天ヶ先ミハと佐々木マリコの場合
起
「ところでクーちゃんは、この花ヶ咲女学院に伝わる、伝統のおまじないを知ってるだろうか!」
「少なくとも、あんたの今のポーズがおまじないに向かないのは知ってる」
ど真ん中に創始者の像が立てられた花壇のふちに片足だけで立って、両手を水平に伸ばして飛行機みたいな姿勢を取ってる。
人がベンチで読書してる横で「ほっ」とか「これでもか」と言われる時が散るから、片足を掴んで今すぐにでも墜落させたくてしょうがない。放課後の校庭に差し込む夕日も今はイヤにまぶしく感じる。
「でもでも、好きな子の体が柔らかいと、なんかお得じゃないですか? 股関節とか」
好きな人に限らず、誰かに股関節の柔らかさとか求めた事ないわ。
「いたよ! 婚活サイトに!」
「とんでもない条件を出すやつがいるな、一生結婚できなそう」
てか高校生のくせになんで婚活サイト見てるんだコイツ。うちの疑問を知ってか知らずか、調子はずれな掛け声をあげながらやっと降りてきた。
それから腹が立つくらいパッチリした目を、キレそうになるくらいまばたき多めで強調しながら「ところでクーちゃんは、股関節柔らかい子はどうですか?」と聞いてきた。ゴミみたいな質問も込みでぶん殴りたい。
今日の体育の授業で、平均台に乗りながらこっちをチラチラ見てたのそういう事かよ。股関節のこと考えながら見られてたらって考えると、ぞっとするから聞きたくなかったわ。
「ほら、指のつま先が床につきますよほら! 穴をあけんとする勢いで!」
「知らない」
「見て見て! 体が下敷き並みに平らになりますよ! ほら!」
「そっか」
「さしすせそで返すのやめてー」
分かったから、うちが悪かったから近づくのやめて。本に鼻水つくから!
すがりついてくるミコを何とか引きはがして、隣に座らせる。それから「もう十分話したでしょ。また明日」といって先に席を立った。
すると即座に「ちょっと待ってー!」と言って腕を掴まれる。だから私はとっさにその手を引っ張り、それから背中にミコを乗せるように投げ飛ばした。
それでもなお立ち上がって「おまじないの話!」と、うちの足に抱き着いてくるミコにしまったと思う。ちっ、思い出したか。
「それでおまじないの内容なんだけど、月の見える夜にこの学園で一番高い場所でお互いが作ったお花の冠を、互いの女の子にかぶせて、二人でお願いごと言うの」
めんどくさ、消しゴムに書いてバレなかったら、願い事が叶うみたいなやつの方がコスパいいでしょ。
「神聖な儀式にコスパとか言わないで!
やろうよ! あたし達も! 流行ってるしー」
「絶対やだ、ていうか無理」
「それに最近、夜ずっとそこに居座って、おまじないをしまくってる二人組いたよーみたいな噂もあるの! 絶対カップルだって!」
「カップルを修行僧かなんかと勘違いしてるだろお前」
てかそんな話は絶対ウソ。もちろん根拠だってある。
この学園の一番高い場所といえば、記念碑のある高台だ。それに月が見える時間帯となると寮の門限ぎりぎりだし。だから生徒が本当に、そんなおまじないに傾倒してるだけならまだしも、それを発見できたどうかはかなり疑わしい。
それは、誰一人帰ってこなかったみたいな前置きをした怪談話が、なぜ伝わっているのかという矛盾に近い。
なによりも先立つのは「ダメに決まってるじゃん。そんな恥ずかしいこと」とウチが思ってる事なんだけど、口には出さない。なんか結婚みたいだし。女の子同士でそんなことするとか絶対ありえない!
