27
今日は作業ができる最終日だ。
4人で今日の作業について打ち合わせをしていると、パソコン室の扉が開いた。振り返って確認した姿に、全員の頬が緩んだ。
「待たせたわねっ」
ことり先輩だ。彼女はまるでモデルのように腰に手をついている。いつもの自信に溢れる姿だ。
「先輩、待ってましたぁ!」
絵里が走り込んでいって、彼女を抱きしめている。数日ぶりの再会でも、嬉しいことには変わりないだろう。部屋の中には、安堵という空気が広まっていた。
「今はゲームのバランスを取ってもらっています。
先輩には、コードを見直してほしいです」
「見直すってどうするの?」
書き方の問題だ。
みんなで分担して書いたから、整っていないだろう。変数や定数、はたまた数値を直接指定している箇所もあるだろう。
彼女だったら徹底的に統一する指示を出すと思っている。だから、僕はことり先輩が復帰したら作業をしてもらおうと残しておいたわけだ。もちろん今日作業できる分だけで構わない。
僕とことり先輩は軽く打ち合わせをして分担して見直しをしていった。和也と絵里はゲームを繰り返し遊んで動作を確認している。
みんながパソコンに向かっていると、ひとりの悲鳴が聞こえた。ことり先輩はペットボトルの飲み物を持ちあげたまま、動きを止めて硬直していた。
部屋にいる全員が彼女の方を見ていた。
「......そんなことって、いきなりっ」
ことり先輩のつぶやきも聞こえてくる。そのまま席を立って、部屋を出て行ってしまう。
しばらくしたら、なんだか疲れ切った感じで戻ってきた。
......何があったんだろうか。
午後になったら、瑠璃さんが部室に現れた。
彼女は部屋の中央にあるテーブルにお茶を置いてくれる。近くのコンビニで買ってきたものを、文芸部の部室で注いできてくれたのだ。
「皆さん、お疲れ様でした。
今日は最終日ですね、健闘を称えてお茶でもどうぞ」
その通り、お茶の香りに気分が落ち着いていった。今までのバタバタが、特にことり先輩が居なくなってからの緊張が解けていく。
「ところで、今日の皆さんは夜開いていますか?
駅の近くにある神社でお祭りがありますから、是非帰りに行きましょう」
そのアイディアに、みんなの顔が喜びに浮かんでいた。
・・・
鳥居をくぐると、暗い夜空に屋台の灯りが輝いていた。どの店も賑やかできらめている。
ことり先輩はある一点に目が釘付けになっていた。
「美味しそうなクレープ......」
彼女の甘いもの好きは相変わらずだ、というか風邪から復帰したばかりで食べられるのだろうか。
そこに、瑠璃さんが彼女の首根っこを掴んでしまった。お参りが先でしょ、と強制的に連れて行ってしまう。まるで、悪さをした猫のようでおもしろかった。
屋台を見ながら神社の中を歩いていると、近くを歩いている通行人の声が聞こえた。
「これから花火が上がるらしいぞ」
すると近くを歩いていく人々は小走りに走って向かって行く。
花火とは、なんと楽しそうなイベントだ。僕たちも見に行こう、急いで会場に行くことにした。
なんとか会場に着くと、花火はすぐに上がりだした。小さいものから順に打ちあがっていく。
「瑠璃さん、花火が上がること知っていたんですか?」
「さあ、どうかしら」
瑠璃さんは絵里の質問を上手くはぐらかしていた。
みんなが花火に集中している中、隣にいることり先輩が僕に語りかける。
「しい君、ちょっと嘘ついてたよね」
「ばれちゃいましたか」
彼女の顔を見ると、くすくすと笑っている。その表情は特に不機嫌でも怒りたいというわけでもなさそうだった。
「悪意のある嘘はもちろん嫌いだよ。
でもさ、安心させようと思って言ってくれたんだよね」
私のためを思うなら嬉しいよ。小さくそうつぶやいた。
「......どんな処理にしたか聞かないんですか」
「聞かないよ。
コードを読めばわかるし、君たちのことを信じているから任せようと思ったもん。
それに、君がコメントで伝えてくれたこと嬉しいよ」
どういうことか分からなかった。
コメントはコミュニケーションのためと教えてくれた。でも、それは僕が実装した処理の説明に書いただけなのだ。彼女にために伝えたいことをメッセージとして添えた覚えはない。
それは良かったです。とだけ返そうと思っていた。
だから、その前に放たれた一言が僕の心を穿つとは思いもしなかった。
この暗がりの中でも、瑞々しいさくらんぼのように顔が赤く染まっているのが分かる。
だって......。
「だって、好きって書いたじゃない」
僕が追加した処理のコメントはこう書かれていた。絵里に呼ばれたタイミングだから、つい片仮名になっていたのだ。
*───────────────────
//スコアにてステージ巻き戻し処理を
//キドウする
────────────────────
彼女はどういうわけか一番端の箇所を縦読みしたらしい。
本当に、呼びかけられる一瞬が何をするか分からない。もう苦笑するしかなかった。
ふと、僕はことり先輩の手に触れてしまう。さっと避けたけれど、彼女の方から握ってきてくれた。
その体温が、僕の心も赤く染め上げてくれた。
「絶対に優勝できるよね」
彼女は花火を見つめながらつぶやいた。思い込みでも強く願えばいい、僕も気持ちは一緒だ。
「うん、できますよ」
そういえば、さくらんぼはふたつの実が連なっているイメージが多い。僕たちも、そういう風になるのだろうか。
いつか、近い未来で......。
その時、大会の最後を締めくくる大きな花火が咲いた。見に来ているみんなの瞳が輝いている。
ゲームの完成を祝福する、粋なプレゼントをもらったような気がした。
散りゆく残り火は、青春のキラキラだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます