第13話 寒い日の帰り道
吐く息が白い。冬だ。
僕はそんな当たり前のことを考えながら、すっかり暗くなった通学路を歩いて下校していた。寒いし、早く帰りたい。一人でさっさと歩いていると、電柱の下にいた同い年くらいの少年に声を掛けられた。
「ねぇ、寒いね」
「えっ、」
僕は立ち止まって、その少年を見た。同じ高校の制服に、灰色のダッフルコートを着ている。優しそうな顔立ちだけど、見覚えのない人だ。
「急にごめんね。寒くてさ」
「あ、ああ……いえ。そうですね」
「良かったら、これ一緒に飲まない?暖かくなるよ」
少年の手には、缶のお茶が二本ある。
「どうして、僕にくれるの?」
聞けば、少年は困ったように笑う。
「待ち合わせしてたんだけど、相手が来れなくなっちゃってさ。これ買ってから分かったから、せっかく温かいのが無駄になるかな、って思ってたら君が来たから。声掛けちゃった。同じ高校の制服着てたし。ごめんね。知らないヤツに声掛けられて、びっくりしたよね」
「びっくりはしたけど……理由は分かったよ。ありがとう」
少年が、お茶の缶を差し出して来る。僕はそれを受け取った。本当に買ったばかりみたいで、缶は熱いくらいだ。
「良かったよ……君が来てくれて。一人は寂しいからね。冷めない内に、飲んで飲んで」
少年は少し寂しそうに笑って、促して来る。プルタブを開けようとして、変だと思った。急に、缶が汚れて、古くなったように見えたから。
「あれ、」
顔を上げるより先に、耳元で声がした。
「あーあ、残念。もう少しだったんだけどな。飛んで来てくれるような友達がいるんだね。いいなあ」
「え?」
「宗也!」
何が起きたか分からなかった。切羽詰まったようなよく知る声と、強い衝撃。気付くと、道路脇を転がっていた。友人の満寛と一緒に。直ぐ隣を、車が猛スピードで走り去って行く。轢かれるところだったらしい。
「馬鹿野郎!何やってんだ!」
僕に馬乗り状態になっていた満寛が、燃えるような目で僕を睨んでいる。訳が分からないけど、満寛にこんな目をさせるようなことをしてしまったようだ。
「あの……ごめんなさい」
謝ると、満寛は我に返ったような顔をして僕をじっと見た。
「大丈夫か」
「う、うん。僕、どうしたの?」
満寛に、深く長い溜息をつかれた。それから、思い出したように、僕から降りる。そのまま、手を差し出された。
「ありがとう」
手を掴んだら、引っ張り起こされた。そう言えば、あの少年は。辺りを見渡しても、僕たち以外、誰もいない。
「満寛、もう一人、男の子いなかった?」
「いないぞ。俺が見たのは宗也だけだ。……お前、そこの電柱に供えてあるお茶を手に取って、赤信号の横断歩道にふらふら出て行ったんだぞ。覚えてないのか?」
「えっ!?」
満寛の指差した電柱は、さっきまで僕と少年がいた場所だった。少し枯れた花束と、お菓子が供えられている。立ち止まりはしたけど、そこから歩いた記憶は無い。電柱の側には、未開封の古く汚れたお茶の缶が二本、転がっていた。そういえばここで、前に学校の生徒の死亡事故があったような。混乱して固まった僕をちらりと見て、満寛は僕の手首を掴んで引っ張る。
「送る。歩きながら話せ」
「うん……」
僕は道すがら、あの時のことを説明した。満寛は黙って聞いてくれたけど、話し終えると長い溜息をつく。
「分かった。つうか。宗也、お前、知らないヤツから物貰って受け取ってんじゃねぇよ。百歩譲って、貰ったとしても飲むな。危ないだろ」
言われてみればそりゃそうだ。迂闊だった。
「……そうだね。ごめん。助けてくれてありがとう」
満寛はさっきよりは和らいだ顔で僕を見て、でもまた溜息をつく。歩いていると、自販機が見えて来た。満寛はそれに気付くと、僕を置いて何か買いに行く。戻って来たと思うと、手には二本飲み物があって、僕にペットボトルの温かいお茶をくれた。
「貰うなら、知ってるヤツからだけにしとけ」
「ありがとう、満寛」
貰ったお茶は温かい。あの時の缶の熱さを思い出して、何とも言えない気持ちになる。
「寒いな、宗也」
「うん、寒いね」
満寛はさっさと、蓋を開けて飲み始める。ふう、と吐き出された白い息を見て、僕もようやく蓋に手をかけた。
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