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 順調にゲーム開発が進んでいった。

 最初のステージは大陸の背景で。次に森林のステージになり、水上、砂漠へと進んでいく。そして宇宙へと飛翔するように。

 ひとつのステージを一人が作れるようになって、開発のペースは加速していた。

「ううーん」

 僕は声の主へと視線を向ける。

 ことり先輩だった。彼女は必死に腕を上げて背筋を反らすように伸ばしている。

 よほど肩が凝ったのだろう。それはわかるから良いとしても、身体のラインが制服の上からもはっきりと見えていた。

 他人─特に同年代の異性から─の視線を気づけるようになった方が良いと思う。

 もうため息しか出なかった。

 部屋の隅の方を向いた僕は、何気なくカレンダーを見ていた。そこに書かれている日付を見て、小さい声を漏らした。

「来週ってお盆なんですね。

この部屋って開けてくれるんでしたっけ」

「いいえ、来週は開けてくれないです。

文芸部もそうだし、全員の登校ができませんよ」

 羽根を休める時期ですね、皆で伸ばしておきましょう。そう瑠璃さんは説明してくれた。

 特にそこのリーダーこそ必要だろう、僕はこっそり思った。

「私、沖縄へ旅行するんです!

親戚の家があって、お邪魔しに行ってきます」

 話を広げてくれたのは絵里だった。

 去年産まれた赤ちゃんとはじめて会うんですよと、楽しそうに話していた。家族ならぬ、親戚水入らずで過ごしてほしいなと思う。

「じゃあ、お土産がほしいな」

 和也がさっそく茶化している。

 しかし、この旅行が僕たちの予定に水を差すとは誰も思わなかった。


 ・・・


【すみません~ 沖縄から帰れなくなりました涙】

 しばらく経ったある日。グループチャットに絵里からのメッセージが送信されてきた。すぐに"ごめんなさい"という意味のスタンプも送られてくる。

 なにがあったのかというと、彼女の帰宅に合わせて台風が上陸したのだ。帰りの飛行機が飛べなくなったため、その場で足止めを喰らっている。

【ホント、笑うわ~】

 和也からの茶化すメッセージが間髪入れずに送信された。

 それに続いて、先輩たちの返信が送られてくる。

【気にしなくていいですよ】

【絵里ちゃんは悪くありません。他の作業はこちらでもできます】

 僕はちょうど家で宿題をやっていた。

 なんだか気になって、天気予報にチャンネルを合わせてみた。その台風は日本列島をなぞるように北上する進路になっている。

 まるで気分を逆撫でするように、暗い影を落としつつあった。

 

 数日後、台風は予想通りにこちらに向かってきた。

 今日の部活は行けるのだろうか。不安になりながらニュースを見ていると、チャットにメッセージが送られてきた。

【台風が近づいています。

電車は動いているようだけど来ないでください。

みんなは、一回休みだよ^^】

 ことり先輩からの発言だった。

 みんなの身を案じているのだろう、今日の活動は無しにしよう。そういう連絡だった。すごろくに例えたのが、このチームらしくて面白かった。

 ......でも。杞憂だったら良かったんだ。

 彼女の"みんなは"という言い方が気になって。もしかしたら、一回休みになるのは自分以外のみんなだけだとしたら......。

 僕は家族の制止も振り切って、急いで学校に行ってみる。そこには、ことり先輩がいた。

 今日の活動は、みんなのチャットに書けない話になった。


 ・・・


 ことり先輩は驚いた様子でこちらを見る。

 その表情は本物のもので、どうして来たのか問いただしているような気がした。

「しい君、どうしたの」

......来ないでって言ったでしょ、その言葉に僕は被せて答えた。

「なんだか嫌な予感がして。

っていうか、先輩こそどうしたんですか」

 彼女は肩をすくめながら答えてくれた。

「メモリをここに忘れてきちゃって。

それに、ちょっとだけやっていこうかなって」

 ......大丈夫だよ、すぐ終わるから。そう言ってパソコンの方を向きながら答えた。

 この人の"すぐ"がすぐに終わったことはなかった気がする。前にニュースで見たことがあった。たぶん、こういう人をワーカーホリックというのだろうな。

 このまま帰ってしまうのは変な感じがしたので、僕はことり先輩の隣の席に座った。

 無言のままパソコンをタイピングする音だけが響く。

 前にも、彼女と出会ったときにもこの部屋に流れていた。それはまるで優しいリズムのような。

 ふと、その音が途切れる。そしてまた始まった。

 しばらく続いていたと思ったら、また止まってしまった。

 ふと彼女の方を見ると、その表情は少し硬かった。ふーっと息を吐きだしている。

 今日のタイピングはとても乱れていた。


 ねえ、と僕を呼ぶ声がする。ことり先輩が手を止めて話しかけてきたのだ。

「<ポケファン>のゲームってやったことあるでしょ」

 <ポケット・ファンタジア>というゲームの略称だ。僕が小学生の頃にスタートした、息の長いシリーズだ。

 RPGゲームのひとつで、フィールドに居るモンスターを捕まえて育成しながらストーリーを進めるほか、他のユーザーと対戦することができる。パーティーや技の自由度は幾通りにも存在するのがゲームをプレイする楽しさとされている。

 ただ、このゲームを特徴づける点がソフトのパッケージだ。微妙に登場するモンスターが異なる2種類のカセットが発売されたため、図鑑のコンプリートやお気に入りのモンスターを使いたい人には他のユーザーとモンスターを"交換"しないといけないのが斬新だった。

 社会現象になるほどのヒット作で、当時は教室中の話題をさらっていった。

 ゲームのストーリーを題材としたテレビアニメが放映されたほか、視聴者がスタジオに出演してゲームのバトルをする番組があったのを覚えている。

 いかに強く育てるか、もっとも素早いステータスを持つモンスターはこれだ、などの情報が飛び交っていたのはなつかしい。

 当然僕もそのうちの一人だった。

 ことり先輩の顔を見ると、いつもの表情からは考えられない真剣なものだった。

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