第6話 決着

 デスパイダーは勝利を確信していた。

 クナンを敢えて懐に潜り込ませることで、クナンが切り札を切れない状況にあることを察したデスパイダーは己の切り札を躊躇なく使った。


 五年という長い時間をかけ、このデスパイダーはお腹から糸を出すという方法で懐に潜り込む敵への対処法を編み出していた。


 手ごたえは完璧だった。

 動けない状態から、食らわせた前脚の一撃。

 数多くの魔獣を屠ってきた一撃を、小さな人間が耐えられるはずがない。


 念のために、もう一撃食らわせておこうとデスパイダーが脚を上げようとした時、デスパイダーの脚がズブリと沼のようなものに吸い込まれそうになった。


「”闇沼”」


 その声はデスパイダーが仕留めたはずの敵の声だった。

 月の光さえ入らない洞窟の中で、闇がデスパイダーの脚を引きずり込もうとする。

 

 そこでデスパイダーは初めて気づいた。

 罠に嵌められていたのは自分の方だったと。


「キシャアアア!!」


 脚から魔力を吸われていくのを感じながら、デスパイダーは前脚を力任せに振るい、洞窟の壁に叩きつける。

 それでも、クナンはデスパイダーの脚を放さない。


「キシャアアア!!」


 何度も前脚を振るい、クナンを振り払おうとするがクナンはデスパイダーの脚を放さない。


 戦術も実力も間違いなくデスパイダーが上をいっていた。

 だが、デスパイダーは人間の醜さすら感じるほどの執念と諦めの悪さを知らなかった。


 自身の魔力を半分近く吸われたところで、クナンは漸くデスパイダーの脚を手放した。

 クナンの頭からは血が流れており、既に身体はボロボロだった。


 だが、その手に握る木の槍は漆黒に染まり、先端はデスパイダーの頭に向けられていた。


「おらあ!!」

「キッッッ!?」


 放たれた一撃はデスパイダーに躱す暇すら与えず、頭を撃ち抜き、そして洞窟の天井に穴を開けた。


「ギ……ギギ……ッ……」


 ギョロリとデスパイダーの八つの眼がクナンを射抜く。

 最後のあがきとばかりに前脚をクナンに伸ばすデスパイダーだったが、その脚が再びクナンに届くことは無かった。





 か、勝った……。

 うおおお!! 勝ったぞ、勝ったああああ!!


 いや、もう死ぬかと思った。

 今も死にそうだし。


 でも、デスパイダーの一撃を食らう直前に出た選択肢のおかげで助かった。

 ちなみに、出た選択肢は下の二つだ。


《① もうダメだ。死のう》


《② ピンチはチャンス! 今こそ俺様の切り札であるダーク・アビスを使う時だ!》


 無駄にかっこつけてる二つ目の選択肢に若干イラっとしたものの、これには助けられた。

 結果として、デスパイダーの魔力を吸い取り見事に反撃できた。


 夜だったことと、洞窟の中だったこと、丁度松明の火が消えたこともよかった。

 まさに闇沼を発動するにはおあつらえ向きな状況だった。


 とりあえず、疲れたし今日は休もう……。


《① 少女が囚われている。可哀想に。解放してあげよう(巣からという意味で)》


《② 少女が囚われている。可哀想に。解放してあげよう(魂の解放的な意味で)》


 こわっ!

 一見、同じこと言ってるように見えるけど、下って多分殺す気だよな。

 

 なんで、巣に囚われている少女を見て身体じゃなくて魂を解放してあげようと思うんだよ……。

 ちょくちょく過激な選択肢出てくるのやめて欲しいよなぁ。


 勿論、上を選択して少女を巣から解放する。

 すると、もう一度選択肢が目の前に現れた。


《① 少女を家に返してあげよう。ついでに、紳士として花をプレゼントしてあげよう》


《② 少女を土に返してあげよう。ついでに、紳士として花をプレゼントしてあげよう》


 はいはい、上ね。

 家と土が変わっただけなのに、上は優しい人で、下はクレイジーなサイコパスだよな。

 自分で助けた人を土に埋めて花を添えるって狂気でしかないだろ。


 言語って不思議。


 上の選択肢を選ぶと、身体が勝手に動き始める。

 

