17
学校に私服で来ることができるのは新鮮なことかもしれない。
不思議な気持ちで部室に入ると、まだ誰も居なかった。9時を過ぎているのだから誰かしら居ると思ったのだけど。
それにしても、人気のない部屋ではより一層寒いような気がした。
「あら、おはようございます」
僕はその声に振り返った。
瑠璃さんだった。彼女はパーカーのファスナーを半分くらい開けて、肩にトートバッグを抱えている。
おはようございます、と挨拶を返す。
でも、彼女はこちらを見て不思議そうな表情をしていた。
「......その恰好、寒くないですか。
是非羽織るものを用意してください」
しばらくしたら和也と絵里が一緒にやってきた。ふたりもやはり寒いのか、半袖の腕をさすっている。
残るはあと一人なのだが、ことり先輩はなかなかやってこなかった。
彼女の服装を想像しようとしてみた。でも、いつも制服姿の彼女としか会ったことはないから難しかった。
11時になろうとしたところで、やっとことり先輩がやってきた。
急いで来たようで、軽く肩で息を切っていた。それに合わせてハーフアップの髪が揺れている。
彼女が開口一番に発したことは、僕たちの姿を見ての一言だった。
「え。なんでみんな私服なの」
......学校来るなら制服でしょう。そう言うことり先輩はさすがにリボンは付けていなかったが、彼女の真面目な一面を見ることができた。
そして、リュックサックをおざなりに置くと、エアコンの吹き出し口の前に立った。
こちらの視線も気にしないまま、ブラウスを仰いでいる。
今まで荷物を背負っていたせいだろう、軽く透けてしまっている背中が皆の視線を集めてしまっていた。
・・・
いきなりゲームを作りだせるわけにはいかない。まずは企画を考えなければいけないのだ。
「私はゲームであまり遊ぶわけではないので。
これが人気だよ、と言われても正直分かりません。
でも、ゲームの考え方を一通り伝授することはできます。
その方法を教えますので、どうぞ若い人たちのアイディアを期待します」
ホワイトボードの前に皆が立っている。その中で瑠璃さんは軽く頭を下げた。その口調や物腰の柔らかさから、ことり先輩とはまるで違うタイプの教師を思わせた。
そして、使ってくださいとルーズリーフとファイルを一式差し出してくれた。
「まずは、"シューティングゲームとは何か"を考えてほしいです。
青春小説が何かを考えていくように。
主人公はどんな人物なのか、他のいわゆる敵キャラというやつでしょうか。
彼らは何をするのか。
つまり、どんな行動をするのか。
また、ステージというやつはどうするのか」
なるほど。
概要から考えていき外堀を埋めようというわけだ。だから、僕は一番シンプルなことを口にした。
「主人公と敵がいる」
「ええ、それがないと成り立たないくらいは私でも分かります。
お互いに弾を撃って、当たれば爆発する。
じゃあ、敵ってどんなものか......」
ここで、ことり先輩が口を挟んだ。
「しい君の言っていることは合っているよ。
瑠璃の言うこともね。
いわゆるプロットから埋めていきたいんだよね、そうでしょ」
ことり先輩は彼女の方を見た。瑠璃さんは軽く頷いている。
「すみません、私の説明が足りなかったです。
プロットというのは、書き出す前のメモみたいなものですね。
舞台設定・ストーリーの解説や、どの章で主人公は何をして何を感じたか。
などです」
その説明を聞いたことり先輩が話を繋げてくれた。
「この子は、しっかりしたプロットを決めてから書くからすごいんだ。
対して私は先に手を動かしちゃうから、調べながらじゃないと書けないんだ」
ここで、和也が口を挟んできた。
「いきなりで悪いんだけど、スマホって縦に持つの。それとも横なの。
あと、ゲームのアイディアっていうのは。
色んな作品を参考にしなきゃなんだけど......」
こう言って、彼はこちらを見た。というか、ここにいる全員が僕のことを見ている。どういうことだろうか。
・・・
僕はまず、自分の考えていることを口にした。発案者としての意見を求められたからだ。
「普通な縦スクロールの作品をイメージしたよ。
複数のステージがあって、それぞれにボスがいる。
敵は1種類じゃつまらないから、複数いた方がいいと思うな......」
この作品のこれみたいな感じ、という説明は難しかったから。なんとか言葉を区切るように説明していった。僕はここで説明が詰まった。
「十分伝わったわよ、ありがとう」
ことり先輩に言われて、そっと胸をなでおろす。さて、これで少し決まったことがあった。
* スマホを縦に持つ、スクロールゲーム
* 敵キャラはシンプルで、ステージにいるボスに比重を置く
さあ、ここからですね。瑠璃さんがルーズリーフに記帳していると、今度は絵里が手を挙げた。
「はい! 質問です。
シューティングって何だっけ」
なんだっけ。そう言われても、彼女の問いがいまいち分からなかった。
「RPGなら冒険するわくわくみたいなもの、だよ。
何かないの」
「敵に襲われているスリルを上手く躱す、その爽快さを味わうもの」
なるほど。
和也が説明してくれた。
「昔は太い巨大なレーザーが流行ったね。
今は、画面を埋め尽くすような弾幕が迫ってくるのが一般的かな」
「それじゃ当たって負けるじゃん」
絵里が驚きの声を上げている。
「居ても大丈夫な場所を見つけながら、紙一重で躱しながら進むの」
最近のシューティングゲームは、弾幕ゲームとも呼ばれている。敵の位置や撃ってくる弾をプレイヤーが読み取り、即座に反応することが求められている。
一瞬の反応差がプレイに影響するのだ。
あくまでステージを最後まで生き残れるかが最優先になっていて、敵を倒したり、スコアを稼いだりするのは上級者の成せる技だ。
僕はここで自分の考えを口にすることができた。
「そこまで厳しくなくていいかな。
初心者でも敵を倒しながら進めていけて、でもやっぱりボスで大変みたいな」
「なんかレトロでいいね、私もそういうのなら遊んでみたいな」
絵里はこう言いながら、ルーズリーフにレトロという文字を書きこんだ。
「話変わるけど、ストーリーってないのかな」
思わぬ一言を発したのは和也だ。
誰もが手を止めて、ポツンとしている。もしかして......というか当たり前だけど、意識していなかったのだ。
「最初にストーリーが重視されたって、シューティングなんだよ」
そうなんだ。
彼は昭和時代に生まれたゲームの名前を挙げてくれた。
ナスカの地上絵が描かれている背景、超知性体を母体とした軍に制圧される地球......。意味深なストーリー性や特殊な言語など、リアリティを持たせた独特の創作が存在する。
また、そのゲームの中には倒せない敵キャラが登場する。向こうも攻撃をしないのだが、そのアイディアには多くのゲーマーが驚きを隠せなかったという。
歴代シューティングゲームの中でも多くのファンを魅了した一作として捉えられているだろう。
「じゃあ、月からの敵が急に襲ってきて......。とかどうかな。
生き残った人類が地下から飛び立つみたいな」
それくらいがベストだろう。このコンテストにしっかりしたストーリーを乗せても意味がない気がする。
「じゃあ、最後のステージは月面で......」
どんどん話が進んでいった。
・・・
気づいたら、ことり先輩は席を離れてノートパソコンに向かっていた。
瑠璃さんは部屋の中にはいない。文芸部の方に顔を出しているのだろうか。
いつの間にか、話し合いは先輩たちを置き去りにして進んでいた。それが彼女たちの望んでいる光景だったのだ。
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