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どうやって釣ってやろうか――などとお嬢様学校らしくも昼食の席らしくもない会話が聞こえるのは、テラスの白いテーブル群の中の一つについた、まさにウチらの席からだった。
というのもテーブルに居座るあの二人をおびき出す為に、どんな方法がいいかという話題の中で持ち上がったのが「エサでやろう」というモノがあがったから。
尋ねられたツカサはというと「さんの好物かぁ」と首をひねりながら、シトネさん特製のお弁当箱のミニトマトをつまんでいる。クラスメイトの割にはずいぶん味気ない反応だ。
「女の子は甘いモノが好きだし。それでいけばー?」
二個目のお弁当箱に入った、洋ナシをかじりながらアリスさんが言った。表情も声の抑揚も変わらないけど、金魚すくいの達人も真っ青な速度で次々と口に放り込んでるところを見ると、ご満悦らしい。
「たまにビーフジャーキーを、鞄に入れてるのは見かけるけど」
その言葉にミコが「それほんと!?」と身を乗り出して尋ねる。その勢いでウチが確保したピザトースト入りのお弁当箱がゆれる。それはそうと美味しい。
「でも、アリスはそれ女の子の日対策とか聞いたよ」
食事しながらよくそんな事言えるな。メンタル鋼鉄すぎでしょ。なぜかツカサがうちらに「ごめんねごめんね」と謝ってくるし。オカンかお前は。
それはいったんおいてくとしても、ウチはまたしても首をひねる他になくなる。生理で貧血気味になる人もいるから、理由としては妥当に感じたから。
ミコが食堂の伊勢海老パスタという、存在しないメニューで釣ろうと言い始めた頃に限界を感じたウチは「そもそも食べ物で釣るって言うのが無理あるか」と思い当たって上を仰ぐ。
日差しの強い太陽は、縞々のパラソル越しに見てもまぶしく感じる。プラスチックのテーブルに浮いた、缶ジュース零した水滴も今は心地いい。そうした部分を鑑みても、ここにい続けるわけにはいかなかった。
ウチは「よしっ」とテーブルを叩いて立ち上がる。ミコも当然のように後ろをついてきた。次いでツカサも立ち上がり「どうしたの?」と、ウチの隣に並ぶ。それは弁当どうするのという質問でもあるらしい。
「二人ともどこ行くの?」
いまだに人の弁当に食いついているアリスさん。あの小さな体のどこにあんなに入る場所があるのかという疑問は置いといても、言っておきたいことがあった。
「食べた分は働いて」
◆
茂みの裏で待機しているうちらは、三人で「せまいからそっち行って」と、お互いの肩を押し合いながら、ウチは頭だけを出して鳩吹さんたちの様子をうかがう。
密な状況からにいる自分からすると、水路の上にある屋根から遮られて出来た日かげがうらやましい。ちょうど学園全体を取り囲む、高い塀が突き当たる場所なのもあって西日を広範囲で遮る場所はすごく涼しげだ。
そんな庇護の中で向かい合って談笑する制服姿の二人を見て、うっとりしながら人の肩に寄り添ってくるバカもいるからなおさら。とりあえずデコピンで黙らせておく。
テーブル越しに向かい合う二人はというと、今日も履き替えた白いスリッパをぶらぶらさせながら。バラを背景に手紙を渡し合っている。さも呼吸のように、そうするのが自然な態度で。
確かに絵になる光景なのかもしれない。水路から跳ねる水しぶきで小さな虹もちらほら見えるのも含めて。
もちろん、今気づいた不自然な点を除けばだけど。
「なんで手渡しなんだろ」
そう口にして飴を口に放ったウチに、左右のミコとアリスさんが首をかしげる。そんなの、疑問に思うまでもなく簡単な話だ。
筆談をしたいだけなら、テーブルの上をスライドさせた方が効率いい。わざわざ持ちあげて渡す必要なんかどこにもない。テーブル自体の半径も長くないし、届かない距離じゃないハズなのに。
「カップルだからね! お互いの触ったものを触れたいと思うのは当然の事だよ」
「どんなカップルだよ。微生物だろそこまでいったら」
「それにスライドさせて渡してたら心象わるいもん!
