に冒険者のことを舐めてたわ。

 

 もしかして、《ゲームシナリオ》は俺に冒険者を舐めるなと伝えたかったのかもしれない。

 確かに、さっきまで俺は調子に乗っていた。


 反省しよう。

 そして、気を取り直して一から冒険者として学んでいくんだ。


《① それはそうとして、ボコボコにされたままではプライドが許さないので、セレンに再び挑む》


《② 素直に謝罪してから引き返す》


 確かに。

 ここでやられっぱなしで終わるのは俺としても悔しい。

 せめて一矢報いたいところだ。


 普段なら迷うことなく②を選ぶところだが、ここは①でいこう。


「……まだだ」


「なに?」


「まだ俺は負けてない」


「……いいだろう。気が済むまで叩きのめしてやる」


 互いに武器を構え、見つめ合う二人。

 次の瞬間、セレンさんの姿が消えたかと思えば俺の身体は再び宙を舞い、地面に激突していた。


 こーれ、無理です。

 今度は油断なしで構えてたけど、早すぎてまるで反応できない。

 目で残像を辛うじて捉えられるくらいだ。


 うん、今日は諦めよう。


《① まだだ……!》


《② もうヤダお家帰る、と泣く》


 アホかぁ!!

 戦い始まるまで散々「ふっ、俺は強い」みたいなこと言ってたのにそんな情けないこと出来るわけないだろ!


 くそっ、やってやるよ!


「まだだ……!」





「もう立つな! これ以上は本当に死ぬぞ!」


 あれからかれこれ十回くらい吹き飛ばされたところで、悲痛な表情を浮かべながらセレンさんが俺に向けて叫ぶ。


 最初の方こそ立ち上がる俺に「いいぞー」と声をかけていたやじ馬たちですらドン引きするくらい今の俺はボロボロだった。


 うん、俺も出来るなら立ちたくないんだよ。

 五回吹っ飛ばされたあたりで泣いた方がマシだなって思ったんだけどさぁ。


《① まだだ……!》 


《② 痛いなら、痛みを快感に変えればいいじゃないか。そうだ、マゾヒストになろう! そして、この世界にSMを流行らせ、SM界の帝王に俺はなるッ!》


 これですよ。

 途中から選択肢が変わっちゃったんだよね。

 流石に美少女にぶん殴られて興奮するような変態に目覚めたくはない。


「まだだ……!」


 もう少し選択肢がマシなものになるまで、俺は立つぞ……!

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