次の日の朝。ウチは所狭しと並べられたベンチの前に並ぶ礼拝堂で、讃美歌を歌うクラスメイトたちの中に紛れて口を動かしていた。


いつも通り口パクでしのぎながらふと横を見ると、隣のベンチのミコと目が合って「ひゃっ」などという小さい悲鳴をあげてしまう。より正確に言うと、投げキスしてくるそのアホ面に。


近くにいた何人かが怪訝そうにこちらを見たけど、真顔を装って口パクを再開すると何もなかったかのように歌に戻ってくれた。危ない危ない。


冷静になって怒りが込み上げてくる。なんであんな奴の為にうちがやきもきしないといけないんだ。


未だにこっちを見てると思われるアホだけに見えるように、太ももの前で中指を立てる。するとミコは簡単にえさに食らいついて、「ぼーとくだ! ぼーとくだ!」と騒ぎ出した。もちろん先生に叱られている。


神よ見てますか。悪は潰えました。


「――よーし! ここが発見現場だね!」

「ほんとにめげないな、お前」

「そう見えちゃうかー。百合ルール第四十七箇条目にも記載されてる通り<人懐っこいキャラにはよく重い過去がある>ものなのになー」

「過去とか知るまでもなく激重だよ、お前は」


勝手に意味不明なルールをノートに記してそんなの持ち歩いてる女に、そんなのあったらビックリするわ。あと自分で人懐っこい言うな。


まぁめげてる場合じゃないのは分かるけど。いま時間がないのは確かにそうだから。

つぎ礼拝堂に来る高等部の一年生が来るまでは、もう十分くらいしかない。とりあえず気になるところは見ておかないと。


「二人はここに座ってたらしいよ!」


最前列のベンチを指さしてから、上履きを脱いでそこに仰向けになるミコ。それから深呼吸を何度かした後に「百合の残り香がする……しあわせ」と感嘆のため息を漏らした。キモ。


「二人がここで見つかったのはいつ頃の話なんだっけ」


パイプオルガンの鍵盤を指先でなぞりながら尋ねる。


「昨日の朝だよ! お姉さまたちが初めて扉が開けられるタイミングにですわ!」


なぜか言動がコテコテなお嬢様と化したミコの言葉を脳内で意訳すると、高等部の三年生たちが毎朝礼拝するためにここの鍵を開ける。もちろん後続の後輩の為にも。そのタイミングで見つけたという事らしい。


「鍵はそれまでどこにあるの? 職員室?」

「スゥー……ううん、寮の管理人さんが持ってる! いつも受付に行って受け取るんだって。スゥー……」

「うちらも校舎に行く前に礼拝堂で集まるし、そりゃそうか。あとその深呼吸やめろ」


たしかに聞けば聞くほどおかしな話かも。なによりも神隠しにあったのが、高等部の一年生という話だからなおさらだ。


(三年生とかなら、集団にまぎれて扉が開けられた後にこっそりベンチに座る――みたいな事も出来そうだけど、さすがに毎日会ってるクラスメイトの中に一年生がいたらバレちゃうだろうし)


あたりを見回すと、シンメトリーかつ等間隔に窓が配置されているけど、どれもステンドグラスと同じ高さにあって、普通の手段では昇れそうにない。


どこかのバカみたいに梯子を使って昇るまではいいとしても、礼拝堂側に降りることは出来そうにない。そもそも窓も、内側からしか操作できない作りになってるみたいだし。窓も割られてない以上はその方向からの推測は無理めだ。


「二人はカップルなんだよ、割った後に愛の力で直したに違いない!」

「愛の力の使い方ショぼいな。ボンドかよ」


ここの調査は済んだかなと思ったところで「そういえば!」という掛け声とともにミコが立ち上がる。


「なんかその時に、二人組が遅刻したらしいよ! 三年生の人、しかも寮も同室なんだって」

「へぇ」


うちが生返事を返すけど、どうやら耳に届いてないみたいで「なるほど、別のカップルもきたか。関係あるかも」と、顎に指をそえてどうでもいい推理を繰り広げるのに夢中らしい。