 それにしても、ボロボロでもう動けないと思っていたのに”ゲームシナリオ”のおかげか割と元気に身体は動いている。

 最初こそ弱すぎと思っていたが、”ゲームシナリオ”の本質はもしかすると、《選択肢を選ばせ、そしてその選択を絶対に実行させる》ことなのかもしれない。


 そう考えると、この能力を見直す必要がある。

 例えば、選択肢に《世界最強になる》とか《モテモテになる》とかあれば実際にそうなるということだ。

 あれ? もしかして、この能力強い?


 そんなことを考えていると目の前に選択肢が浮かび上がる。


《① 世界最強になる(ロリコン的な意味で)》

《② モテモテになる(ロリコン的な意味で)》

《③ ロリコンになる》

《④ いやー、そんな褒められると照れるッスねー》


 やっぱクソだわ、この能力。


 背中に少女を背負っているからだろうけど、ロリコン界の最強になりたいわけでもロリにモテモテになりたいわけでもないんだわ。

 四つ目に関してはお前の感想じゃねーか。


 ロリコン界の世界最強だけちょっと気になったが、俺の好みは年上のナイスバディなお姉さんだしロリコンになりたいわけでもないので、④を選択した。


 気付けば、森の出口付近まで来ていた。

 夜とはいえ、懐かしいジョート家領の景色も見える。


 流石に少女の家は分からないので、森を出たところで少女を地面の上に寝転がらせ、その横にデスパイダーの目を置いておく。

 勘違いしないので欲しいのだが、これは決して嫌がらせではない。


 デスパイダーほど強力な魔獣なら死後も身体の一部には魔力が残っている。

 その一部を持っておくと、弱い魔獣はその魔力を警戒して近寄ってこないのだ。


 少女が誰かに見つかるまで万が一にも魔獣に襲われるわけにはいかないからな。


 さて、これからどうしようか。

 てか、今思ったけどこのまま俺は実家に帰ってもいいんじゃないだろうか?

 領地を見る限り、飢饉は免れたように思えるし、俺自身魔獣と戦う手段もある程度得た。


 移動のリスクを取るより、勝手知るこの街で冒険者として生きていくのはどうだろう。

 優秀な俺の兄弟たちが将来的にこの街を納めるなら平穏も手に入れられそうだし、丁度いいんじゃないか?


 うん、それがいい! そうしよう!


《① 男が一度出ると決めたのだ。何故のこのこと帰ることが出来る? 仮に帰るとしても、それはもっと俺が大きな男になった時だけだ》


《② ひひっ。楽しみだなぁ。五年前は出来なかったからなぁ。今度こそ皆殺しだあ!》


 ②は論外として、①についてはちょっとどうなんだ?

 なあ、選択肢くんよ。男がどうとかそういうのって時代錯誤だと思うよ。

 前世で散々学んだじゃん。今は男でもプリ〇アになる時代なんだぜ。

 いいじゃん、男の子が泣いたり、帰りたいって言ったりしても。

 プライドだけじゃ生きていけないのよ。


 そんな俺の思いに反応したのか、新たな選択肢が現れた。


《③ 泣きながら家に帰る。そして、お母さんに「寂しかったでちゅ~。ちゅきちゅきちゅき~。もう絶対に放さないでちゅ~」と言いながら抱き着く。それから十年間物理的に離れず過ごす》


 確かに、プライドだけじゃ生きていけないって言ったけど、そこまでプライドを投げ捨てろとは言ってねえよ!

 しかも、十年間離れずって母さんにも大迷惑だわ!


 くっ……流石に③も無理だ。

 はぁ、結局旅に出ることになるってわけか。


 ため息を漏らしつつ、①を選択する。

 すると、早速俺の足は踵を返し、森の中へと向かっていった。


 どこへ向かうつもりなのかはさっぱりだが、この選択肢のことだし碌でもない場所なんだろうな。

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