手渡しで渡すのが長続きの秘訣だよ!」
「スライド程度で崩れる仲とか、もはやカップルじゃないでしょ」
ウチとの内緒話を終えてからなお「そうに決まってるよー」といいながら、妄想に浸ってるミコは放っておいて、スマホを取り出したウチは、ラインでツカサに合図を送った。すると――。
「タ、タスケテー」
あまりにも棒な演技で水路ににじり寄っていくツカサに、顔が引きつっていくのを感じる。アイツに任せた間違いだったわ。
そこですかさずアリスさんが茂みから飛び出して、思いっきり背中を引っぱたく。多分背中に鮮やかなモミジ柄が出来たと思う。
悲鳴を上げながら倒れたツカサに味を占めたウチは、ミコと顔を見合わせてうなずく。それから茂みの裏を通って、そのままさっきまで二人がいたテーブルを目指した。
さすがにクラスメイトの事を蔑ろにはできなかったんだろう。介抱しに行った二人を横目に確認して、しゃがみながらテーブルから紙を引き抜いた。そしてそのまま茂みに戻った。
あとは紙の中身を確認してから、元の場所に戻すだけ。本当にそれだけだった。
「――クーちゃん?」
ウチは固まってしまう。少なくともミコが横から顔を覗き込んではっとするまで、少なからずそうなってしまっていた。だから、ウチがつい反射的にミコを巴投げを入れてしまったのは本当に偶然だった。
だから「ゴメン、大丈夫?」と、本当に素直な謝罪が口から出た。咄嗟だったから、いつものように手加減できなかったかもしれないし。まぁなぜか嬉しそうに笑うミコを見て、その気持ちもキモイに置き換わったけど。
端的に言えば、ウチは本当にそんなことをするつもりじゃなかった。二人が渡し合っていたその紙の内容が「死ぬ」という一言で埋め尽くされたモノじゃなければ――。
◆
「シトネさんは、どんな時に死ぬって思う?」
ウチから尋ねられたシトネさんは「え? どうしたの突然?」とハンドルから手を離して、こちらに振り返る。
ウチから飛ぶ「前、前っ」という激励もむなしく、当然のようにレースカーはクラッシュ。ゲーム画面の中でよかった。髭のおじさんが死にそうになってるけど。
それから再起するまでに一分ほど経って、なぜか喜びながら逆走を始めたシトネさんを見て思う。「免許取れたらドライブに連れて行くね」と喜ぶシトネさんに、適当にうなずいてたあの日の自分の姿を。
――もしかしてウチ、将来的にこれが原因で死ぬんじゃね?
