「今日もピザ食べてるの!?」

「あぁ、うん」

「毎朝!?」

「そうだけど?」


せっかくの日曜日だし、いつもより大きめの生地を使ったピザでも焼いて楽しもうかなと、明太子とマヨネーズのペーストの上に海苔とチーズをふんだんに使ったピザを、オーブンに入れて指折り出来上がりを待っていた時だった。


インターホンの音が聞こえたから即座に「ミコさんはおかえりくださーい」とそれなりの声量で返すと、玄関の向こうから「なんでなんで―!」といったダブルミーニングが返ってくる。アポなしでこんな朝から来るヤツは、お前しかいないんだけど。


近所迷惑になるから仕方なく開けて招き入れると、靴もそろえずに上がり込んでオーブンを指さす。それからさっきの一言と相成った。


「みんなも毎朝パンとか食べるじゃん。ちょっと豪華なトーストみたいな感じだし、べつに良くない?」

「でもでも、油とかもあるし、栄養とかも大丈夫? あと常識的に!」

「世界で一番むかつくかもしれん。お前に常識を説かれるの」


なおもまとわりついてくるミコを、かかとであしらいながらピザを乗せた大判の皿を食卓に置いた。壁紙も家具も白に統一された清潔感のある部屋の中では、なおさらの存在感を感じて口元が緩んだ。なんなら寮の中でもひときわ輝いてる食卓に違いない。


うちが悦に入って座椅子に座って手を合わせると、向かい側からだらしなく口を半開きにした女が「あーん」などという戯言を口にしている。ウチの完璧な食卓が台無しだ。


「一口だけでいいから!」

「だめ、あげない」


それからしばらくは、テレビを見てるウチをミコが指をくわえて眺めるという、穏やかな時間が過ぎた。しばらく経って横を見ると、ミコが指をくわえる代わりに頬杖をついていてまずそれに驚く。それと、なんかうっとりとした顔をしている事に若干むせた。


「なに? ピザならあげないよ」

「ううん、クーちゃんの好きなモノ知れて嬉しいなぁって思って」

「へぇ」


別に嬉しくないでしょ。それを知ってどうするんだか。毎日材料だけ買ってきてくれるとかなら歓迎するけど。それから材料だけおいて即帰ってくれるなら。


そう思いながらピザを口に頬張っていると、思わず吹き出しそうになった。「好きな人の好きな事は、好きになってあげたいし」というミコの言葉に。


「しゅ、すす、好きって何言ってんの! 女同士で!」


ウチが人差し指をミコの鼻先に突きつける。ケドそれも意に返さずなおも「んー、好き」などと垂れてくる。


それから歯を見せてお日様のように微笑んでいる。憎たらしいほどきれいな笑顔だと思った。


だからじゃないけどウチは、かたわらにあった炭酸水でピザを流し込んで、ボトルを食卓に叩きつける。それでもこの微熱は引きそうにないけど、ないよりはマシ。


それから「行くよ」と言ってから立ち上がって、玄関に歩を進めた。


「えっ、どこにいくの?」


学校指定のを革靴に履き替えて、後ろからちょこちょことした足取りでついてくるミコが、うちにそう尋ねる。


「決まってる。今回の騒動の犯人のところ」


飴を口にくわえながらそう答えた。それからほどなくしてミコは素っ頓狂な声を上げる。一年生ではなく、三年生の寮を指さすウチの姿に。








「やっぱりバレちゃった?」


インターホンを鳴らすと、応答もなく扉が開いて件の人の片割れ――柏崎先輩は舌を出しながらそう応じた。おでこを出して前髪をサイドに寄せる開放的な髪型通り、快活なイメージを受ける。


意外にも快く出迎えてくれてくれるな、と思いながら、先輩の後をついてリビングに通される。その間ずっとミコはきょろきょろしている。


それもそのハズだと思った。そこには四人ほどかかれそうなL字型のソファーと、同じくらい広いガラス張りのテーブルがあって。4kのテレビ台もある、さらに奥には先輩が持ち込んだと思われるビリヤード台まで置いてあるんだから。


人数の関係で相部屋という貧乏くじを引かされる人も多いとは聞くけど、ここまで広い部屋をあてがわれるのなら、その選択もアリに思えてくる。


ソファーに座る事を促した先輩は、「ミサキー、やっぱり探偵さんきちゃったー!」と、手をメガホンにしてどこかに大声で呼びかけている。というか探偵ってウチの事?


ミコが「私たちが今日ここに来ることを知ってたんですか!?」と聞く。


「まさかぁ。昨日、後輩たちに聞いてたから、もしかしてと思っただけ。もちろんこない可能性もあると思ってたよ」


後輩というのは、もちろんサキさんとカレンさんの事だろうと思った。


それから先輩は「ウチは来ない方に賭けたけどミサキに負けちゃった~」と付け足す。とんでもない賭け事としてるな。


「ただやっぱり、こういう時のミサキの勘は当たるから仕方ない――それでそれで、いつから分かってた? 私たちとあの後輩たちが、関係してるって」


先輩がこちらに身を乗り出してくる。その眼には期待という名の星が浮かんでいるように見えた。だからじゃないけどウチは「最初に、現場を探しているときにです」とありのまま答えた。


「こいつ――じゃなくてミコが言ったんです。三年生の同じ部屋の二人が、遅刻してきたって」


ウチはその時、少しだけおかしいなと思った。一年生ならまだしも、長い時間この学園にいた人が遅刻した事もモチロンそう。二人同時に遅刻するのはさすがに出来すぎているとも。