すでに用意していた花冠をウチの頭に乗せようとするミコをかわしながら、赤レンガの道を通って寮に向かっていると、遠目にこちらに歩いてくるマリコ先生が見えて思わず身構える。
ウチはとっさにくわえていた飴を草むらに投げる。ミコはというと持っていた花冠を背中に隠している。
当然それも、スカートの丈が一ミリ短かくしてきた生徒すら、一発で見抜く事で有名な<千里眼マリコ>にはトーゼン通用せず。目ざとく「今隠したモン見せなさいウラァア」と、さっきまでコツコツいわせてたヒール靴で、地鳴りのような音を上げながらこっちに迫ってくる。こっわ。
これにはさすがのミコも半泣きで花冠を差し出して「どうか命だけは!」と命乞いをしてる。それを見たウチは、当然これでおまじないは諦めるでしょ。いい気味なんて思ってたわけなんだけど、そうはならなかった。
「……これくらいなら、別に構わないわ」
「えっ!?」
思わず口をついて疑問の叫びをあげてしまう。それを聞いてこちらをギロリと睨んできたマリコ先生から、ウチはとっさに目をそらした。するとウチ等には興味を無くしたのか、ほどなくしてヒールの音を響かせながら去っていった。
だからウチは尋ねる。投げてダメになった飴を回収しながら。尋ねる他になかった――。
「おまじないの内容、詳しく聞かせて欲しいんだけど」
◆
ちょうどまだ寮に差し掛かる分かれ道という事もあって、ウチらは件の小高い丘に向かってみる事にした。
そこは花壇に囲まれた石畳の公園のように見えた。全体が六角形のような構造をしていて、そのところどころに展望台が備え付けられているとなおさら。
振り返ればウチらが通ってきた階段が、緩やかに下に続いている。ミコはというと、手すりに掴まってぴょんぴょん飛び跳ねてる。
「そういえば知ってるクーちゃん! ここで昔死んだ女子生徒が、よなよな語り掛けてくるらしいよ、お前もこっちにこないか~って」
「少なくとも今お前がその二人目になりそうなのは分かる」
落ち着いたミコはこちらに踵を返す。それからオバケのようなポーズでにじりよってくるミコに身構える。何ならウチが送ってやるつもりで。ミコの言うあっちとやらに。
だけど、その機会は訪れなかった。ミコが言い出した「あれ……」という一言によって。
おのずとウチの視線もミコの指先の向こうに繋がる。そこには常夜灯の光を避けるように佇む一つの影が見える。いや、目を凝らすと一つじゃない。二つの白無垢姿が寄り添うように石畳の上にいる。
そして、そのうちの一つがこちらに向いたかと思うとこちらに駆け出してきた。
「くくくくクーちゃん! きてるきてる」
「とりあえず階段まで!」
半ばもつれ合うように階段を駆け下りて、振り返ると階段の出口からこちらを見ろしているのが見える。目元まで伸びた綿帽子のせいで表情はうかがえないけど、一つだけその手に見えるモノがあった。
「花冠……」
ミコはというと蕾のような口をパクパクさせながら「ほ、本当にいたんだ」とか抜かしている。やっぱりこいつはウチとおまじないしたいだけだったらしい。
とりあえず時間も時間だし、門限の一八時の寮に滑り込みで辿り着いたウチらは、管理人室のにゃーこを一通り愛でて、部屋に帰った。その道中で何度もミコが「こわいよー」と抱き着いてくるから暑苦しかった。とりあえず何度か投げておいた。
「それにしても、あれは一体誰なんだろ」
人だと考えても、あの服にわざわざ着替えるのも不自然。別におまじないをするのに、あれを使う理由なんてないんだから。もちろんオバケなんて可能性は真っ先に除外するけど。
ボールの中に入れたピザ生地をこねながら考える。制服は猫に毛まみれにされた後だから、もちろんエプロン付きで。
「だとしたら、そこにはきっと隠れた目的があるんだろうけど」
順当に考えて顔を隠す事かなって思う。それにしても過剰だとは思うけど、顔隠したいならヘルメットだけかぶっとけよとは思うし。
余ったヨーグルトをつまみぐいしながら、生地を作り終わってラップに包んで付箋を貼った。冷蔵庫に入れておいた他の生地と混ぜちゃうと、いつ作ったものかどうか忘れちゃうし。
今日は少し眠いし、早めにお布団に入るつもりで軽くマルゲリータピザをハーフでいただく。それから歯磨きをして適当なタイミングでお布団に入ろうかなとしていた時だった――ミコから連絡が届いたのが。
しかもよりにもよって内容で絶句する。なにが「キスいっぱいするのって遺伝子の相性いいらしいよ! アタシたちの事だね♡」だよ。もう!
もう適当な証拠品でも捏造して「おまじないよりもオバケの仕業って事にした方がいいんじゃね?」なんてことまで思い始める。だって、ミコにちょっかいかけられたりしないし。
でもそうなると、オバケの存在を認める事になるし。そんな存在から追いかけられたと考えると、それはそれでウチが怖い。ハッキリさせない事には正直気持ち悪い。うーん……。
――その深夜、仲良く並んだオバケとキス魔に追いかけられる悪夢を見て、悲鳴を上げながら飛び起きた事は言うまでもない。
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