第29話「アタシ、衛士のことが」
砕華が俺のことをそんな目で見ていたなんて。
罪悪感で胸が張り裂けそうになる。
やめろ、やめてくれ、そんな輝きに満ちた目で俺を見ないでくれ。
俺はそんな奴じゃない。
俺は誰よりも自分勝手で、醜くて、どうしようもなく偽物なんだ。
記憶を封じていたとしても、騙していたことは間違いないんだ。
砕華の言葉を否定したい気持ちが、俺の中の黒い感情を滾らせる。
砕華の口を閉じさせろと暴れている。
腕の震えを隠す俺をよそに、砕華は言葉を続ける。
「カノジョになって、って言われた時は驚いたけど、ちょっと嬉しかった。そういう事とか初めてで、興味はあったから。最初はニセモノの恋人関係ってなんか不純な感じで不安もあったけど、衛士と一緒にいた時間は楽しかったし、衛士のおかげで友達も出来た。ニセモノで期間限定だったけど、この関係も悪くないなって」
俺達が共に過ごした日々を砕華が振り返るたび、俺の記憶にある思い出達が鋭利な刃となって容赦なく俺を斬りつけていく。
楽しかったこと、嬉しかったこと、その全てが偽りの上に作られたハリボテだという事実が、俺を苛んでいく。
もう耐えられない。
「気付いたら、もっと衛士の隣に居たいって思ってた。だからプールデートでこの関係が終わるって思ったら、なんだか寂しくなって……今みたいに衛士と話せなくなるのかなって思うと、泣きたくなるぐらい胸が苦しくなってた。その時にさ、アタシ、気付いたんだ。自分の本当の気持ちに」
もう手は繋いでいないはずなのに、俺は砕華の気持ちが手に取るように分かってしまう。
砕華が次になんて言おうとしているのか、俺はどうやっても察してしまう。
「アタシさ! もう少し、カノジョ続けてもいいかなって思うんだけど……どうかな? あっ! いや待って! こんな言い方ヒキョーだよね!? うん! えっとね、えーっと……あ~も~、落ち着けアタシ! なんか今日は暑いね!」
砕華は火照った顔を手団扇で必死に仰ぐ。
それは暑さからではなく、緊張によるものだと俺には分かる。
「すぅー……はぁー……よし。アタシね、まだ衛士の彼女でいたい。カッコカリじゃなくて、ちゃんとした彼女がいい」
やめろ。
「ううん、この際ハッキリ言うね」
それ以上言うな。
それ以上は、ダメだ。
「アタシね」
やめろ。
やめろ。
やめろ。
「衛士のことが――」
「やめろッ!!」
――
刹那、俺の背中から漆黒の旋風が巻き起こり、大気を乱しながら全身を包み込む。
同時に俺の内側から淀んだ泥が俺の体を作り変えていく。
右半身は断罪を司る白と金の天使の鎧に。
左半身は傲慢を司る赤と黒の悪魔の鎧に。
背には白鳥と蝙蝠、計四枚の翼。
頭部は白と黒の配色が混じる仮面に覆われ、口や鼻は無く、赤と緑の二つの目だけ。
それは紛れもなく人ならざる存在。人類の天敵の姿だ。
変わるのは肉体だけではない。
獣が目を覚ますが如く、精神は獰猛な襲撃者へと変化する。
現れるのは「オレ」であって、俺ではない。
ずっと心の奥底に封じ込めていた、もう一人の俺だ。
精神がシロから、クロへと切り替わる――。
「アハハハハハハハハハッ! 待っていたよォ……この時をさァ!」
漆黒の旋風は爆ぜるように掻き消え、オレは砕華の前に本当の姿を晒した。
オレの名は、デュアリス。
『双翼』の二つ名を持つ、バリアントの工作兵。
一つの体に二つの心を宿す、天使と悪魔のバリアンビーストだ。
「ビースト!? 今日はゼッタイ邪魔すんなって言っておいたのに!」
砕華はオレから素早く距離を取り、腕に巻くトランサーを構える。
そのままメテオキックに変身するかと思いきや、砕華は必死に周囲を見渡し始めた。
「衛士? 衛士! ちょっとアンタ! 衛士をどこにやったし!」
いつもの数倍は鋭い砕華の瞳が、オレを睨みつけてくる。
俺の姿が消えたことに気付き、それをオレが攫ったからだと思ったらしい。
だがその考えは間違いだ。
なぜなら、このオレこそが天下原 衛士だからだ。
「メテオキック。オマエ、けっこう鈍いんだねェ……ククッ」