答えが返ってくるまでもなく、押し寄せる死の予感にウチは苦笑いを浮かべる。それこそ「死ぬ」という感覚を覚えるくらいの現実感はないけど。
レースで最下位になって、肩を落としながら座布団ごとこちらに向き直るシトネさん。ガーリーな淡い色のワンピースも心なしかくすんで見える。
それから「クゥちゃんと会えない時期は死ぬ気がしてたよ」と心底不服そうに口をとがらせた。ほぼゲームに負けた八つ当たりだと思う。
「でも、今は幸せ。むしろ、
幸せすぎて死ぬ気がしちゃうくらい」
「おおげさですね、先輩」
自分のベッドに背中を預けていたウチの隣に、なぜか四つん這いできた年甲斐のなさがこれでもかとにじみでる先輩が、ウチの肩に頭を預けてくる。それから「こうするともっと幸せー」と口にした。
後部座席どころか、隣に乗るのも危険かもしれない。
そんな、どこか小動物のような先輩の頭ををなでながら「部屋で飼いたいな」なんてことを思ってしまうけど、もちろん口には出さなかった。
あいにく寮の仲は動物禁制だし、先輩にそんなこと冗談を言ったら真面目に検討し始めるに決まってるだろうから。
それからシトネさんは、寮の中のトラブル連絡をスマホに受けて飛び起きる。それから半泣きで部屋を飛び出していった。宿直者の権限を利用してウチの部屋に遊びに来てるから、同情の余地はないけど。
だからじゃないけどウチは、ミコに一本のメッセージを送る。一分もたたずに送られてきた音声に、ウチは耳を澄ませた。アイツの事だし、昨日ウチらが筆談の紙を取り上げた時の音声もあるハズだと思ったから。
何回か再生を繰り返しているうちにやはり聞こえた。ウチが目当てにしてた<金属がこすれるような音>が。
ウチはそれから時計を見る。まだ門限が過ぎていないのを確認してパーカーを羽織ってから外に出た。まだ間に合うかな。
本当なら明日でもよかったけど、この高揚にも似た感覚に引きずられるように、ウチは扉を開けた。シトネさんとのやり取りで、ついに掴んだ手ごたえを試すために。
道中で一本の電話をかけてるうちに、いつも通ってる赤レンガの道を外れて、いつしか夕闇の色が溶け込んだバラ園の彩りに迎えられていた。
そこには、椅子に座りジャーキーをかじるキョウカさんがいて。彼女と葉対照的に、どこか整然とした顔でこちらをうかがう鳩吹さんと目が合った。だからじゃないけど、ウチは先に口を開くことにした。
「ウチが来るの分かってたみたいな態度」
「イヤに騒がしいなとは思っていたからな」
確かに連続二日にわたって、ウチらに出くわしたらそうもなるか。鳩吹さんはゆったりとした所作で立ち上がると、水路の上にかかった橋を渡り歩み寄ってくる。
「それで一体何の用? 探偵さんのお世話になる事をした覚えはないけれど」
どうやらミコの話はここにまで波及してるらしい。ウチは頭を抱えるけど、いまはそれどころじゃない
立ち止まり、姿勢の良さが滲み出る立ち方は、腕を組むその姿すら際立って見せているようだ。彼女の切れ長の瞳もどこか威圧的に見える。
「犯罪みたいな規模はないかもね。ただ、バラされたら困る程度の事はあるハズ」
うちのその言葉に、鳩吹さんの眉がピクリと動く。
夜だからだろうか、どこかで猫の鳴く音が聞こえた気がした。
「アナタたちの行動には少なくとも、おかしい点が何個かあった」
もちろん、二人の手紙の渡し方もそうだけど、ウチにはもう一つ引っかかっていた事があった。
ウチは包装を破った飴をくわえながら「それは?」と促してくる彼女に応じる。
「テーブルにクロスをかけていた事、って言えばわかるかな」
ウチにはどうしても分からなかった。
あのテーブルクロスがかかっていた事が。
テラス側のテーブルにあれがかけられていなかったというという事は、少なくともあのクロスは学校側が用意したモノとは考えにくい。
「つまり、この場所を根城にするあなた達が、自分たちで用意したものである可能性が高い」
「……まぁ、そうかもね。だけど」
高く整った鼻を鳴らしてみせて鳩吹さんは「それが何だって言うの?」と髪をかきあげながら、眉間にしわを寄せて不快感をあらわにする。
