結
あれから一週間、管理人室に遊びに来る二人をよく見かけるようになっとシトネさんに聞いた。もちろん、中で飼われている猫を見に。
というのも一本の廊下を隔てた管理人室は、寮の外に置かれている離れみたいな状態になっている。だから構造上は寮の外部という扱いになるらしい。
大福を食べながら「パチンコの換金所みたいなのよ」と、なぜか嬉しそうなシトネさんが印象的でよく覚えてた。お嬢様らしからぬ言動すぎでしょ。
とにかく、多少の裁量が加えられる状態だった事もあって、許可自体はすんなり降りた。
ただ、二人で猫を可愛がって頬ずりまでしている姿を、校内新聞で大いに取り上げられてしまった鳩吹さんは、「そこも隠したかったんだけどな」と、手で顔を覆って照れながらも、どこか嬉しそうに話していたように見えた。
とにもかくにも一件落着かもしれない――ウチの近くで忙しなく駆けずり回る、うるさい百合科動物を除けばだけど。
そいつは今も校庭の茂みの中やベンチの下を探し回りながら「猫さんいないなぁ」とぼやいている。
最終的にはベンチで文庫本をめくるウチのスカートをめくって「この中にいないかなぁ」とセクハラおやじばりの言動をかましてきたから、とりあえず背負い投げで落としておいた。
「ていうか、なんで猫なんて探してんの?」
「アタシもクーちゃんとの子供欲しいなぁって思って」
あの猫が鳩吹さんとキョウカさんの子供であることを前提にした言い方やめてくんない?
ウチのその言葉に、横からニュっと顔を出して「子供だよ!」だってあんなにかわいがってるんだもん!」などと言い切った。可愛がってるだけで親子関係が結ばれたら、国民ぜんいん誘拐犯になるわ馬鹿が。
「でもでも、必ず放課後になると見にいってるし、さながら幼稚園に迎えに行く両親のように!」
「そ、それはそうかもだけど」
確かにシトネさんも同じことを話していた気がする。「あの二人本当に仲がいいのねぇ」って。
でも、だからって付き合ってるとかはありえないし。それこそ疑似夫婦みたいな関係なんてのは絶対ない!
それでもウチが口ごもった事で気をよくしたのか、目をキラキラさせてフラフラ舞いだしたミコ。だからじゃないけどウチは「でも、キョウカさん子供を捨てようしたじゃん」と、核心にも近い言葉を切り返す。
だけど、思ったよりも効果があった事にウチは少なからず驚いてしまった。ウチの言葉にピタッと動きを止めたミコの姿に。
それから、ゆっくりとこちらに振り返る。半開きの口のままジッとウチの顔を注視するその顔には、疑問が見てとれる。
だからじゃないけど「それって親としてどうかと思うけど、ウチは」と締めくくって、文庫本に再び目を落とした。すると、いつの間にかウチの隣に座っていたミコが、またしてもウチの顔を覗き込んでくる。
それから「そこは別に重要じゃないもん~」と、いつものニヤニヤした顔を見せて、ウチの腕に手を絡めてきた。
「は? 重要でしょ。
キョウカさんが子供を大事にしてるかどうかは」
「そんなことないよ。確かにアタシが同じ立場なら、もちろんクーちゃんと同じように、諦めずにどっちも守ろうとするけど」
ほらそうじゃん。いまいち要領のえないミコの発言にイライラしていると、ミコはすっと顔つきを変えた。何かを慈しむような穏やかな顔に。それからウチの空いた右手を取って包み込んでいる。
「でもそれはね、アタシがクーちゃんと同じ方を見ていたいからなんだよ」
思わず言葉を失ったウチに、ミコは「あの二人も同じだったんじゃないかな」と続ける。
――それは、そうかもしれない。だからこそケンカをした。相手に同じ方向を見て欲しいから。
不覚だった。ミコですら見透かせる肝心なところを、見えてなかったからかもしれない。顔がカッと熱くなるのを感じる。それから、そっと唇を重ねてきたミコにも。風の音が聞こえたのを契機に、どちらともなく顔を離した。
「――いつかクーちゃんにも、アタシと同じくらいキスしたいって思ってもらいたい」
目を見つめながらそんなことを言ってくるミコに、視線は左右に踊り、心臓の音もどんどん大きくなっていく。ただそれも、ミコが「今日のクーちゃんのお口はベジタブルピザ味~」とたわけた事を言ってくるまでだった。死ね。
「黙れ」
「アタシが口を閉じる時は、
クーちゃんとキスするときだけなので!」
「キモ」
肩を押してもなお、ベンチの上でウチににじりよってきたミコが、今度は文庫本の中を覗いてくる。それから「今日は何読んでるの?」と大きな瞳をパチクリさせている。
だからじゃないけどウチは、それとなく肩を寄せて本の行をなぞって説明していく。コイツのカップル説はありえないけど。今の態度が、少しだけ嬉しく感じてしまったのは確かだったから。
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