第4話 一難去って

 いやー、死んだなって思ったよね。


 目を覚ますと、身体が糸にくるまれていた。

 そして、俺の目の前には巨大な蜘蛛がいる。


 いやー、死ぬなぁ。これ。


 一難去ってまた一難と言ったところだろう。

 俺の目の前にいるのはデスパイダーという魔獣だ。捕まったら最後、待っている運命は死のみと言われている恐ろしい魔獣である。


 周囲を見渡す限り、どうやらここはデスパイダーの巣の中らしい。

 デスパイダーは洞窟の中に蜘蛛の様に吐き出した糸で巣を作る。

 巣には俺以外にもいくつかの魔物が糸でくるまれ巣に張り付いていた。


 眼前に死が迫っているわけだが、実は俺はあることに悩まされている。

 それは、現在俺の身体から漏れ出ている黒い靄のようなものだ。


 なにこれ?


 不気味で仕方ないんだけど、一つだけ思い当たるふしがある。

 それは、俺が気を失う直前に発動した《闇沼》のことだ。

 闇沼で大量のブラビットから致死量の魔力を吸い取ったわけだが、俺は生きていた。


 これはあれじゃないか?

 ブラビットの魔力に俺が適応して、おまけにその魔力を自らのモノにしたみたいなやつ。

 え? じゃあ、もしかして今の俺にはブラビット十数匹分の力があるってこと!?


 そんなことを考えていると、目の前にすっかりお馴染みとなった選択肢が浮かび上がって来る。


《① 身体から力が溢れてくる。くくくっ、あーっはっはっは!! 俺が最強だ! 全てを破壊してやるッ!》


《② 調子に乗るべきではない。幸いデスパイダーはまだ襲ってこない。ここは様子見に徹するべきだ》


 おいおいおい! 最強じゃん!

 なんだよ、”ゲームシナリオ”なんてとんでもない外れ能力かと思ったら、いいところもあるじゃないか。


 くくくっ! 愚かなデスパイダーめ。俺の実力を見誤ったがために、貴様はここで死ぬのだ!!


 俺が最強だ! 全てを破壊してやるッ!!


 意気揚々と全身に力を込める。

 すると、簡単に身体を縛っていた糸と俺を貼り付けにしていた蜘蛛の巣がはじけ飛ぶ。


「ふはは! あーっはっはっは!! これが力……あ、あれ?」


 地面に降り立ち、デスパイダーをこの溢れるパワーで蹴散らそうと思った瞬間、目に見えていた黒い靄が消え去り全身から力が抜けていく。

 そして、気付けば地面の上にうつ伏せで倒れていた。


 あ、あれぇ……?

 おかしいな? 俺、最強になったんじゃなかったっけ?


 そんなことを考えていると、俺の目の前に文章が再び浮かび上がってきた。


《手にしたばかりの力を使いこなせるはずもない。拘束を解くために全ての魔力を使い果たしてしまった! くっ、やはり調子に乗るべきではなかった。今後は地道に一歩ずつ努力を積み重ねよう》


 ふざけんな、てめえええ!!


 え? ちょっと待って!?

 それだけ? それだけですか!?


 待って待って待って! 巣を壊されたせいかデスパイダーが心なしか怒っているように見えるんだけど!

 八個もある目が全部真っ赤なんだけど!


 やばいって! 身体動かないし、これ死ぬって!!

 

「キシャアアア!!」


 その瞬間、時間の流れがゆっくりになっていくようなそんな感覚に陥った。

 この感覚を俺は知っている。

 前世で味わった死ぬ直前の感覚だ。


 自分の存在が世界から消える。


 二回もそんな思いしてたまるかああああ!!


 デスパイダーの鋭い爪がついた足を横に転んで躱す。

 それと同時に、デスパイダーの巣に囚われていた一匹の鳥のような魔獣の足を掴んだ。


 鳥はデスパイダーから逃げることに必死で俺を気にする様子は無かった。


「俺の運命、お前に託す!」


 託された側としてはたまったものじゃないだろうが、知ったことじゃない。

 俺もお前も生きるために必死なのだから。


 デスパイダーが俺を狙い、糸を吐いたり足を伸ばしたりするがそれらをスイスイと鳥は躱す。


 そして、見事に洞窟の外へ逃れた。


 うおおお!!

 すげえ、この鳥!


