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かんぱーい!
ファミレスのテーブル席でグラスをぶつけ合うみんな。夏休みの初日、僕たちの初陣を飾る打ち上げでご飯を食べることになったのだ。
チーム<
和也の提案で決まったこの名前は、すぐに受け入れられた。
飛翔をイメージした飛行機のことだ。皆で操縦桿を握って、ともに頑張ろうという意味が込められている。
「みんな、参加してくれてありがとう」
ことり先輩が頭を下げた。絵里が手を振って答える。
「どうせ夏休みなんて暇ですから。
それに、こうやってやったことない企画に挑戦するのは楽しみです」
「自分たちでゲームできるなんて楽しそうだもん」
和也も話の歩調を合わせた。そして、僕の方を向いてトークを広げてくれた。
「それにしても、シューティングゲームを作りたいっていう提案。
俺は気に入ったよ」
そうなのだ。
実のところ、先輩たちはもちろんスマートフォンを持っているが、あまりアプリゲームで遊んだことがないと言っていた。だから、グループで作ったチャットのまず初めのトークが"何を作りたいか"になったのだ。
僕だってそうだ。
実際に作ることになってはじめて、ゲームがどんなものかを考えるきっかけになった。
小さい頃から友だちの家に行けば遊ぶ。それくらいの認識でしかなかった。
昔はドット絵で描かれているキャラクターが。
色がついて、走るようなアニメーションがついて。
今やきれいな3DCGで再現されている。
時代を追うごとに感動してきたが、ゲーム会社でもないし開発予算があるわけでもない僕たちにはあそこまでできるわけがない。
それでも、小さい頃の味わいをもう一度手にしたい。シューティングゲームは題材にうってつけだと思ったのだ。
料理が次々と運ばれてきた。
ここは和風のファミリーレストランとはいえ、色んな種類のメニューが揃っていて不思議な感じがした。
ちなみに、僕は定番のから揚げ定食だけど、和也はステーキだ。ペペロンチーノを頼んだことり先輩はまだメニューを開いていた。
そこに、瑠璃先輩の制止が入っている。
「ちょっと、ことりちゃん。
パスタ届いたわ、何をまだ見ているの?」
「......パフェ美味しそう」
ことり先輩の甘いもの好きはこんなところでも発揮されている。
彼女が見ているのはたぶんこれだろう。"レディストロベリーパフェ"という、苺とアイスが贅沢に乗った、デザートの中で一番高い一品だ。
彼女の隣に座っている瑠璃先輩は小さな声で、「お小遣いなくなっちゃうでしょう......」と心配しながらつぶやいている。
所持金のことを考えて断念したのかはわからないが、ことり先輩はメニューをパタンと置いた。そして、瑠璃先輩にそっと耳打ちするように告げる。
でも、あまり小さな声にならなかったようで、こちらにほとんど内容が聞こえてしまっていた。
「......本当にドリンクバーは飲み放題なのかしら」
それをテーブルにいる全員が聞いてしまった。そして、みんな笑い出してしまう。
ほんと色々知らないのねぇ、とため息まじりに瑠璃先輩の言葉が響く。
ことり先輩は顔を真っ赤にして伏せてしまった。消え入りそうな声で呟いていた。
「......いつもママと家で食べるから」
これが浮世離れというやつか。
少し分かったことがあった。このふたりが親友というのは間違いなさそうだ。でも、瑠璃先輩はなんだかことりちゃんを見つめる母親にも見えてきた。なんだか、この方は"先輩"と呼ぶよりも"さん"付けで呼ぶ方が似合っている気がした。
ここで話を変えるタイミングだと思ったのか、和也がトークテーマを変えてきた。
「先輩たちに聞きたいんですけど、学校でこういう授業をやっているわけじゃないですよね」
「まあ、そうですね。
3年生に上がると情報の授業がありますが、プログラムではなさそうです」
瑠璃さんが答えてくれた。ちなみに、ことり先輩は首を左右に振ってドリンクバーの飲み物で迷っている様子だ。
「今回の件では、ことりちゃんはひとりで先生を説得して。
学業には関係のない、趣味の世界なのに。
ここだけの話、あの子の行動力というのは見習いたいわ」
