23
ねえ、ことりちゃん! と私は休み時間に声を掛けられた。
「なあに?」
「<ポケファン>買ったでしょー? <赤>と<緑>、どっちの色なの?」
「<赤>だよ、だって私の好きな色だもん」
ちょうど良かった、とクラスメイトの彼女はほほ笑んだ。
小学校の教室は<ポケファン>の話題で持ちきりになっている。さすがに携帯ゲーム機を学校に持ってこれないため、もっぱら情報交換をメインに会話をしている。ボスの倒し方、モンスターの進化のさせ方など、こんな具合に。
そして私はモンスター図鑑のために交換の提案をされたところだった。
「じゃあ、リーチュほしいなー。何かと交換しない?」
え? 何それ。知らないモンスターだから私はついこう答えてしまった。
「え? リーチュは<赤>にしか出てこないんだよ。私、図鑑埋めたいから欲しいのに」
そう言われても困る。だって、私は......。
そこにクラスメイトの男子が会話に割り込んできた。
「あ、有坂に話しかけてもだめだよ。だって、こいつ進むの遅いんだもの」
「そうなの? いまどの辺まで進んだの」
私はそう問われても、答えるのに困ってしまった。自分でもわかるくらいに申し訳なく答える。
「......カスミシティ」
「私はアザレアまで進んだんだよ。てっきりみんなそうだと思ってたのに」
私はごめんと謝った。彼女は気にしないよと答えてくれたけど、彼はどちらかというと笑っている印象だった。
<ポケファン>の画面の中ではデフォルメされた主人公が歩いている。草原のフィールドで、辺りは山と森林が描かれている。
ここは現実だったらどんなところだろうか、こうやって想像しながら歩くのが好きなんだ。だから、私は圧倒的に進むのが遅い。別にマイペースで良いじゃない。
そして、もう一つある。育成するのが楽しいからだ。最初の頃は捕まえるという行為が面白くて遊びだしたけど、いつの日かふと同じモンスターでも育て直してみようと思ったのがきっかけだ。
初期に手に入るポッシュをもう一匹捕まえて、また育ててみる。レベルが上がるにつれて覚えていく技は一緒だけど、ステータスに大きな違いがあったんだ。
私はここに興味を持った。さながらペットブリーダーだ。
なんだか、後から育てたポッシュの方が強い気がしている。何があったんだっけ......と今まで遊んだことを思い返してみた。
そういえば、育成する場所が違った気がする。明らかに"弱いモンスターが出てくる"フィールドで育てていた。もしかしてと考えた私は親のパソコンをちょっと借りてちょっと調べものをしてみる。
そこに書かれていたことは......。
ある日の休み時間、誰かがこんな質問をしていた。
「<タイファン>のモンスターって、ステータスがどうやったら伸びるの?」
分からないよね、ランダムなのかな。こんな会話が広がっている。そこに私は意気揚々と意見を述べることにしたのだ。
「たくさん数を倒すんだよ。弱いのをたくさん倒して、じっくり育てていくんだ」
「なにそれ?」
......時間かかってしょうがないじゃん。そう言われても、これは私が得た情報なのだから、嘘ではないのだけど。
そこに、彼が横から槍を投げたのだ。
「またそんなこと言ってー。自分が注目されないからって嘘を言ったんじゃないのかなぁ。
自己満足で何か言って、興味をもって欲しいんでしょ」
「そんなことないよ!」
私は涙をこらえるのが精一杯だった。
・・・
「私もあのゲームだけはやってたよ。
どのモンスターも可愛いしカッコイイしさ、誕生日にはもちろんソフトをねだったんだ」
ことり先輩が遊んでいるゲームがあるとは、実のところ意外だった。
そして、まるで雨音のように昔の出来事をポツリと話してくれた。
僕も知らない情報を教えてくれたのだ。
つまり、戦闘した回数によってモンスターが強く育つのだという。
強いモンスターを倒すことで多くの経験値をもらい早くレベルアップしていくが、実は対戦には不向きだ。
実のところは、もっと奥の深い育て方が決められているのだ。