「好き好き好き――ちょっ! やめろ! 空中で振り払おうとしないでええええ!!」


 溢れる感謝を伝えようと足に頬ずりしたのだが、それが余程気持ち悪かったのか、思いっきりブンブンと足を振られる。

 既に余力が残っていなかった俺が耐えきれるはずもなく、無事に下へと落下していった。


「助けてくれて、ありがとうございましたあああああ!!」


 とりあえず最後にお礼だけはしておいた。

 


***



 落ちた先は幸運にも川で、なんとか死なずに済んだ。

 今は濡れた身体を乾かすために火をおこそうと必死になっているところだ。


「だああ! つかねえ!!」


 とはいえ、素人が点けようと努力してそう簡単に火は点くようなものではない。

 火魔法が使えればよかったのだが、俺は火魔法に適性が無い。

 出来ることはよさげな木をこすり合わせて摩擦熱を起こしたり、火花を起こせる石を見つけて、ひたすらに火花を起こしたりすることだけ。


 まあ、それでも上手くいかないんだけどね。

 まじでサバイバルやってる人凄すぎだろ。


 その後も数時間試行錯誤を繰り返して何とか火を起こすことに成功した。

 代わりに辺りはもう真っ暗だ。


「こっからどうすっか……」


 火に当たりつつ、今後のことを考える。


 正確な場所は分からないが、ここはまだジョート家領の近くの森だと思う。

 家に戻ることは出来ない以上、新天地を求めて動かなくてはならない。

 だが、既に俺は森の奥地に来てしまった。

 移動をしようにも魔獣に襲われればひとたまりもない。


「そもそも食い物をなんとかしないとな。川があったのはラッキーと思うべきか」


 剣も着替えが入ったバッグも失くしてしまった。

 魔獣に襲われた後はサバイバル、か。


「まさしく苦難だな」


 地味に力技でどうにか出来ないサバイバル系統の苦難がきつい。

 いや、落ち込んでも仕方ない!


 腹立たしいが、”ゲームシナリオ”の能力が言っていた通り地道に努力していかなくてはいけない。

 とにかく食料の確保。狩猟が中心になってくるから力がいる。


 強くならなきゃ食料を手にすることは出来ず、森から出ることも出来ない。

 だが、逆に考えてみればこの森でも生き残れる力を身に着けた時、俺は相当な実力者になっているということだ。

 そうなれば、後は安全安心な街で穏やかに過ごすだけである。


「よし! やるぞおおおお!!」



***



「あれから大分経ったな……」


 時間が経つのは早いもので、俺が家を出た日から随分と長い時間が経過していた。

 正確な日付こそ分からないが、五年は経過したと思う。


 最初の一年は魔獣から逃げてばかりだった。

 時折、”ゲームシナリオ”が発動して強制バトルが発生し死にかけることもあったが、それでも五年間生き延びた。


 今では無闇に襲い掛かって来る魔獣の数も減ったし、火の点け方もマスターした。

 死線を潜り抜ける度に魔法の扱いも上手くなってきた気がする。


 それでも、魔獣という敵がいる以上、定期的に発動する”ゲームシナリオ”のおかげで命がけの戦いをしなくてはならない。


 やはり森を出るしかない。

 森を出て大変なイベントなんて殆ど起きない、起きたとしても子供が迷子になったから探しに行こうくらいの平和な街で暮らす。


 決断したら即行動が俺の信条だ。

 木を削って作った槍と保存しておいた干し肉をいくつか持って、拠点にしていた川沿いの洞窟を出る。


 どっちが街かまるで分からないが、真っすぐ進めばいつか森を抜けられるだろう。

 よーし、今度こそ平穏な街で可愛い子と結婚するぞー!


《① いや、まだだ。五年前に出会ったあいつ。あいつが生き残っていれば、いずれジョート家領にとって脅威になることは間違いない。愛する家族、そして領民のために、俺は逝くッ!》


《② 森を出る前に俺を捨てた家族、領民に復讐だ。ヒヒッ……全員消してやるッ!》


 …………マジか。


 あのさ、五年前に死にかけたことをもう忘れたの?

 あの時は運よく逃れられたけど、デスパイダーって本来めちゃくちゃ強い魔獣だからね。

 いや、俺も強くなった自信はあるよ。

 でもさ、それはあいつも同じじゃん。


 この間、巣穴を除いたけど体長三倍くらいになってからな!

 成長期か!


《じゃあ、②にしますか?》


 するわけないだろ!

 どう考えても②の方がやばいだろ。自分から家を出ておいて復讐って逆恨みにも程があるわ!


 やるなら①だ①!


 そう決めると身体が早速勝手に動き出す。

 向かう先は当然デスパイダーの巣穴の方だ。


 ちょ、ちょっとちょっと……え? もう行くの?

 いやいや、心の準備とかね? あるじゃん? おい、止まれよ! 止まれえええ!!


 心とは裏腹にどんどんスピードを上げて巣穴に一直線に向かう身体。


 こんちくしょおおお!!

 だったらやってやるよ!!!(やけくそ)

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