「アンタ、見たことある。最近は見かけなかったけど、少し前までちょくちょくビーストと一緒に来てたやつでしょ。そんで、いつもアンタだけ逃げ帰ってた」
「覚えていてくれたなんて光栄だねェ。俺の名前はデュアリス、双翼のデュアリス。今日はもっとオレのことを教えてあげるよォ」
「アンタのことなんてどうでもいいッ! 衛士をどこにやったか教えろッ!」
砕華はビーストのオレでさえたじろいでしまいそうな剣幕で、俺の居場所を問う。
しかしオレにはその姿が滑稽に見えてしまい、思わず吹き出して笑ってしまう。
「なに笑ってんだし!」
「いやァ、思い込みっていうのは怖いと思ってさ。ほら、そんなに会いたいなら、会わせてあげるよ」
そう言ってオレは仮面を剥がし、その下に隠していた真実を晒す。
同時に花火が打ち上がり、夜空に浮かぶ火の大輪がオレの素顔を照らした。
「衛、士……?」
砕華に見せたのは当然、天下原 衛士の顔だ。
だがその顔はいつも砕華に見せていたシロのものとは異なり、オレの精神を表すが如く醜悪な笑みで歪んでいることだろう。
そして予想通り、オレの顔を見た砕華は面白いほど呆気に取られていた。
砕華はすぐに理解したことだろう。
オレ達こと天下原 衛士が、バリアンビーストだということを。
「うそ……なん、で……?」
「これで分かったかァ? そうさ! オレが衛士だよォ! オマエと恋人ごっこをしてたヤツは、バリアントの手先だったんだよ! アハハハハハッ!」
「いつから……」
「あァ?」
「いつから、そうだったの……? 衛士っ!」
「ああ、教えてあげるよ。いや、むしろ知ってもらわないと意味がない」
「どういう、こと?」
砕華は明らかに動揺している。
さらに揺さぶりをかけるべく、オレはニヤリと口を歪める。
「最初からさ! オレの任務はオマエの最も親しい人間になって、最後に裏切ることだ! オレが流星高校に転入したのも、同じクラスになったのも偶然じゃない! 全てがスペクターの計画なんだよ!」
「アタシを、傷付けるために……? それだけのために、あんな嘘をついたの……? 普通の生徒のフリをして! 久我クン達のことも騙してっ!」
「ああそうさァ! ショックだろ? 胸が引き裂かれる思いだろ? なにせ唯一心を開いた男が、好きになった相手が、オマエの敵だったんだからさァ!」
「……っ」
砕華は口を噤んで歯を食いしばり、情けないほど眉を下げた悲痛な表情を浮かべている。
今すぐ吐き出したい激情を必死に堪えているのだろうが、我慢しているのがバレバレだ。
「ハハハハハ! そうだ! その顔だよ! 幸福の絶頂から絶望のどん底へ突き落とされた顔! オレはその顔を見るこの瞬間を待ってたんだ! シロの記憶を封じた甲斐があったよ! アハハハッ!」
「シロ?」
「あァ?……あー、口が滑ったな。こっちの話」
――なにを口走っている。やるなら徹底しろ、クロ。
分かっているさ。シロ。
「で、どうだった? オレと過ごした時間は楽しかったか? 初めての恋人が出来た気分はどうだった? 心を許せる相手が出来た気持ちは? きっと嬉しかったんじゃないかなァ。すごく、すごぉーく楽しかったんじゃないかなァ」
「……やめて」
オレの言葉の波濤によって砕華の脳裏には、俺達が共に過ごした日々の記憶が再現されているはずだ。
その記憶が砕華にとって輝かしいものであるほど、オレがバリアンビーストであるという事実がそれらを汚していく。
耐え難い苦痛に違いない。
これこそがスペクターの計画。
オレ達の役目なのだ。
「でもざぁ~んねん! それ、全部ニセモノなんだよねェ! アハハハハハハハハハッ!」
「やめてよッ!!」
砕華が絶叫した瞬間、彼女の体が眩い輝きに満たされる。
光は瞬きの間に収束し、次に目を開けると、そこに浴衣姿の砕華はいなかった。
代わりに立っていたのは、バイザー付きのヘルメットやボディプロテクターを纏う筋骨隆々の大男だった。
綺羅星 砕華の
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