少し遠い目をしながら答えてくれた。たぶん憧れているのだろう、そんな表情を感じ取った。
学業とは関係のないもの、というのはたまに生徒を苦しめてしまう。
僕も下校している時間帯などで見たことがあるのだが、ダンスに熱中している女子生徒がいる。スマートフォンから音楽を流して踊っているのだ。
小学生ならまだしもこの高校では体育の授業にダンスは取り入れられていない。踊りたいと学校に提案したが暖簾に腕押しだったようで、しぶしぶ学校の敷地の片隅で踊るしかなくなってしまった。
遠い噂の話なのだけど、好きなものなのに提案することも満足にできずにいることはなんだか悲しいことだろう。
ことり先輩は彼女らも、自分が好きな物事を信じる強さは素晴らしいと思う。
ゲームを開発するにあたり学校は特別に許可を出してくれた。
例年だったら開けてくれないため、ことり先輩がアピールした結果だと言えるだろう。
ただ、教師側も両手を振って賛成してくれたわけではないらしく、1時間近く双方で話し合った結果次のような条件のもと作業できることになった。
* 日々18時には撤収する
* 作業ができるのは、決められた5台だけ
* 開発が完了したらファイルを削除する
開発ができるパソコンには、ことり先輩と瑠璃さんが開発ツールの<
・・・
チーム<Plane>の役割はこうなっている。
・ ことり先輩
全体のディレクション
アプリ周りやゲームの枠組みの開発
・ 瑠璃先輩
チーム全体のサポート
ことり先輩の補助
・ 和也、絵里
ゲーム自体の開発
和也は主に企画を、絵里は絵やデザインを担当する
自分はふたりの教育係みたいなものだ。ゲームを作りながら補助する。
ファミレスに出かける前のパソコン室の中で、ことり先輩は役割分担について説明した。
「この本を教科書として使っていきます」
そして、一冊の本を僕たちの方に見せてきた。
図書館で借りてきた本とのことで、<プログラミングで作る、パソコンゲーム>というタイトルだ。白と水色の表紙に、アニメ調に描かれた少女のイラストが載っている。
「パソコンでさまざまなゲームを作る本なんだけど、中にシューティングゲームの章があって。
スマートフォンにも仕組みを応用することができると思うの。
そこは私が作るわ」
彼女はホワイトボードにペンで"仕組み"と書いた。和也と絵里は椅子に座りながら頷いている。
「みんなには、仕組みを使っていくことでゲームとして仕上げてほしいの。
これは私の方でまとまったら、改めて説明します。
それまではみんなでどんなものにするかを決めてほしい」
仕組みを丸で囲むと、その隣に"ゲーム"と書き線で結んだ。
なるほど。
いちから作ることはできなくても、あらかじめ用意された"骨組み"を利用することはできる。
まるで、ブロックを買ってあげる母親と子どもだ。
子どもはお城も街並みも自由に作れる、そうやって作り上げる経験を積んでいくんだ。
・・・
僕たちはファミレスを出て、駅に向かって歩いていた。
暗い夜空でも街角の明かりが皆を照らしている。
僕は改めてこの話を思い出していた。そして、自然と隣を歩いていたことり先輩に話を振ってみる。
「みんなには私みたいな開発者になれ、とは絶対に言わないよ」
彼女は前を向きながら答えてくれた。
「君には話したと思うけど。
コードが書ける人は皆、アプリを作れるかといえばそうじゃない。
アプリが得意っていう人も、家電に入っているような機械制御の専門の人もいる。
それに、瑠璃は執筆のための手作業を自動でやっただけなんだ」
視線の先には少し前を並んで歩く、瑠璃と絵里の姿があった。
「それに、絵里ちゃんのCGのイラスト見たことあるでしょ。
あの子に本格的なコードを書かせるわけにはいかないよ。
絵が描けなくなるから」
......それは悲しいことなんだ。彼女のスマートフォンの壁紙は、そういえば自作のイラストだった。
まるで、適材適所を役割に当てはめたようなチームだ。
皆の得意な部分が集めることで完成する作品は、輝いている。そんな気がしていた。
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