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 次の日、新しいゲームの仕様はすぐに作ることができた。

 ステージを管理しているプログラムに、<ステージ16で、スコアが1,000万点以上なら終わり・ゲームクリアの画面に移行する>というif文を挟むだけだった。

 最後にコメントを書いていると、絵里に呼ばれてしまった。コメントを書いている手を止めて、彼女の方に向き合うことにした。

 あとはここに置くボスの処理ができれば全体としての開発は終わりだ。

 残る時間での話題はバランス調整だ。動作を確認するためのスマートフォンはひとつしかないから、数人で代わる代わる遊んで感想を言い合うしかなかった。ゲームが上手な人も、下手な人の意見も平等に聞こうと思っている。

「ステージ4って急に難しくないかな」

 僕の発言に、みんなしてルーズリーフを覗き込んだ。絵里が敵の配置図にある一か所を指さした。

「あっ、ここだけ敵が詰まっている」

 敵の数はさほど多くない、配置の問題だということに気づくことができた。ここを直すだけで修正できるだろう。

 あと、敵の動作、弾の速度など事細かに上げてメモを取っていった。少しずつ直していこう。

 よく話題に上がるのは、プレイヤーは何発まで当たっても平気なのかという点だった。敵の動き以上に大事なことだ。

 ここを変えるだけでゲームの難易度が変わってくる。話し合いの結果、3回までということになった。ことり先輩は難しいというだろう。でも、優しすぎてもしょうがないのでと説得しようと思っている。

