第12話 塀の手


学校から家までの近道にお寺がある。

大きな敷地で、塀が百メートルは続いているんじゃないかと思う。

何かで遅い時間になった時、一人でぶらぶらと歩いていて何の気無しに塀を見上げた。すると、塀の内側から真っ白で作り物みたいな手が伸びていて、塀の縁をしっかり掴んでいる。この塀の向こうは広大な墓地だ。こんな時間にお参り?それともお寺の人か?じっと見つめていたら、するすると中へ引っ込んだ。僕はしばらくその場所を見てたけど、それ以上何か出るでも聞こえるでもないので、そのまま帰宅した。

それから何回か、夜にその塀を見ると真っ白な手に遭遇した。段々、見える範囲が広がっている気がする。手の先くらいだったものが、手首、腕、と塀の上からだらりと下がっているのが分かるのだ。

そろそろ頭とか見えそうだなと、嫌な想像をしてしまった。

そのことを、学校で友人の十朱とあけしばに話してみた。十朱は面白そうに話を聞いてくれたが、その後何てことないように言い放った。

「塀の向こうから出て来ることはないんじゃねぇの?塀だって結界だぜ?内と外を区切ってるって意味で」

「結界」

呟くと、芝ものんびりとした口調で続ける。

「もうじっと見ない方が良いんじゃないかな。気付いてるよ、きっと。向こうも」

少しゾクリとした。頭の中に、今まで見てきた真っ白で作り物みたいな腕が、だらりと下がっている光景が浮かぶ。

「つか、そんな面白そうなもん見てたならもっと早く言えよ。日田技ひたぎがこれ以上見るのはヤバそうだけど、俺らはまだいけるんじゃね?」

どういう理屈なのか。一気に気が抜けた。今夜二人で見に行こう、と十朱は芝とさっさと話をまとめて強引に解散となる。僕は来るなとしっかり釘を刺されたので、大人しく日が暮れる前に帰った。

次の日。十朱と芝は何とも興奮した様子で僕のところへやってきた。

「マジであった!手。真っ白。見てたら頭っぽいもんが塀の向こうから見えて来たから、速攻で逃げたけどな」

「手だったねぇ。少し動こうとしてた」

ニコニコしている二人を見ていると、本当に怪談好きなんだなと思ってしまう。僕は行かなくて正解だったようだ。

それから数日後。

あのお寺の墓地で、倒れていた男性が保護されたという話が出た。

深夜に入り込んでいたらしいが、男性にはその記憶がないらしい。ずっと、手招きされたと譫言のように繰り返しているだけで、結局何も分からなかったそうだ。あの手は満足したのか、もう塀で見ることは無くなった。

「ガチもんじゃん。俺たちも危なかったな」

さして危機感の無い調子で言いながら、十朱が笑う。

放課後の学校帰り。僕、満寛みちひろ、十朱、芝で歩いている。満寛が呆れたような溜め息をついていた。

僕は、塀で見たあの真っ白な手を思い返す。もし本当に、塀を越えることが出来ないのなら。

「……塀の向こうから出られないから、中に入って来てもらったんだね」

つい口をついて出た言葉に、皆足を止め、場が静まり返る。

「今回イチ怖えわ、それ」

「そういうことだよねぇ」

十朱と芝が顔を見合わせ、半笑いになった。満寛は不機嫌そうな顔で僕を見ている。

「手は知らんが、あの寺に入っても迷うだけだから、一人で入るなよ、宗也そうや

「ごもっとも」

何故か十朱が爆笑したから、そのまままた四人で歩き出した。















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