第4章 青春のキラキラ
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僕たち3人組は揃ってパソコン室に居る。
すでにセミが鳴いている季節で、外に居ると毎日汗ばんでくる。教室とは違ってエアコンが完備されている部屋の中に居ると少し気が紛れるんだ。
夏休みを間近に控えたある日、当然のことながら僕たち以外には誰も居なかった。
部屋に入ってからすでに30分以上経っている。特にすることもなくボーっとする時間が続いていた。
「ああ、早く来ないかな。あの、美人の先輩」
椅子の背に顎を乗せながら和也が声をあげてドアの方を見ている。ちなみに、ことり先輩が美人というかは僕にはよくわからないけれど。
そうなのだ。今日は彼女に呼び出された。
昨日、僕とことり先輩が喫茶店を出たところにちょうど和也と絵里に出くわした。
僕はまずいところを見られたと思ってしまう。つい身構えてしまった。
だけども、ことり先輩は特段気に留める様子もなく、ふたりに挨拶をしていた。
「絵里ちゃんじゃないか」
「あ。こんにちはー」
そこに居る全員が絵里の方を見た。ことり先輩とは顔なじみ、ということだろうか。
「知っているの?」
「そうだよ、放送部で一緒だもん。
先輩、部活に顔を出さないでこの子とデートですか」
最初の返答は僕に、次のはことり先輩に対するものだ。
絵里は指先をことり先輩に向けている、僕なら到底できない。とてもフランクな関係のようだった。
「うーん。
秘密の授業ってとこだよ」
彼女は口元に手をあてて、さも面白く答えた。眼鏡の奥にある瞳すら楽しそうだ。
「あぁー、ばれたか。
それじゃあさ......」
彼女はやはり悪いと思っていないようだ。みんながことり先輩の方を向いて、次の言葉を待った。それじゃあ......。
「......みんなにも手伝ってもらおうかな」
ことり先輩は意味深なことを宣言した。
彼女の方をちらりと見ると、瞳の奥にはいつものわくわくがきらめいていた。
・・・
パソコン室にはことり先輩ともう一人の女子生徒が入ってきた。彼女もことり先輩と同じ色の赤いリボンを付けている。
僕たちから見たら、同様に先輩ということになるだろう。
「やあ、待たせたね」
ことり先輩は手を振って挨拶すると、パソコン室の一番奥の席に座った。こっちだよ、と手招きする。
僕たちは頭にはてなマークを作り、そちらに移動した。別にここでもいいじゃないかと思ったけれど、誰も何も言わなかった。
みんな揃ったところで、ことり先輩が口を開いた。
「今日は来てくれてありがとう。
そして、よろしくね」
どういうことだろうか。
よろしくという単語は、主にこれからはじまる物事について使われると思う。何が起きるのだろうか。
ことり先輩の無茶な話の方向転換ぶりはもう慣れているけれど。今日はさすがに分からなかった。
彼女の隣に立っている、もうひとりの女子生徒が軽くため息をついた。
「ことりちゃんさあ、いつも言ってるでしょ。
話の展開がさあ......」
「ごめん、ごめん......」
ことりちゃんと呼んでいることから、だいぶ近い関係なんだろうと想像してみた。
ここで、ことり先輩はリュックサックからクリアファイルを出してきた。そこに挟まっているパンフレットに、僕たちの視線が釘付けになった。
<ゲームクリエイターズ
アマチュアのゲームクリエイターが集う祭典とのことだ。
タイトルの脇には"若い広場へ集まれ! あなたのきらめく才能を待っています"というキャッチコピーが書かれていた。
さまざまなアプリゲーム会社が共同で立ち上げた実行委員会によって開催されるイベントで、応募作となるゲームアプリを8月最後の土曜日に都心のイベントスペースにて公開することになっている。
その中で注目を集めた作品がひとつ、ゲーム会社とのタッグにてアプリ公開が検討されるとのことだ。
「私、絶対に優勝してみせるんだ」
ありったけの笑顔でことり先輩はこう言い切った。その自信の表れが、つい彼女らしくて応援したくなった
和也と絵里は、すごいと感嘆の言葉を漏らしていた。
「先輩、頑張ってください......。
応援してしますよ」
「え。違うよ」
絵里の応援は掠めることもなく、ブーメランの様に戻ってくる。
「君たちもやるのよ」
......え? 君たちも、と確かにことり先輩はこう言った。
僕たち3人は目をぱちくりさせてしまう。
ことり先輩の隣に立っていた女子生徒がこれまでの顛末を説明してくれる。
「改めてはじめまして。
彼女はとてもシンプルなショートヘアーの女性で、左側の耳の前あたりだけに三つ編みが見える。
ことり先輩と比べても大人しいという印象だった。模範的な優等生タイプに思えた。
「瑠璃は<ぜりぃぜりぃ>が強いんだよ」
ことり先輩が挙げてくれたのは有名な落ちものパズルゲームだ。
ゼリーみたいに透明感のある赤・青・黄・緑の球体を積み上げていく。縦もしくは横に4つ同じ色を並べると消えていき、上に積まれている球体が落ちてくる。改めて4つ並べることができると消すことができ、その連鎖によってポイントを稼ぐゲームだ。