「あっ」


礼拝堂の入り口の方から声がしたので見てみると、黒髪ボブカットの子がこちらをチラチラとうかがっているのが見える。こういったら悪いかもだけど、見るからに内気そうだ。


「ちょっと、早く中に入りなさいよ――あら」


それからまもなく来たのは金髪をツインテールに束ねた、今度は非常に強気そうな猫目の女の子だった。こちらの姿を改めてすぐに、黒髪のこの背中をこづくのをやめて、お辞儀をする。どちらもウチらと比べると頭一つ分くらい小さくて、タイの色を見るにどうやら後輩らしい。


それを見て意外そうな反応を見せたのは「あ、あ、ああ」と震え出したミコの方だった。それからホコリを巻き上げるほどのトップスピードを出しながら二人に近づいて、それからこういった。


「神隠しの子たちだよね! 写真とっていい!? 二人ともかわいいね、こんな子たちが昨日、二人でここに、あぁああ尊いよぉ――」


だからじゃないけどウチは、今年一の完成度の大外刈りをミコに決めた。





「す、すいません、話せることは本当になくて」


目を泳がせながらそう話す黒髪の子、小岩井サキさんの前に出てきたのは猫目の子<星川カレン>さんで、それから「なにも覚えてないんです、私達」と続けた。


「へぇ記憶喪失なんだ。分かるそれ。生きてればそういうこともあるよね」


我ながら白々しいなとは思う。だからこそ、ウチのその言葉にどこかホッとした様子の二人に「ちなみにどこから?」と投げかけた。


「え?」

「どこから記憶喪失だったのかなぁって、覚えてる範囲でいいんだケド」


ここでまだ日常生活を送っているってことは、少なくともそれ以前の記憶はあるという事だし。答えられないハズはないとウチは思った。


「そうね。たしか、この学園を出てすぐ――だよねサキ」

「う、うん。そうです、先輩」


それから学校に届け出を出して、先生に外出許可証をもらって、二人で寮に戻って準備をした後に、十七時頃に学園を出たと付け足す。


「近くのゲームセンター遊びに行きたかったんです、あとカラオケとかも」


ミコが隣で「カラオケ! 二人は本当に仲良しさんなんだねぇ」と、その言葉を全て鵜呑みにして、胸をおさえながらクネクネしている。


でも一つたしかな事はある。それが嘘にしろ本当にしろ、結果的にそうはならなかった。その次の日、彼女が帰ってきていない事に気づいた学校が騒然となったらしいし。彼女が見つかったのはさらに次の日の朝八時――礼拝堂だったんだから。ウチはその間ずっとピザ食べてたから知らないけど。


それから続々と礼拝堂に入ってきた一年生たちの後を追うように、二人はこちらに会釈してベンチについた。それからすぐに星川さんが「もう、世話が焼けるわね」といいながら、小岩井さんの曲がったタイを直してあげている。


その姿は、口をとがらせながらもどこかうれしそうに見えた――。


「あの二人絶対付き合ってるね! 間違いないです、何なら結婚までいってるでしょう!」


結婚できるわけないでしょ。仮に法律上問題なかったとしても、女同士で結婚するとか神経を疑う。いたら親の顔が見てみたいわ。


そんなウチのツッコミの意に介さないくらいにご機嫌なミコは、飛行機のように手を水平にしてレンガの小道を蛇行して駆けている。有名アイドルに握手されたときくらいのリアクションだ。


