第37話「アナタは人間です」
「ふぅ、まだまだ暑いな……」
ゴミ出しを終えて教室に戻る道すがら、俺は天から降り注ぐ陽射しの鬱陶しさを額の汗と共に手の甲で拭う。
夏と秋の境目といわれる九月に入ったものの、まだまだ太陽はやる気に満ち満ちているらしい。
あの夏祭りから既に二週間が経ち、怒涛の夏休みはあっという間に過ぎ去っていた。
俺は以前と変わらない高校生活を送っている。
勉強して、慧斗達とくだらない話をして、生徒や先生に小さな手助けをする。
そんな俺にとっての普通の日々だ。
クロを失ったことで、俺はバリアンビーストの力の半分を失った。
だがそもそも人間として普通の生活を送るには不要で、身体機能に支障をきたすわけでもない。
未だに胸の辺りにぽっかりと穴が空いた感覚はあるが、これはおそらく時間が解決してくれるだろう。
隣に彼女がいてくれれば。
「よしっ。千裕、こんな感じでおっけー?」
「おっけ~! 手伝ってくれてありがとね、キラッチ~」
「お礼なんていいって。これくらいお安いご用だし」
教室に戻ると、ちょうど掃除を終えた砕華が麓山たちと話をしていた。
砕華は二学期が始まってからというもの、俺と一緒にクラスの掃除を手伝うようになった。
しかもそれだけではなく、日直や授業準備の手伝いまで一緒にしてくれる。
気持ちは嬉しいのだが、俺の勝手でやっていることだから無理に付き合う必要はない。そう言うと、毎度「じゃあアタシも勝手にやるだけだし」という返事が来る。
どうしてそこまで?
そう追及すれば砕華は、
『少しでも一緒にいたいから……っていうか察しろ!』
と、いつか食べたりんご飴の様に頬を赤らめて言ってくるものだから、俺も嬉しいやら照れ臭いやらで、結局なにも言えなくなっていた。
「あ、衛士おかえり!」
「ただいま。砕華」
俺に気付いた砕華がスタスタと駆け寄って来て、俺の左腕に自分の腕を絡ませて来た。
砕華の大胆な行動に思わず胸が高鳴り、それを見て麓山たち女子メンツがはやし立てて来る。
「お二人さんアツアツ~! ホント、キラッチ変わったよね~。夏休み中になにかあった?」
「ナイショ! でも……」
「でも?」
「ナニかは、あったかも?」
ニッと笑う砕華に、女子たちはキャッキャと騒いでいる。
俺はそれを見て苦笑いするしかない。
砕華は最近、なにかと距離が近い。
心の距離は夏祭りの一件で縮まった実感があるが、それに伴い砕華との物理的な距離も近くなった。
麓山たちの協力により教室の席も俺の隣にしたし、昼食も必ず隣に座るし、果ては今のように人目もはばからず腕を絡ませて来たり。
「あれが原因だよな……」
「なんか言った?」
「いや、なにも」
「?」
夏祭りの時、俺は「ずっと一緒にいると」砕華に言った。
しかしそれは、受け取り方次第では将来を誓う言葉にも取れてしまうものだったと後で気付いたのだ。
決してプロポーズの意味合いで言ったわけではない。
だが、恋人関係が続いている以上はそれを正すのもなんだか違う気がして、なあなあのままになってしまっている。
自分の中で踏ん切りがついていないのは、砕華を一生守ると宣言しておきながら、それを実現する覚悟が出来ていないからかもしれない。
なにせ砕華は俺よりも圧倒的に強いのだから。
クロの力を失った俺に、彼女を守ることが出来るのだろうか?
むしろ今の俺は守られる側ではなかろうか?
そう思うと情けない話だが、自信が持てないのだ。
こんな心持ちではきっとクロに叱られてしまう。それとも鼻で笑われるだろうか?
ずっと自問自答を繰り返している。
俺は自分が望んだ通りにちゃんと生きることが出来るのだろうか、と。
「おーす、衛士!」
思考に耽っていると、廊下の方から慧斗がやって来た。
「慧斗。麓山待ちなら、ちょうど終わったところだぞ」
「ういー。なあ衛士」
「うん?」
「お前、雰囲気変わったよな」
「そうか?」
「なんとなくだけどな。あか抜けたっていうか、憑き物が落ちたっていうか……綺羅星さんと同じで、夏休み中になんかあったのか?」
「まぁ、あったかもな」
「え、なんだよ~! はぐらかすなよ言えよ~!」
「うっさいうっさい。ほら、さっさと彼女のとこに行けよ」
「へいへい。おーい千裕! 帰ろうぜー」
やはり慧斗は鋭い。
クロがいなくなり、俺の雰囲気が変わったのは間違いない。
他にも少しだけ変わったことがある。
それは、俺に後ろ盾が出来たことだ。
『俺は、バリアンビーストでした』
人として生きると決めた俺は、夏祭りの後に砕華の母親である綺羅星 彩華へ連絡し、彼女に全てを打ち明けた。
砕華の隣にいるための、けじめというやつだ。
話合いの結果、バリアントの情報提供やバリアント対策本部の活動への従事、そしてメテオキックのフォローをすることを条件に、今まで通りの高校生活の許しを得たのだった。
ただ、その折に綺羅星 彩華から言われた言葉が、ずっと忘れられずにいる。
『アナタは黒を失ったと言いましたが、それは決して悪を失ったというわけではありません。むしろアナタは黒を失ったことで白でも黒でも無くなり、善悪どちらも持ち合わせる存在になった。つまりアナタは初めて人間になったのです。たとえビーストの力を持っていたとしても、アナタは人間です。そのことを努々忘れずに』
それからずっとあの言葉の意味を考えているが、答えは出ていない。
ただ、ビーストでありながら人間だと認められた俺は、とても救われた気持ちになった。
今はそれだけで十分だと思っている。
ちなみに、俺と砕華の関係についてはまだ話していない。
今は友達の関係ということにしている。
とりあえず高校卒業まで本当のことは黙っておこうと砕華と決めたのだ。
あの母親なら、既に察していてもおかしくはないだろうけど。
「ねぇねぇ! キラッチとアマエイさ。この後、ケイトたちとカラオケ行く予定なんだけど、一緒にどう?」
「そうだな。衛士たちも行こうぜ」
帰り支度をする麓山と慧斗が俺たちを遊びに誘ってくれた。
学校帰りのカラオケなんて、とても高校生らしい。
いつもなら二つ返事で慧斗たちについて行くだろう。
「ごめーん! アタシら今日は二人で寄る場所あるから、また今度!」
砕華が両手を合わせながら、ちらりと俺の方を見る。
その意図を察し、俺は小さく頷く。
砕華の言う通り、今日は二人で行かなければならない場所があるのだ。
「あー、もしかしてデートだったか? んじゃまた誘うわ」
「わるいな二人とも」
「誘ってくれてあんがとね」
「あ~い。じゃまた明日ね~。お二人ともお幸せに~」
慧斗たちは俺と砕華をはやし立てながら、続々と教室を後にしていく。
そうして残ったのは俺たち二人だけ。
静まり返った教室で、砕華は大きく唸った。
「あーもう! 今日に限ってアイツらが襲撃して来るってさ! ホント、ムカつく! カラオケ行きたかったよ~!」
「俺もだよ。今度は俺たちから皆を誘おう」
「うん! ゼッタイね! だからサッサと片付けに行こ!」
「ああ」
砕華は俺の手を引き、教室を出る。
目指すは屋上だ。
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