 その代わり、プレイヤーのプログラムに追加の処理を書いた。<スコアを10,000点稼ぐ度にダメージを 1 回復する>、いわゆるライフアップというやつだ。


 その時、スマートフォンにチャットの通知音が鳴った。瑠璃さんからの個別メッセージだった。

 え? だって、彼女は同じ部屋にいてパンフレットを作っているのに。こちらの作業には目もくれず、カタカタと作業を続けている。

 そこに書かれている文面をみて、なるほどと思った。間を置いて考えることもなく、すぐに二つ返事で返信した。


 ・・・


 車窓から見える景色は、小さな森を抜けて住宅街に入っていた。

「......それで、どこまで話しましたっけ」

 隣に座る瑠璃さんは僕に問いかける。

 ことり先輩のお見舞いに向かっているのだ。全員で行く方が良いと思ったのだけど、疲れさせてはいけないので少人数で行こうという瑠璃さんの意見を採用した。

 昼下がりの電車の中、乗客はふたり以外に誰も居なかった。

「ふたりの出会いについてです。

色々しゃべっちゃうから、話が脱線しちゃって......」

 そうでしたね、と彼女は話の歩調を合わせてくれた。

「私とことりちゃんは二年生に上がったときにはじめて同じクラスになりました。

最初の数週間はあまり話すこともなかったので、ただのクラスメイトの存在でしかありませんでした。

......それがどうでしょう、同じ駅を降りると分かったら一気に仲良くなりました」

 同じタイミングで改札を出たんですよ、と苦笑しながら教えてくれた。

 住んでいるところが近いと分かると、すぐに打ち解けたとのことだ。

 そんな不思議なことがあるのだろうか。近くに住んでいるということならお互いに気付きそうなものだけど。

「ううん、私の家の辺りは学区域の境目あたりでして。

ことりちゃんも私も、小学校と中学校は別々でしたから」

 今ではたまにお互いの家に遊びに行っている仲なのだという。

 今日のお見舞いも当然なのかもしれない。それ以前に、彼女自身の優しさが見えているようにも思えた。

「私は最初、"有坂さん"って呼んでいたんですけど。

あの子、やっぱりそう呼ばれるの嫌っているみたいで」

 なるほど。前にも先輩呼ばわりしないでほしいと言っていた。

 彼女ならではの距離感だろうか。僕はふと気になったことを聞いてみた。

「......ことり先輩って教室の中でも明るいんですかね」

「いいえ。

全員と話すことは少ないですよ、むしろクラスのミーティングではよく発言しますが。

ただ、日常会話はほとんど私なので。

私にもよく分からないのですが......」

 瑠璃さんは口に握りこぶしを当てて、わからないという雰囲気をつくった。

 この間の台風の日に聞いた話を思い出してみる。

 ことり先輩は普段は壁を作っていて、気が合うと一気に仲良くなる。本心に入り込むことは難しいのかもしれないが、いったん心をほぐすと最大級の優しさを注いでくれる。

 そんなイメージを彼女に持っている。


 ここでとある駅に着いた。

「さて、降りましょう。

改札を抜けたらお土産を買いますよ」

 僕たちが入ったのは、駅ビルの中に入っている自社製品や輸入品を多く仕入れている少々高級なスーパーだった。あまり入ったことがないので、目移りしてしまう。

 ここで、瑠璃さんは迷うことなく3個入りのゼリーをお土産に買った。

 レジで会計をしながら、微笑を交えて解説してくれる。

「別に、美味しさが値段に比例しているわけではないのですが。

お口に合うもの、それをお土産にしないと怒られてしまいますから」

 と言いつつ、たぶん彼女自身が良いものを選びたい。そんな気持ちを感じた。

「ことりちゃんとここで出会ったこともあります。

あの子はお菓子作りに使う材料を抱えるくらい買っていたの。

後日、焦げてしまったクッキーを私は無理やり食べさせられました」

 ......それが面白くて、輝いていたんだ。

「タイピングだけなら私よりことりちゃんの方が早いのですが。

むしろ、あの子はできないことが多すぎて私が困るくらいです。

それでも、下手なりにも最後まで挑戦しようとしてみる。

それは光が輝くみたいなものです」

 意外な発言だった。

 失礼なことを言ってしまうと、ことり先輩は日常生活についてはまったくできない。常に瑠璃さんがついてないといけないくらいだ。

 それを前向きに解釈している。まさしく支える人のような考えだ。

「......下手なりにも頑張ってみる、ちょうど今のゲームみたいな。

その素晴らしさは誰よりも輝いています」

 閑静な住宅地をふたりで歩いている。その真上に太陽が昇っていて、まるでことり先輩が微笑んでいるように見えた。

 瑠璃さんは日傘を差しながら天を仰いでいた。

「私は、あの子を支える立場であればよいのです」

 ふと、僕は足を止めた。

 みんなを支えている彼女の立場。その起源がここにあるのだろうと思うとなんだか自然だった。

「私がもっと支えなくては。

よくあの子の話を聞いてましたよ。プログラムを教えているって」

 ことり先輩と僕の、喫茶店での話だった。

「ここだけの話にしていただけますか。

正直意外でした、ことりちゃんが人にプログラミングを教えるなんて。

もしかしたら、一年生の時もそうだったかは分かりませんが、あの子はよく孤立してノートパソコンを広げていますから......」

 ......ひとりだけの世界だと思っていて。

 だから私の代わりに花が咲いてほしい、瑠璃さんはこうつぶやいた。

 その言葉はあまりにも自然すぎて、彼女が何かをあきらめていることには気づかずに僕は受け流してしまった。

 そして僕の顔をしっかりと覗いてくる。柔和な表情はまるで植物園の花壇みたいな優しさに満ちているみたいだ。

 まさしく彼女の性格をよく表している気がしたが、その瞳は握手して心をわしづかみにするように掴んで離さない。

 大切なことを告げたいと、僕に問いかけている。

「今なら言えるんです、単にゲームを作るメンバーが欲しかったのではなくて。

私にはなくて、あなたにあるものです。

それをあの子は望んでいたのですよ、わかりますか」

 ......パートナーが欲しかったのですよ。


 ことり先輩の家は二階建ての小さな一軒家だった。瑠璃さんが呼び鈴を鳴らしたところ、彼女の母親はすぐに出てきた。

「あら、瑠璃ちゃんに小さな後輩さんも。

ことりは部屋に居るわ、どうぞ」

 小綺麗に整理された家の中を、僕は緊張して歩く。瑠璃さんは小さな部屋の前に立って、扉をノックした。

「ことりちゃん、入るよー」

「え、瑠璃もうきたの。

入っていいから......って、ちょっと待って何でしい君がいるの!?」

 瑠璃さんは少しドアを開けてしまった。

 そこには、今まさに着替えようとしていることり先輩がいる。

 パジャマの裾に手をかけていて、驚きのあまり動きが硬直してしまっていた。腰回りから上に、膨らんでいる部分にかけての肌が見えている。まるでそのシーンを造形したフィギュアみたいだった。

 思わず僕たちは目を反らす。

 ことり先輩の回し蹴りが飛んでくる。それはドアに勢いよく当たり強制的に閉められてしまった。

 しばらくしたらそっと開いた。

「......ごめん、済んだから入って」

 僕たちは部屋の中に置かれているローテーブルで向かい合っている。

 みんなの手には母親が入れてくれたアイスティーとお土産のゼリーがあった。

「思ったより顔色いいんだね、安心したわよ。

あ、パンフレットのデータ送っておいたから後で見てね。

良ければ実行委員会の方にアップロードして」

 瑠璃さんが話を始めた。

 僕はまだ、ことり先輩の部屋だということで未だに集中できていない。あまり派手な装飾はないものの、どこかで見たことがあるぬいぐるみ─たしか<ポケファン>のモンスターだ─があるところはやはり女性の部屋だろう。それにプログラミングの本が数冊並んでいて、アンバランスで面白かった。

「昨日までずっと寝込んでいたんだ。

汗がたくさん出るし、クーラーも入れてられないからきつかったわ」

 クーラーを入れるとすぐに熱が上がっていたそうだ。今日の朝になって、やっと下がってきたという。

 その様子に安心してきた。明日には部活に出てこられるだろう。

「ふたりも元気そうで安心したよ」

 ことり先輩が僕たちに話しかけてくれた。それなりに開発が進んでいる、そういう風に彼女が感じていることだろう。

「......それで、しい君が見てどんな感じかな」

 急に呼ばれた僕はいきなり現実に取り戻された。

 緊張した思いのまま、そのまま口だけが滑り出してしまった。

「順調に進んでいますよ。

そうですね......考えていたステージはすべてできていて。

もう......、あとはゲームのバランスを、考えるだけです」

 少しずつ説明していった。

 ......でも、ステージを巻き戻すところは口から言えなかった。

 彼女に説明していたら追及されるだろう。それだけは逃れたいけれど、もう開発できる日数がない時期なのも確かだ。安心する材料があった方が嬉しいだろうから。

 そんな気持ちがしていたから、これ以上の説明はしなかった。静かな嘘をついていたのだ。

「それを聞いて安心したよ。

教えてくれてありがとう」

 ......彼女が気づいていたかどうかはわからなかった。

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