第5話 因縁
(どうして、こんなことに……)
デスパイダーの巣穴。
そこで一人の女の子が囚われていた。
少女の名前はサチ。森の近くに位置するジョート家領で暮らしており、年齢は今年で十二になる。
サチには妹がいる。
今年で八歳になる妹だ。
その妹の誕生日にサチは花を贈ろうと決め、森の近くまで来た。
サチが求めているのは夜になると輝きを放つ魔力花である。
魔力花は魔力を有しており、魔力花と共に育つと魔法が上手く扱えるようになるという逸話がある。
魔法使いに憧れている妹にこれ以上のプレゼントは無いと初めは植物を扱っているお店を回っていたが、魔力花の値段は高くまだ子供のサチには到底手が出せるものではなかった。
冒険者に依頼を出すことも考えたが、ジョート家領は数年前の飢饉を乗り越えたばかりでまだ領民たちに余裕はない。
結局、金銭的な問題から諦めたサチだったが、それなら自分でと森の近くまでやって来たのだ。
魔獣を見つけたらサチは引き返そうと思っていた。
だが、その日は不自然なまでに魔獣が出てこなかったのだ。
あと少し、あと少しだけと気付けばサチは森に足を踏み入れていた。
そして、森を突き進んだ彼女は魔力花がたくさん咲いている花畑を見つけた。
ラッキーだと魔力花に近づいたところで、サチは背後に迫っていた巨大な蜘蛛に囚われた。
美しく、魔力を持つ魔力花には弱い魔獣が群がりやすい。
その性質を利用して、デスパイダーは魔力花を狩場とするというのは冒険者の間では有名な話だ。
つまり、魔力花を入手するということはデスパイダーを討伐することと同義と言ってもいい。しかし、まだ子供のサチはその事実を知らなかった。
サチが幸運だったのはデスパイダーが満腹だったことだろう。
捕らえた獲物を貯蓄するべくデスパイダーはサチを自らの巣に連れ帰った。
薄暗い洞窟の中でサチは涙を流し、悲鳴を上げ、助けを何度も呼んだ。
だが、森の奥深くに人間などそうそういない。
何時間の時間が過ぎ、サチの涙も枯れ果てた。
(お母さん、お父さん……ユキ……会いたいよぉ……。神様、助けて……)
今のサチに出来ることは祈るだけ。
目の前にいる巨大な化け物を倒せる英雄が来てくれることを願うことだけだった。
だが、英雄は現れず、気付けば日が落ちデスパイダーの巣穴である洞窟の外も徐々に暗くなってきた。
時間が経てば、デスパイダーもお腹を空かせる。
そうなれば、活きの良い餌に手を出すことは当然だった。
「ヒッ……いやっ! やめてっ! 来ないでっ!」
必死にもがくサチの身体をデスパイダーが吐き出す糸が絡み取っていく。
足から腰、お腹、腕、首と糸に包まれて行く中でサチは必死に助けを求める。
(誰か、誰か助けて……お願いします、お願い、します……)
そして、糸が口を覆い、いよいよ視界も塞がれるというその時、その男はやって来た。
「よお、久しぶりだな」
洞窟の入り口で松明を掲げ堂々と立つその男は、紛れもなくサチにとって唯一の最後の希望だった。
*
背後の灯りを感知したデスパイダーは食事の準備を中断し、身体を反転する。
そして、八つある目で目の前の男をジッと見つめる。
黒い髪に黒くどこか挑発的な瞳。
僅かに感知できるどこか覚えのある魔力からデスパイダーは思い出した。
五年前、自分が丹精込めて作り上げた巣穴をぶち壊した最悪の獲物がいたことを。
「ギシャアアア!!!」
ふつふつと湧き上がる五年前の怒りを載せて咆哮を放つが、目の前の獲物は全く怯まない。
それどころか、好戦的に笑っていた。
ああ、そうか。
お前もその気なんだな。
魔獣だが、知能が無いわけではない。
五年に渡り森の中で成長し続け、立派な魔獣となったデスパイダーは目の前の獲物の目的を察知した。
目の前の男もまたデスパイダー同様に五年前の因縁を覚えていた。
そして、その因縁に終止符を打つべく今日ここに来たのだ。
あの日逃がした獲物がのこのことやって来た。
なら、今度こそ食らいつくす。
「ギシャアアアアアア!!!」
雄たけびを上げ、デスパイダーは腕を振るう。
五年の時を経て、その一撃は数多の魔獣を屠り、大岩を抉るほどの一撃となった。