攻撃力や防御力というステータスを上げていくには一定の法則があり、倒したモンスターの種類とその数によって決められるという。攻撃力を上げるならこのモンスターを、というのが実のところは定められていた。
だから、このゲームで密かに語られていたのが、"弱い相手を倒し続けて、時間をかけて育成すること"なのだ。ことり先輩は攻略本にも書かれていない情報を得たのだという。
「私、ネットの情報で知ったんだよ。だからクラスの子に教えてあげたんだ。
でも、そんなの信憑性が低くてさあ」
......ケンカになっちゃった。そう言って彼女は切なくはにかんだ。
正直者が馬鹿を見る、ということなのだろうか。あの爆発的なブームの中だ。教室の話題がひとつの色で染まっている時代に、一転して居場所を失ってしまう。
年端もいかない子どもには、ひどく痛い心の傷になるだろう。
「嘘つきとか言われるようになってさ。
......気づいたら、"私ゲームを作ってみせる!"なんて宣言してたんだ。
小学生の言い争いなんてすぐに話が転ぶから。
ホント、可笑しいよねえ」
そうか、彼女の決意はここから生まれたんだ。僕たちの今の活動に結びついている。
「でも、私ってホントに駄目でさ、ずっとあのゲームしか遊んでこなかった。
対戦してくれる子なんていないのにさぁ、何回も何回も育てて強くなろうとしてた。
......いつかあの世界みたいに、10歳になったら旅に出なかったな」
それはテレビアニメの設定だ。その年齢になると世界中を巡るタイファンの旅に出ることができる。
彼女はいつしか信じ切っていたのだろう、あの世界に飛び立ってみたいって。
「今、こうしてゲームを作っているけどさ。
みんなの様子を見てたら、自分はまったくゲームで遊んだことがないのに気づいたんだ」
......私の自己満足なんだなって。そうことり先輩はつぶやいた。
「たぶん、心のどこかでそう思ってたのかもしれない。
今になって気付いたんだよね。
自分のワガママを背負わせているみたいに感じてきちゃった。
こんな私で......」
こんな私でごめんなさい。彼女はそう言い切れることなく、瞳から涙を流した。
それは、はじめて見せた弱気な一面だった。
・・・
沈黙がふたりを、教室中を包み込む。吹き荒れる台風が窓ガラスを揺らしている音しか響かなかった。
僕はやっと、ことり先輩にかける言葉を見つけていた。
「そんなの、なにを気にしているんですか。
だって、この世界に引き込んだのは先輩かもしれないけど。
こんな経験ってなかなかできません」
「だからさあ、私が無理やり参加させたみたいじゃん」
彼女が声を張り上げたのははじめてだった。
......もう私だけで作るから。僕は彼女の台詞に言葉を重ねて告げる。
「ちがう、違いますよ......」
彼女の涙はすでに止まっていて。こちらをじっと見つめていた。
「あのふたりの顔見ましたよね。
ここの部屋にいるときは、とても楽しそうにしているんですよ」
和也と絵里のことだ。真面目に授業を受けているけれど、どうしてもつまらないという表情をたまに見ることがある。
それが、この部室にいるときはどうだろうか。ずいぶんと活発な姿になっていた。
瑠璃さんだって、献身的に支えてくれている。
「......全部、先輩が夢を見せてくれた結果なんです」
私が、夢を......。ことり先輩は小さくつぶやいた。
「前に言ってくれたじゃないですか。
"プログラミングは限られた人じゃないとできない"って。
みんな、もうその資格があるんだから」
それに、この言葉をそのまま返すことになるとは思わなかった。"しい君は私が育てたんだから、自信を持って"。
「先輩が僕を育ててくれたんですよ。
だから、自信持って作ります!」
そういって、僕は手のひらを彼女の方に差し出した。まるでことり先輩の動作をまねするように。
その姿を見た彼女は一瞬あっけにとられて。そして、吹き出すように笑い出した。
笑顔のままきれいな涙を流していた。
<タイファン>のストーリーは、絆がテーマなんだ。
だから、大丈夫。
歩みを止めないで、一緒に歩いて行こう。
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