　駄目ですよこんなとこで寝ちゃ、いくら夏だからって普通に風邪引きますし。

　いきなり声掛けてすんません。大丈夫ですか。

　いや、ここあれですよ、東口。ちょっと前から俺いたんですけど、あんた寝っ転がって動く気配がなかったから。起きてくれて良かったです、本当。

　寝てただけ？　あ、さっきまで飲んでて……そっすね、終電もう行っちゃったんじゃないですか。ここの駅ん終電って、全部十二時前後ですし。都会なら違うんでしょうけど、ここそーいうとこですし。普段だって一時間に一本しか来ないのに、終電際なんか二時間に一本になったりする路線とかありますしね。私鉄はそういうとこありますよね。

　今？　十二時半回ったところです。嘘じゃないですよ。ほら、あっちの時計。気温も出るんで便利ですよね。暑いと思ったら二十六度もあるんですもん。部屋で寝るとキツいけど、外で夜風に吹かれて寝るならちょうどいいくらいなんですかね。

　でもあれですよ、油断すると死にますよ。

　いやいやいや、そういうんじゃないです。俺は……あー、そうです。工事の人間です。ね、作業服ですし。ほら、この辺って交通量多いですから。深夜にやるんですよね。市民の皆さんにご迷惑になりますし、そうした方がお互い都合がいいですしね。そしたらあんたがここでひっくり返ってたから、始める前に危ないから声掛けてこいって上の人に言われて。見れば分かると思いますけど、俺下っ端なんですよ。ね、下っ端ってやることいっぱいあるんですよ。何の仕事でも一緒でしょうけど。

　そう、危ないんですよ。これからちょっと始めるんで、こっから退去っていうか、もう夜ですから家帰ってもらえると助かるなって。家近所……ではないですよね。終電乗ろうとしてたんですから。タクシーもね、ちょっとこの辺今どけてもらってて。

　けどこんなとこで寝ちゃだめですよ。酔ってたって……ベンチありますけどね。夜は本当ひと気がないんですから。それに、ここ物騒じゃないですか。この間まで変質者が出てましたし。ちょっと噂になってたんですよ、カワノさんとか。知ってます？

　カワノさん、背のたっかい人で、いつもまっ黄色いレインコート着てるんです。で、夜とか駅の近く（このあたり）をふらふらしてると出くわすんだそうで。その人に話しかけられると、どこかしらが剥がれるっていうやつです。どこかしらってのがランダムで、服に覆われていない場所をやられるんですよ。今の時期みたいに暑いと首とか足首とか剥き出しでしょ？　そういうとこをばりばりって大人の手のひら一枚ぶんぐらいをね、やるんです。運のないやつだと顔をこう、べろんって──ね。通り魔ですよ。怖いですよね、そんなの。

　駅前ったってね、夜は危ないんですよ。やっぱり。この辺りの土地柄みたいなもんはありますけど、夜ってそもそも人が出歩くに向いてないんですよね。昼間より物見えづらいし。人間向けの時間帯じゃないんですよ。だからほら、夕方になったらよい子はお家に帰れって言われるわけで。大人だって一緒ですよ。大人になったら夜出歩いても安全になるわけじゃなくて、どんな目に遭っても自力でなんとかしろってことなんで。大人ってそういうもんじゃないですか。自分でなんでもできる分、自分でその分の責任も負わないと、みたいな。

　……すんません。余計なこといいましたね、俺。寝起きで知らない作業服に説教されるとか、怒る通り越して怖いですよね。ごめんなさい。

　えっとですね、とりあえず目ぇ覚めてると思うんで、じゃああっちの、

　あ。やべ。

　そのですね──はい。

　いや、気にしないでくださいってのは無理ですね。聞こえたって顔してますもんね、めちゃくちゃ。

　悲鳴、でしたからね。犬とか猫じゃないですかって言ったら信じて──くれませんか。

　ですよねえ。時期じゃないですしね。それに、ひと眠りしたから酔いも醒めてきてますもんねえ。や、それはありがたいんですけど。まだ寝ぼけられてたら困りましたもん。書類余計に書かないといけなくなってたところです。よかったですよ起きてくれて。本当。不幸中の幸いです。

　立てますよね？　じゃあとりあえず、走ってください。今。できればすぐに。

　そうだな、ここから駅前の大通り真っ直ぐ行けば交番ありますよね。コンビニもある。とりあえずその辺行って、タクシーとか使ってください。Ｋ案件ですって言って身分証出せば、金なくても乗れますから。ケイです。ケー？　アルファベットの……十一か二ぐらいのやつです。覚えました？

　あ、俺の手元はこう、気にしないでください。いや本当に。こっちはほら、ただのカッターっぽいじゃないですか。あれですよ工具です。仕事道具なんで大丈夫です。そもそもそういう手合いだったら、寝てる間にぶっすりやってましたから。はい。汚れてんのはあれです、ダクトテープをね、切ったんで。大丈夫ですちゃんと作業終わったら手入れとかしてるんで。お気遣い頂いて、ね。はい。

　じゃあ、走ってください。気をつけてくださいね。俺は送っていけないんですけど、向こうを──大通りを真直ぐいくなら、少なくとも無事は保証できると思います。ベタですけど、振り返ったりとかしないでくださいね。もしかしたらびっくりさせちゃうかもしれないんで。それで転ばれたりしたらもう、めちゃくちゃになっちゃうんで。お願いします。首とかね、剥がされると痛いですから。医者通うのめんどくさいじゃないですか。

　街灯沿いにね、行ってくれればいいだけなんで。とにかくひと気のある所にね、逃げてくれれば。それだけで大丈夫です。俺頑張るんで。大丈夫なんで、本当に。

　夜はね、こんな風に危ないもんに遭いますから。もう飲み過ぎたりとか駄目ですよ。ね？