だが、成長を遂げたのはデスパイダーだけではない。
手に持っていた木の槍で真っ向からその一撃を人間――クナンは受け止めた。
「あの頃の俺と同じだと思うなよ」
上等だ。
餌が五年で敵になっただけ。なら、その敵を殺して食らいつくしてくれる。
五年の時を経て再会した一匹と一人の戦いが幕を開けた。
*
先手はデスパイダーの方だった。
リーチの長い前足を二本伸ばし、クナンを絶え間なく攻撃し続ける。
隙を見てクナンもデスパイダーの懐に潜ろうとするが少しでも近づこうとするとデスパイダーは直ぐに後退し距離を取る。
デスパイダーは長い脚と口や尻から吐きだす糸を用いた中長距離戦に長けている。
その一方で、その大きな腹の下に潜り込まれると押しつぶす程度しか攻撃手段は無くなる。
つまり、デスパイダーを倒すには隙を見て懐に潜り込み、インファイトを押し付けることが有効だ。
もちろん、クナンの目の前にいるデスパイダーもそれは理解している。
己の弱みを知っているからこそ、懐には潜らせないように慎重に立ち回る。
クナンが過去に自らの巣を破壊した敵だと認めているからこその行動だった。
こうなると苦しいのはクナンの方である。
近づこうにも近づけない。無理に距離を詰めようとすれば、粘着性のある糸に捕まる可能性もある。
かといって、今のクナンには中距離戦が出来るほどの武器は無い。
なにより厄介なのは、戦場がデスパイダーの巣穴ということだった。
相手にとってはよく知るホーム。逆にクナンにとっては圧倒的なアウェイ。
その差もあり、徐々にそして確実にクナンは追い詰められていた。
*
なぜあれを使わない?
徐々にクナンを追い詰めているにも関わらずデスパイダーは慎重だった。
既にデスパイダーは少なくとも三回、クナンを仕留めるチャンスがあった。
だが、それをしなかったのはデスパイダーが五年前のことを覚えているからだ。
この五年、ただの一匹もデスパイダーに囚われた状態から脱出したものは愚か、その巣を破壊しかけものすらいない。
デスパイダーの魔力が練られた糸を引きちぎったものでさえ数えるほどだ。
つまり、デスパイダーから見ればクナンは切り札を隠している強敵に見えていた。
デスパイダーが恐れていることは一つだけ。
自分が近付いた時にクナンが切り札をきることだ。
長い長い攻防の末、遂にクナンが動いた。
一か八かの特攻をデスパイダーに仕掛けたのだ。
ここで、デスパイダーは敢えてクナンに近づかせた。
デスパイダーにとっても賭けに近い行為だったが、クナンを見定める上で必要だと判断した。
***<side クナン>***
き、きっつ。
いや、強すぎでしょ。
なにこいつ。全然近寄らせてくれないじゃん!
もー、勘弁してくれよ。俺、使える魔法一個だけなんだって。
五年前みたく、闇沼でブラビットとか魔獣の魔力を吸い取ってたら魔力大放出して攻撃できたかもしれないけど、今回は碌に準備出来てないんだよ。
弱音を吐いている場合じゃない。
このままだとマジで死ぬ。
どうせやられるならいっそ一か八か攻めるしかない。
よし、行くか。
「うおおおお!!」
地面を蹴り、デスパイダーに近づく。
後退するかと思われたが、デスパイダーはなにもしなかった。
ぶ、不気味すぎる……。
でも、ここしかチャンスが無いことも事実。男は度胸だ。
やるしかねえ!
「食らえええええ!!」
木の槍に力を込め、無防備な腹を貫こうとしたその時、デスパイダーの腹から本来出ないはずの糸が飛んできた。
は!?
ちょっ!? やめてええええ!!
既に攻撃態勢に入っていた俺が糸を躱せるはずもなく、腹から吐きだされた糸により地面に叩きつけられる。
あ、やばい……。
そう思った直後には、俺の腹にデスパイダーの鋭い脚が突き刺さり、そしてピコンと選択肢が出る時の音が鳴り響いた。
***
(あ、う、うそ……)
デスパイダーの巣に囚われていたサチの視界には最後の希望だったクナンがデスパイダーの鋭い脚に貫かれる場面が写っていた。
それと同時に、クナンが持っていた松明の火が静かに消えた。
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