第25話「そして粉砕されろ」
俺に課せられた任務は、力で人々を蹂躙するバリアンビーストとしては極めて異質なものだった。
人に紛れる必要があったからこそ俺の記憶は封じられ、「普通の人間として生きたい」という願いを抱く元ビーストとして、俺は流星高校に潜入した。
全ては砕華と親密になるために。
俺は最初から砕華のことを狙っていたのだ。
だが、今の俺は既に記憶を失う前の俺ではない。
人間として暮らした記憶。
慧斗達と過ごした何気ない日々。
そして、砕華と作った思い出。
それらが俺という存在を作り変えた。
記憶が戻ったところで、既にバリアンビーストとしての在り方を取り戻す気持ちは無くなっていた。
俺はもう、人間として生きたいんだ。
しかし、そんな感情をスペクターが知るわけもなく、ましてや理解するはずもない。
「いいだろう。では、貴様に最後の任務を言い渡す」
「最後の、任務?」
「貴様はメテオキックの前でビーストの姿を晒し、真実を告げ、そして粉砕されろ」
「っ!?」
「信頼を寄せる人間がビーストであったことを知ったメテオキックは、感情を怒りに支配されるだろう。そこで貴様がさらに怒りを煽れば、メテオキックは貴様を躊躇なく粉砕するはずだ。その時こそメテオキックは気付くのだ! 近しい者を自らの手に掛けたことをな!」
俺に課された新た任務、それは「玉砕指令」だった。
「メテオキックが受ける精神的苦痛は計り知れないだろう! そして心の拠り所を失った彼女は思い知るのだ! 本当に信じることが出来るのは、帰るべき
バリアンビーストは所詮、使い捨ての生物兵器。
人間を改造して作った俺の様なタイプとて、扱いに大した差はないのだ。
だが、俺はある疑問を抱かずにはいられなかった。
それは俺に下された命令についてではなく、スペクターの思考についてだ。
「……恐れながら、お教え頂きたいことがございます」
「なんだ? 貴様の働きに免じて特別に質問を許そう」
「スペクター。貴方は娘を愛するからこそ、メテオキックをバリアントに連れ戻したい。彼女の心を揺さぶるのも、全てはそのため……そう、ですよね?」
スペクターは娘を愛している。だから自分の元へ連れ戻したい。
しかしそのために砕華を精神的に追い詰めるのは、正しい手段なのだろうか?
スペクターの真意を聞けばその手段を取った理由が分かるはず。
そう思っていた。
「愛? 愛だと? フ、フフ、フハハハハハハハハハハッ!」
俺の疑問を聞いたスペクターは、腹の底から湧き上がる笑声を惜しみなく放った。
その笑いには愉快と嘲笑と侮蔑が入り混じっているように聞こえ、俺は黙ってそれを聞いていることしか出来なかった。
ひとしきり笑うと、スペクターは薄い笑みを浮かべる。
「当たり前だろう? 砕華は私の最高傑作。私を理想の未来へ導く唯一無二の存在だ。それはそれは愛でてきたものだよ」
「では、やはり――」
「ああ。なにせ最強の彼女を母体とすれば、これまでにない極上のビーストが誕生するだろうからな」
「母、体……?」
「バリアンビーストも生物である以上、遺伝子を継承し、強い遺伝子同士を掛け合わせればより強力な個体を生み出せるのだよ。砕華のあの強さは強いビーストを生むための母体装置として必要なわけさ。だが強さを追求するあまり制御面に難が出てしまった。少々甘やかしすぎたとも言えるな。今後の課題はバランス調整だな」
その答えで俺は理解した。理解してしまった。
スペクター・バリアントは、娘のことを己の道具としてしか見ていない。
さらに強力なバリアンビーストを生み出す装置としてしか見ていないんだ。
俺達バリアンビーストとなんら変わりない。
砕華の気持ちなど、微塵も考えていない。
唇を噛んで感情を出さないよう俯いていると、スペクターが横から俺の顔を覗き込んだ。
「どうした? デュアリス。貴様……まさか私に異を唱えるつもりか?」
「お、れはっ」
その目は俺の心を見抜く矢の如く、とても鋭くて冷たいものだった。
息がつまりそうになる。
上手く言葉が出てこない。
「ふん。まぁいいだろう。最後の任務を遂行しようがしなかろうが、どちらにせよ貴様の体内の爆弾は一週間後に爆発する。貴様の機能もそれまでだ」
「ばく、だん……?」
爆弾。
そう言われて、俺は初めて体内に異物の存在を感じ取る。
この異物はおそらく、俺が記憶を失う前に仕込まれたものだ。
バリアンビーストとしての機能を確実に果たすための、いわば保険だ。証拠隠滅のためでもあるだろう。
つまり、俺の道は二つに一つ。
爆弾の作動を待つか。
砕華に粉砕されるか。
そのどちらかだ。
かつての俺が望んだ普通の人間としての人生は、絶対に手に入らないのだ。
「喜べ、デュアリス。貴様は戦わずして任務を果たせるのだ。貴様の望み通りにな! ハハハッ!」
その言葉を最後にスペクターは踵を返し、あたかも一般人の様に平然と通りを歩いて行く。
俺以外の誰も、この男が人類の敵だということを知らない。
今なら、俺がこの元凶を消せるかもしれない。
スペクターは戦闘力を持たない、ただの人間とほぼ同じだ。
俺が背後から襲い掛かれば――。
「……クソッ」
しかし俺が出来たのは、スペクターを殺す想像をすることだけだった。
実際にはただその場に立ち尽くすことしか出来ず、気付けばスペクターの姿はどこにもなかった。
俺は奴に植え付けられた恐怖やトラウマで足がすくみ、全く動けなかったのだ。
己のあまりの情けさに涙も出なかった。
どうしようもない虚しさだけが、胸の中で渦巻いていた。
しばらくマンションの入口前で立ち尽くしていると、スマホにメッセージが届く。
差出人は、砕華だった。
俺は手の震えを必死に抑え、アプリを開いて砕華からのメッセージを確認する。
『来週、二人で夏祭りに行こ!』
終わりの時は、ここに定められた。
第4章 炎天下と可愛い水着ギャルには深刻な眩暈を引き起こす力がある 完
第5章へつづく
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