第28話「ヒーローしてたから」
それから俺達は射的や輪投げ、風船釣りなど色々な屋台を巡り歩いた。
もちろん食べ物系の屋台も沢山回った。
たこ焼き、焼きそば、肉串、ワタアメ、その他いろいろ。
「結構食べたね」
「そ、そうだな。もうお腹いっぱいだ」
「あははっ」
正直、食べすぎじゃないかと思うくらい回った。
祭りのテンションというのか、俺も砕華も手持ち無沙汰になればとにかく食べ物を求めていた。
いや、本当の理由は違う。
口の中が何かで埋まっている方が都合が良かったのだ。
「……」
「……」
俺達は無言のまま屋台通りを進む。
別に会話をしたくないわけじゃない。
むしろ本音を言えば、もっと砕華と話していたい。
だが、今更何を話しても意味はないのだ。
思い出を増やしても辛いだけだ。
なぜなら今日が別れの日となるのだから。
結末は変わらない。
砕華の方も、いつもより口数が少ないように思えた。
俺の雰囲気を察したか、それとも胸に秘める何かがあるのか。
握る手の平から気持ちを感じ取ることが出来れば、どんなに楽だったか。
しかし残念ながら、あるいは幸運なことに、俺にそんな力はない。
あるのは怪物の如き力と色違いの双翼だけ。
それを使って、俺は最後の任務を果たすだけだ。
「あ……」
「ここで屋台は終わりみたいだ」
気付けば俺達は大通りを抜けていて、なぜだか一抹の寂しさがこみ上げてくる。
終わりの時間が近づいているのを感じているからかもしれない。
「花火大会もあるんだよな。あとどれくらいで始まるんだ?」
「あと……二〇分ぐらいかな。時間までどうしよっか?」
そう言って砕華は小首を傾げながら俺の方を見る。
俺は、選択権が俺に委ねられるこの時を待っていた。
「花火が見やすい場所を知ってるから、そこへ行こう」
「どのあたり?」
「ここから少し離れた場所に神社があるんだ。
「……うん、わかった」
「じゃあ行こうか」
今度は俺が砕華の手を引き、すぐさま神社へと足を向ける。
後ろは振り返らず、わき目も降らず、ただ真っ直ぐ歩き続ける。
己が抱いた決心が揺るがないよう、己が任務を果たすことだけを考えて。
「シロ」の俺を捨てて「クロ」の俺に託すことだけを考えて。
誰かのためではなく自分のために。
そして、俺が最後まで俺として生きるために。
途中、俺の手を握る砕華の力が少し強くなったが、すぐに気にならなくなった。
* * *
「この辺りなら、よく見えるんじゃないかな」
「けっこう暗いね」
四鷹神社の奥の雑木林は、街灯が届きにくく非常に薄暗かった。
これなら明かりに邪魔されず花火を楽しむことが出来るだろう。
そしてこれから俺がやろうとしていることも、誰にも邪魔されない。
「花火は、もう少しかな」
「……そだね」
「楽しみだな、花火」
「……うん」
砕華の反応が薄い。
いつもならもっと口数が多いはずだ。
どこかそわそわしている様にも見えるので、彼女も緊張しているのかもしれない。
ふと繋いでいた手がゆっくりと離れ、砕華が俺から数歩距離を取る。
触れていた彼女の熱が離れていく。
指先から消えていくそれに、俺は寂しさを覚えた。
だが、これで俺も本当の意味で覚悟が出来る。
砕華は俺に背を向けたまま、静かな呼吸を繰り返している。
彼女の扇情的なうなじが覗き、俺の中の劣情にも似た本能が疼く。
それをトリガーに俺は内に潜むビーストの力を滾らせ、解放する準備を整える。
俺の中から優しさや情けといった柔らかい感情が消えていくのを感じる。
精神が切り替わる感覚、久しぶりのそれに快感さえ覚え始める。
――待ちくたびれたよ、シロ。
焦るなよ。
溜めて溜めて、それから一気に解放してやるから。
まずは爪先からだ。この爪で目の前の女を切り裂いてやれ。
それから腕だ。この腕で骨ごと五体を引きちぎってやれ。
最後は顎だ。この口で滴る血を舐めながら柔らかい肉を噛み砕いてやれ。
心身を歪める準備、バリアンビーストへ変異する準備は整った。
あとは機会を見極めるだけ。
――早く。はやく。ハヤク。
クロが我慢出来なくなっている。
俺は覚悟を決める。
心の中で砕華に別れを告げ、姿を変えようとした、その時だった。
「あのさ、衛士」
砕華がこちらに振り返り、俺は溜めていた変異の力を即座に引っ込めた。
「なんだ?」
「花火が上がる前に、伝えておきたいことがあるんだ」
「伝えておきたいこと? なんだよ、改まって」
「えっとね」
砕華は指先で頬を掻く。踏ん切りがついていない様だ。
