14
オセロは熱戦が繰り広げられていて、再び同じくらいの個数が盤上に並んでいた。
「しい君はさ、これからどうなりたいってあるのかな?」
ことり先輩にそう言われても、答えに詰まるところがある。今は教わっている立場だけど、こういう仕事に就きたいかはまた別の話に思えた。
「私は、無理に開発者になれとは言わないよ」
だから、もしプログラミングをするということで聞いてほしい。彼女はそう言って、少し身を乗り出した。
プログラミング教育を題材としたwebサイトや学校は数多いという。
「それだけ門戸が広いってことだよね。
でも、書くことはできても、小論文で良い点が取れるかという話なんだよ」
小論文はある程度の決まった方針があったりする。
その中で、自分の考えを分かりやすく書けるかというものだ。
だから、文法を書けるかではなく、適切に書ける力があるかどうかが大切なのだという。
「実際は誰にもできる話じゃなくて、概念をイメージできることなんだ。
そして、問題を解決すること」
この力が問われるのだという。さっきのオセロを作った話のように、テーマに沿っているか・思いつたことを書けるのか。
「この間、数学のテストが返ってきたんだよ」
「それは何か関係あるんですか?」
つい聞いてしまった。
おおありだよ、彼女は僕の方に瞳を投げた。
「数学はさ、ひとつだけ正解で少しでも数字が違うと間違いじゃん。
プログラムに至っては、実際そうじゃない。
どんな書き方もまずはできちゃう。
その中で、こんなことできないかなあ・マイナスを入力したらどうなるかなあ。
とかを考えなきゃいけない」
色んな考え方があってしかるべきで。その中でわかりやすくだったり、無駄なことをしない処理を書けるかを考える。
小さな子供が伸び伸びと自由に遊んでいる姿を想像した。遊び方やルールを作るのは後で良いだろう。
「言ってしまうとさ、コードが書けるだけでアプリを作るお仕事ができるわけじゃないんだよ」
なぜかわかる? そう訊かれて僕は首を横に振った。
「じゃあスマートフォンはどうやって動くの?」
この問いで、僕は彼女が言わんとしていることが分かった気がする。開発する対象のものを知っていないといけない。
「スマホだったりウェブだったりの知識を持っていないといけないんだ。
スマートフォンで動かすアプリはどのような作り方をすればよいのか、それを知ることが大切だよ」
たしかに、スマートフォンであったりアプリというものは自分たちの生活に馴染んでいるものだ。その奥深くまで知らなければ、なにも作ることができないだろう。
彼女がもう一つ教えてくれたことはゲームを開発する上での大切なことだ。
「ゲームが正しく動作することの試しを<デバッグ>っていうんだけど。
テストだって、時には壁に100回ぶつかってすべてが同じ結果になるかどうか試すんだよ。
気が遠くなるよね」
僕は思わず頷いた。
「こういう話は、なかなか教えてもらえるものじゃないんだ」
だから、君は恵まれている。
まるで、彼女に本当に小学校の先生みたいな印象を抱いてきた。ことり先輩の授業は軽快なトークからはじまり、見事に相手の心を掴んでいる。
ただ単にキーワードや文法を教えてもらうだけじゃなく、より良いプログラムになる技を教えてくれる。
こんな先生に教えてもらえる生徒はうらやましいだろうな。
ふと、教師姿になったことり先輩の姿を想像してみた。
「......君」
彼女の呼びかけに、僕の心は現実に戻された。
「......君さ、ボーっとして大丈夫?」
彼女は僕の顔の前で手をひらひら振っている。大丈夫です、と僕は慌ててコーヒーを飲んだ。
......その生徒はまさしく自分なのだ。
その嬉しさを知ってしまったんだ。
「大丈夫だよ、ことりちゃんがついているんだから」
お決まりの、腰に手をついて軽く胸を張るポーズを見せていた。
そんな彼女に聞いてみたくなったことを質問してみる。
「ことり先輩も、将来はこういう道に進みたいみたいな感じですか。
ほら、こうやってゲームを作ったんですし」
彼女は一瞬真顔になって、少し窓の外を見ながら言った。
「うーん。わからないなあ。
でも、今ここで立ち止まるわけにはいかないんだ。
もっと大きなものを作ってみたいと思ってる」
......それは、ゆずれない願い。
その彼女の瞳は、希望への挑戦がきらめいていた。はじめて見たときと同じように。
・・・
僕はあるひとつのマスに気が付いた。ここをタップしたら、盤上が一気に自分の色になった。
これなら勝てそうだ。
「やるねえ」
ことり先輩の眼鏡の奥が楽しそうに笑っている。でも、彼女の次の返しもなかなか良かった。
これでまた一進一退が続く。
僕たちの様子は周りの人に、どんな風に見えるだろうか。
ほぼ毎日二人で来店して。スマートフォンやノートパソコンを見ながら談笑している。カップルだと思っているのかもしれない。僕も他意はないし、無邪気に笑う彼女もそう感じていないと思う。
それでも、この喫茶店での授業は僕だけのものだろう。
ふたりだけの時間が楽しかった。
でも、もうすぐ夏休みなんだ。
......しばらく会えなくなるのが、寂しかった。
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