鴨ノ橋サーヤと宮坂シトネの場合

図書委員の宮坂シトネさんとウチが初めて顔を合わせたのは、うだるような熱気で溶けそうな去年の夏の日だった。


部屋のクーラーが故障したせいで、図書館で放課後を過ごすハメになってしまった時に「たまにはなんか借りるか」と思って、棚から適当な本を引っこ抜いて持ち帰ったのが運の尽きだった。


ソレを一日部屋に置いていたせいか「なんかこれ、美味しそうなにおいがするね」と、返却時にクスクス微笑まれて思わず赤面。ウチの部屋に置いてたから、香ばしいピザの香りが染みついていたらしい。


一つだけ幸いと言えることがあるとすれば、その本が<ナポリのピザ百選>だった事で。その本が例えば兵糧攻めで有名な<決戦! 三木の干殺し!>とかだったら顔を熱くするだけじゃ済まなかったと思う。


「それからクーちゃんは、たまに本を借りるようになったんだねー。ところで百合マンガ読む?」


快晴の空がまぶしい昼の屋上。ベンチの隣に座るミコが、半開きの口からそんな感想を垂らしてくる。なんとも話し甲斐のない反応でムカついてくる。ていうか人の顔にエロ本押し付けんな。


「エロ本じゃないよー、女の子へと感じる性欲と恋心に揺れる女子の微妙な感情を書いた傑作だよ!」

「それを読んでお前みたいな怪物が出来上がるんだから、十分エロ本だろ」


「え!? あたしのことエロい目で見てくれてるの!?

 クーちゃん、んーーーー♡」

「死ね」


キス顔で迫ってくるミコの顔を本の表紙で受け止める。ちなみに今日の本は日本国紙幣にも描かれている偉人の顔だ。それに気づいたミコは「おえー」と言いながら、床に突っ伏している。いい気味。


でも、それからすぐに立ち直って「クーちゃんも読まない? 百合本!」と、顔に押し付けてくる。ウザいし、ミコとパッケージの女の子の顔と比べても、見劣りしないくらい整った顔の作りもウザい。


「読まないって」

「仮にも読書好きなんだから、現代で流行ってるフォーマットを履修しないのはどうなのかなー?」


流行ってんのこれ? ウソでしょ?

読んだ人間を狂わせる魔導書が?


怪訝な目を向けながら放ったウチのその一言に「えー、ミコは狂ってないよ?」と返す。それから立て続けに「そういえば話は変わるんだけど、そろそろ私達の子供欲しくない?」などと言い出した。やっぱり狂ってるだろ。


よしんば子供が出来ないとしても、女の子同士でそういう事するのおかしいし、結婚とかも絶対ない! してたらそいつは頭がおかしい!


「あっ、ところでところで、ウチの学校の姉妹制度って知ってる?」

「話ころころ変わるな。サイコロかよ」


噂には聞いたことがある。昔この学園で盛んにおこなわれていたらしい、いわゆる「告白」みたいな制度。


後輩から先輩に自分の「お姉様」になってくれることを頼むか、もしくは先輩から後輩へ「妹」になって欲しいとお願いする制度。その契りは卒業まで有効だったと聞く。


「そんなの、都市伝説かなにかでしょ」

「でもでも、昔はかなりおおっぴらにやってたらしいよ! 人気の子と姉妹になって、自慢するとか~」


それこそ想像できない。後輩にピザの材料をパシらせる為に妹にするとかなら分かるけど、なんでわざわざ先輩に頼んでまで、姉を作らなくちゃいけないんだろう。面倒なだけな気がするんだけど。


空を仰いで想像していると、隣の狂った女が「お姉さま好きぃ」と言いながら、しなだれかかってくる。とりあえず掬い投げで床に叩きつけておいた。天然芝なのが不満だけど。


「そんな強情なクーちゃんに、じゃーん!」


早くも復活したミコが、ウチの眼前に一枚の紙をかざす。そこには

鴨ノ橋サーヤよりと書かれた一枚の手紙があった。

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