「そんなモノの有る無しで、何かが変わったりしない」
「本当にそうかな」
少なくとも、一つだけ出来るハズだ。その大きさ次第では、テーブルの中に何かを隠すことのできるスペースが。
「クーちゃんクーちゃん、
捕まえたよ!」
ミコの抱えてきたそれに対して「にゃーこ!」と意外なほど黄色い悲鳴を上げた鳩吹さんの方を見る。一見素知らぬ顔で顔をそらしてるけど、その目はしきりにミコの腕に収まるソレに向けられているようだった。
だからじゃないけどウチは、口から溶けた飴の棒を引き抜いてから「ここに住み着いてしまった状態では、エサをあげるのも難儀だったでしょうね」と告げた。
寮には門限もあるし。ずっとここで一緒にいられるわけがない。
ここもまた、ヒト入りが激しい公共の場。
その状態でエサをあげるとしたら、ひそめる場所と、なにより、人目を誘導するためのなにかが必要だった。
「あっ、それがあの筆談だったってこと?」
猫の肉球を触りすぎた罰を、手をかじられるという形で受けてるミコの言葉に、ウチはうなずく。
生徒会長選挙という微妙な時期も相まって、注目度の高い時期だったからこそ、見られながらエサを与える必要があった。
クロスの貼られたテーブルは、猫だけではなく、餌付け行為を隠す遮蔽物でもあったんだと思う。
だから実際の方法が<紙を受け取る際に、残った片手で地面に餌を置いて、それを猫が食べていたのか。紙を渡す際に同じ手順を踏むのか>はもう、ウチにとっては些細な問題だった。
だけど、そんなウチの言葉に鳩吹さんはかぶりを振る。それから「その推理にはまだ穴があるな」と告げた。
「テーブルクロスの下に猫を飼っている? バカな事を。奔放な動物である猫が、その下で大人しく飼われてるわけがない、すぐに逃げ出すのがオチだ」
確かにそうだ。だけどその問題も、テーブルクロスの存在で簡単に突破できる程度の問題だとウチは思った。それがミコの録音から聞いた金属の音に繋がるとするなら。
あの時、周囲を占めていたのは草のこすれる音と、水のせせらぎのみ。二人の履き物がスリッパである以上、あんな硬質な音が拾えるわけがなかったんだ。
だから当然だったと思う。ウチの指がテーブルクロスの下を指して「あそこにペット用のかごがあるとしたら?」と放った言葉で、彼女の顔に険が走ったのは。
「でもでも、なんで死ぬなんて紙に書いてたんだろ」
首をかしげるミコに「死ぬほどかわいい、みたいな意味だよ」と答えたのは、眼鏡をクイっと持ち上げながら現れた篠原キョウカさんだった。ミコと追いかけっこをしていたのか、おさげ髪に枝と葉をつけている。
「もしも普通に猫の内容を筆談して、その紙を誰かに見られたら、一発でバレちゃうからね」
「キョウカ、なんで言っちゃうの」
「ここまでバレたら隠すの無理だよ」
かぶりを振ったキョウカさんは「もう終わりだよ」といって肩を落とす。それからウチはギョっとする、その肩を鳩吹さんが掴むのを見て。
「終わりってなんだ! あの子を捨てろって言うの? まだ子供なんだよ?」
その衝撃で落ちた眼鏡を省みずに、「あんたを推薦してる、わたしの気持ちを考えたことある!?」とキョウカさんが鳩吹さんのタイを掴みかかる。
「学園の顔になる生徒会長が、校則を破ったところを見られたら選挙の権利なんてなくなる。謹慎処分だってあり得るのに、もっと自分を大事にしろバカ!」
涙をボロボロ流し合いながら芝生に転がって、掴み合いのケンカに発展した二人の間に、ミコが何度も割って入ろうとするけど、その度に弾かれて転んでいる。
それを蚊帳の外から眺めてるウチはというと、もう何度目かに分からない飴を口に突っ込んでいた。今回は頭を回す為にじゃなくて、ぶっちゃけ現実逃避の為に。
――うわ、やっべー。
完全に話し損ねたよこれ。
今から言っても間に合うか?
あの二人に伝わるように、なるべく簡潔に。なるべく大声で。
「えっとさ――猫の引き取り先、もう見つけたんだけど」
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