プレイヤー同士で対戦することを目的として作られていて、自分が消した球体は相手の上に積み重ねることができる。一番上まで積んでしまうと負けになるため、上級者になると積み方を一瞬のうちに判断し即座に自分の球体を消さないといけない。プロ同士の試合となると、一進一退のせめぎ合いとなりなかなか勝負がつかない。
ポップな見た目なのに、激しいことが行われている。
「私、対戦してみたいです!」
絵里が発言した。瑠璃という生徒は少しだけきょとんとして、挑戦を受け取った。
「いいですよ、私でよければ」
穏やかな表情なのに、少しだけ空気がざわついた気がした。この人は本当に強いのかもしれない。
コホンと咳晴らしをして彼女は話を続けた。
「......話が脱線しましたね。
このイベントが発表されたのって、たしか4月の終わりでゴールデンウイークがはじまる辺りだったかしら。
ことりちゃんは家でも放課後でもプログラミングするようになったの」
......ああ、ことり先輩とこの部屋ではじめて出会った日、連休が終わってしまってどうのこうのという話をしていた。
その頃からひとりで準備を始めだした、ということか。
「最初は私が誘われたんです。
ことりちゃん、あまり人と話さないでいつも私と一緒だから」
ちょっと何言っているの、とことり先輩は顔を赤く染めて驚いている。こんな彼女の姿を見るのははじめてだった。
「そりゃ、タブレットじゃなくてノートパソコンを持ってくるのは君だけだからね」
......みんなに驚きの目で見られているんだよ、気づいていないの。
こそっと釘を刺す一言を放った。釘を刺された人は、なんだか恥ずかしさで萎縮している。
「それはさておき。
私は文芸部で、校正するプログラムを自作したこともあるし手伝えるかなって。
でも、夏休みになると文化祭の準備や公募で忙しくて......」
どうやら大体の事情が分かってきた。
ことり先輩はアマチュアゲームの祭典に向けてゲームを開発したいのだが、どうも人手が足りない。そこに僕が、みんなが現れた。
彼女にとっては渡りの船の状況だろう。ここぞとばかりにスカウトをした、という訳だ。
すかさず、絵里が手をあげた。
「わ、私やりたいですっ!
でも、ゲームで遊ぶなんてたまにだし、プログラムなんて分からないわ」
「なんか楽しそうだなあ。俺が参加しても大丈夫なのかい」
ふたりはすでにスイッチが入っているようで、乗り気だった。
「大丈夫だよ、教えるのはこの子だから」
ことり先輩はすでにいつもの調子を取り戻していた。そう言って、指を揃えた手のひらを僕の方に向けた。
え、自分ですか?
「嘘っしょ!」
僕にもことり先輩の謎の言い回しが移ったようだ。
彼女はこちらを見ながら、いつもの教師的な雰囲気で告げた。
「半分冗談で、半分本当なの」
喫茶店での授業中に、一番大事なことを教えるときの口調。その雰囲気になると、僕は背筋を伸ばしてしまう。反射神経というやつだろう。
「まだみんなの事は知らないけれど、3人の中でしい君は多少なりとも知識があるんだ。
だから、ふたりに教えながら進めてほしい」
だめなら私たちに聞いてくださいと、瑠璃先輩にもこう言われた。
はじめて、乗りかけた船というものを実感した。
まるで、先輩たちが上司になって、僕はふたりの後輩を抱える社員みたいな。こんなのできるのだろうか。
ことり先輩はいつものきれいな笑顔でこう締めくくった。
「しい君は私が育てたんだから、自信を持って」
僕は静かな顔で頷いた。
・・・
和也と絵里、そして僕は一足先に下校することになった。
ちなみに、先輩たちは少し作業をするため残っていくとのことだ。
彼らふたりは僕の一歩先を歩いている。
それはまるでことり先輩と出会った日にも見られた、僕の目に映るいつもの光景だ。
「お前、ゲームとかやったことあったっけ?」
「私はあまりやらないなあ。
でもお兄ちゃん居るからさ、よく横でゲームしてるの見てるよ。
あれなんて名前だっけ、女の子に武器つけて戦うヤツお気に入りって言ってた」
......でも、私思うんだよね。絵里は少し顔を上げて語ってくれた。
「一から作り上げるのって大変だけど、多くの人に見てもらうのは素敵なことだよ。
絵を描いているから私もわかるんだ」
そうだな、と和也も船に乗った気分になっているようだ。
ただ、ふたりはどれくらい作業ができるだろうか。
僕にはまだ不安でしかない。その重荷を乗せたまま舵が切れるだろうか。
「チームの名前かあ、必要なのかな」
和也の提案に絵里は首を傾げながらも、なんだか楽しそうだ。
彼らの話はいつの間にか広がっているようで、チーム名を決めようとはしゃいでいる。
活動するのに必要なのだろうかと思ったけど、みんな楽しそうだから水を差すわけにはいかない。特に何も言わないでおこう。
「そうだよ、必要さ」
......だってこれはチームなんだから。今日、この日から。
彼の言葉に僕も気づかされた。
そうだ、これはチームなんだ。良くも悪くも、前へ進んでいく仲間だ。
お互いに成長しながら、手探りでやっていこう。
その響きは、まるで部活のようでキラキラしているような気がした。
このストーリーがどこに向かうのか、僕も見てみたい。
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