そしてもう一つ、それらを決定的にした事実があった――。


「それは、この密室は二人一組だけでは完遂できない事。少なくとも、他の生徒が必要不可欠だったハズですから」


そういってウチは、アメボーを口にくわえながら二枚の紙を机に置いた。


それはミコが昨日受け取ってもらえなかった申請書と、通行許可書――の写しだった。


「ちなみにクーちゃんが書き写しました。記憶だよりに、手書きで!」

「言うなってそれを!」


それを聞いて足をパタパタさせて笑う先輩に、顔を熱くしながらウチは続ける。問題はこの二枚の違いである事に。


「二枚の違い? トイレに使えるかどうかってこと?」


なんの許可証だよそれ。ウチは無視して先を続ける。


「許可証自体に日付は書かれていますが、その生徒の名前は書かれていない。それはつまり、校門での本人確認はほぼないって事だから」


つまり本人以外の生徒が、これを使って通ったとしても、なんら注意を受けることなく通り抜けることが出来る。


それが例え、一年生の通行所を使った三年生だとしても。


「でもでも、さすがに見た目を見れば分かったりしないかな?」


ミコの言葉にウチはかぶりを振る。


「寮が敷地の中にある以上、うちらは頻繁に校門を通るわけじゃないでしょ。警備員さんに見た目で個人を判別する事は出来ないって」


仮に制服で外に出るとしても、何か羽織ってタイを隠してしまえば、学年もバレないと思う。背丈で学年を判断するのも不誠実な話だしね。


「ふーむ、だけどその推理にはまだ穴があるね。私とミサキが不在になった後に、どうやって学園に戻ったかもそうだけど、そもそも不在がどうしてバレなかったかって問題もある」


先輩がうちに投げかける。未だに期待するようなまなざしのまま。だからじゃないけどうちは一度うなずいてさらに続けた。


「先輩がどうやって学園の滞在を偽装したか。それは許可証を渡した後輩がどうしていたかを考えれば、簡単な話」


――そう、二組が協力関係にあったという前提があれば。


ウチは迷わずに、この部屋の床を指さす。するとミコはおおげさに「えぇ、じゃあ神隠しじゃなく、先輩の部屋でお泊り会だったってこと!?」とわなないている。若干嬉しそうに。


「二泊じゃなくて、一泊二日になったけど、まぁそういう事」


だから後輩二人は、先輩が一九時頃校門から出た後に、ここで一晩過ごした。


そして次の日、先輩は電話で欠席の連絡を入れて、部屋に後輩たちを所在の偽装を行った。


それから門限前に、まだ施錠されていない礼拝堂に後輩たちが向かって、そこでもう一晩を過ごせば密室は完成する。


「あそこはベンチ込みで死角も多かっただろうから、やり過ごすだけなら簡単だったと思う」

「二人でかくれんぼして、その後もう一度お泊り、はう……」


ミコがソファーにうつ伏せになって、ビクビク体を震わせている。いつにもましてキモい。


「そして最後、ここで最初の話に戻ってきます」


そう、あの不自然な遅刻は一体何だったのか。そして、先輩はどうやって校門を通って敷地に戻ったのか。ここまで話せば、あとは自明の理だった。


「失踪されていたと思われていた二人が、突然礼拝堂に現れたとなれば、警備員さんも動かざるをえなかったはず。施錠の確認をとられますから」


「だから先輩はメッセージを受け取ったはずです。後輩から「今だよ」という合図を。あとは手薄になった校門を通って、礼拝に遅刻してしまえば、あなたたちのトリックは完成です」


とっくに溶けていた飴の棒を口から取り出しながら、ウチはそう締めくくる。


ウチの言葉をほとんど最後までうんうんと頷いて聞いていた先輩だったけど、「いやぁ参った参ったー」と膝を叩いて笑い飛ばした。


「いやぁ完璧だよ。話に聞いてたけどここまでとはね。これはあのカナが手を焼くわけだ」


それを聞いてウチは少なからず動揺してしまう。褒められてるのかどうか分からなかったのもあるけど、カナ先輩がウチの事を話していたというのが少し意外だったから。


「おまたせ~」


急に場違いなほどのふわふわした声が聞こえて、全員の視線がそちらに向いた。


栗色の髪をおさげに結った人が、ウサギのスリッパを鳴らしながら、こちらに小走りで駆け寄ってくる。


携えられた大皿に盛られたクッキーもモチロンだけど、少し垂れた目じりからも、温和そうな雰囲気が伝わってくるのが印象的だった。この人がたぶんミサキさんなのだと思う。


「わぁークッキーだ!」


ミコは今日一の笑顔を見せた後、ミサキさんとクッキーを何度も交互に見て、それから「どうぞ~」と促されて一番に手を付け始めた


「探偵さんのお話はこれから?」


ミサキさんが期待の星を目に浮かべながらソファーに座る。それから、いまかいまかとカーテンコールを待つ子供のような表情で、ウチの顔を見た。


いやな予感がしてウチが、さっきまでウチの推理を聞いて喜んでいたもう一人の先輩を見ると、手を合わせながら「ごめんね☆」といった表情でウィンクしている。


それからミコをもう一度みる。一人で全て食べつくす勢いでクッキーに食らいついてる。おかげで「あっ、もう帰りますんで」なんて到底口に出せる流れじゃなくなっている。クソが。


早々に白旗を上げたウチは、諦めて追加の飴を口に入れた。

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