昔の俺なら変身を我慢することなど出来なかっただろう。
だが、今の俺は待てる。
最後に彼女が何を伝えたいのか聞いておきたいからだ。
内で荒ぶるクロを宥めながら、俺は砕華の言葉に耳を傾ける。
「夏休みに入る前、アタシが衛士の前でメテオキックになった日のこと、覚えてる?」
「もちろん。あの日がなかったら、こうやって二人で話すこともなかっただろうし」
俺達の偽物の恋人関係が始まった日なのだから、当然だ。
あの時の俺は本当の任務のことも忘れていたが、今思えば心の底では全て理解していたのだ。
全てを忘れていた俺の代わりに、クロがずっと俺を誘導していた。
だからここまで砕華に疑われず事を運ぶことが出来た。
全てはスペクターの計画通りだ。
だがそれは、一歩間違えれば窮地に陥っていたのだと思い知らされることになる。
「アタシ、あの時、本当は疑ってたんだ」
「疑うって、なにを?」
「衛士が、パパの手下なんじゃないかって」
「……」
俺は驚愕を顔に出さぬよう、感情を押し殺す。
同時に危機感を覚えたクロが騒ぎ出す。
――今すぐやるべきだ。
クロが心の中で爪をカチカチと鳴らしているが、まだだ。
砕華は夜空を見上げ、言葉を続ける。
「アタシさ、ちょっと前まで周りを遠ざけてたんだ。アタシはギャルだけど、ヒーローだから。誰かと仲良くするとゼッタイ迷惑が掛かるって思ったから。それに、高校の中にもパパの手下が紛れてるかもしれない。そう考えたら余計に周りと仲良く出来なくなって……気付いたらアタシは独りになってた」
それは砕華の独白だった。
なぜ砕華がクラス内で近寄りがたい存在になっていたのか。
なぜ誰とも話そうとせず、他人から距離を置いていたのか。
その真実が初めて告げられていた。
俺はただ静かに、砕華の独白に耳を傾ける。
「二年になって、衛士が転入してきた。その時からアンタのことはずっと疑ってた。アタシを狙うならクラスメイトに成りすましてもおかしくなかったし、だからずっと見てた」
なぜ砕華が俺の方を度々見ていたのか、ようやく理解出来た。
それは好意によるものではなく、猜疑心から生じた監視の目だったのだ。
「衛士は他の人達と違って、何度もアタシに話しかけてきた。最初はアタシのことを探ろうとしているのかと思って警戒してたけど、むしろ衛士のことを暴けるかもって思って、会話することにしたんだ。でもアンタはいつまで経っても尻尾を出さないし、アタシは久しぶりにクラスメイトと話せて、えっと……楽しくなってた」
砕華は小さくはにかむ。
瞬間、心に棘の様なものが突き刺さる感じがした。
「別に衛士とは友達とも言える仲じゃなかったし、頻繁に話してるわけでもなかったけど、それでもアタシは誰かと普通に話せることが嬉しかった。段々、衛士がパパの手下だったら嫌だなって思う様になった。だからあの日、アンタのことを確かめることにした」
夜空を見上げたまま、砕華は眉尻を下げる。
「すごく不安だった。衛士がもしパパの手下だったら、敵だったらどうしようって。この手で砕かなきゃいけなくなったら、アタシはまた誰とも話せなくなるのかなって。いっそ聞かないでおこうかなって思ったぐらい。でも、アタシは結局聞いた。そしてアンタの答えは、アタシが一番望まないものだった」
鳥型のビーストが現れる直前に、砕華が俺に尋ねた言葉を思い出す。
「メテオキックのことをどう思うか」――それは俺の正体を見極めるための問いだったのだ。
その問いに対し、俺は「女子っぽい」と答えたはずだ。
砕華からしてみれば、メテオキックの正体を知っていると言っているのも同じだろう。
もしもビーストが乱入して来なければ、俺はあの時に正体を暴かれていたかもしれない。
記憶を封じていたとはいえ、己の不用意な発言に寒気さえしてくる。
そんな俺の心情とは対照的に、砕華の表情は晴れやかなものに変わっていく。
「結局、アタシの心配は思い違いだった。衛士がアタシをビーストから守ろうとしたり、困ってる誰かを助けたり、いつも自分のためじゃなくて誰かのために行動してる衛士を見て、疑うのはやめたんだ」
「それは、どうして?」
尋ねずにはいられなかった。
答えを聞けば辛いだけなのに。
すると砕華はどこか恥ずかしそうに、小さく笑う。
「衛士は、アタシなんかよりもずっとヒーローしてたから」
そう言って俺を見る砕華の笑顔は、太陽みたいに眩しかった。
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