「ちなみにあの二人はどうやって、警備員に見られずに学園の中に入ったと考えてる?」

「もちろん愛の共同作業! 肩車で戻ったんだよ!」


「学園を取り囲む壁、五メートル以上あるんだけど、それを肩車だけで越えるとかどんなゴリラだよ」

「ゴリラでもいいと思います! そこに愛があればー」


急にずれてきた論点にめんどくさくなったウチは、棒の突いた飴玉を取り出して口にくわえる。遠目に見えた校門、そしてそこに面した警備員室に目を向ける。どうやら今は一人みたいで、暇そうにあくびをしているのが見えた。


それからミコが意味もなく敬礼してる姿を見てぎょっとしている。おおかた「昨日のハシゴ騒動の子だ」とでも思ってるんだと思う。


「基本的には一人みたいだね~。警備員さんの詰所も、別の場所にあるらしいので」

「もしかしたら、帰ってきたのを見逃す可能性はあるけど――」


だとしても、一日ものクールタイムの間どこに隠れてたって話にはなる。礼拝堂自体、高い木に囲まれてるからそれこそゴリラならいけそうではあるけど。


「あんなにかわいい子たちがゴリラなわけないじゃん! 変なクーちゃん~」

「おまえが言ったんだろ殺すぞ」


可愛いか、それともゴリラかなんてことは正直どうでもいい。今重要なのは、あの子が嘘をついたって事だ。それもうちに聞かれて無意識に、もしくは自発的に答える事を避けた事が、一つだけあったから。


「互いの為についた嘘ならオッケーだよ! だって尊いしー」


全肯定百合女の妄言をスルーして、「とりあえず寮まで戻ろう」となったうちが再び赤煉瓦の歩道に足を乗せた時だった。


「あっ、あなたたち!」


ズンズンとした足取りで遠くから歩み寄ってくるスーツ姿の女性が見えて、思わず「やべっ」という声が口から漏れた。フレームの端が極端に持ち上がったメガネが特徴的なその女性は、主幹教諭の佐々木マリコ先生だった。


「今日は何もやらかしてないわよね? まったく、こっちの身にもなって欲しいモノだわ」


やらかし、というのは多分だけど先日のハシゴ事件の事だろう。ウチは「実はさっき礼拝堂で――」と言いかけたミコの足を踏んで黙らせる。それから「まだ一日始まったばかりですし。やらかしなんてないっす」と、とりあえずの方便を口にした。


先生はおおげさにやれやれと言ったジェスチャーでいらだちをあらわす、ハーフアップで整えられたセミロングの髪がついでに揺れる。神経質に眉を歪める顔からは、意外なほど幼い髪型に見えた。


「あっ先生! あたしたち一緒に外出したいんですけど、良いですか!」


そういってミコは一枚の紙を広げる。それは日付の空欄と、同行者の記載にはウチの名前が書かれた外出申請書だった。もちろんうちは、書いた覚えが一切ない。


「いやよ! もうHRなのに、それに自覚があるならしばらくは慎みなさい」

「そこを何とか! 飴ならあげるので!」


ミコの手には、ウチがポケットに忍ばせているアメボーが握られている。もちろんうちは、あげた覚えが一切ない。


「それいぜんに、放課前なのに間食しない!」


当たり前だけど没収されている。それから先生は<これをもった生徒らの外出を認める>というシンプルな記載がされた許可証を突き出して「これがほしかったら、自覚ある生徒になる事。いいわね!」という一言を置いて、踵を返す。


「まったく、最近の花ヶ咲女学院の子はまったく――もぐもぐ」


ぼやきながら肩を怒らせて去っていく姿はさながら般若のようで。怒りのあまり、自分が今まさに間食してる事には気づいていないらしい。子供か。


ミコはというと、うなだれながら近くのベンチに横たわり「アタシのクーちゃんと駆け落ちしてハワイで一緒に暮らす計画がぁ」と、とんでもないこと計画を暴露している。


「ほら、行くよ。そろそろ一限目はじまるし」

「クーちゃんがチューしてくれないと起き上がれないよー」


なおもふざけたことを抜かすミコのひたいに、デコピンを入れてウチは教室に歩みを進める。その言葉に少しだけ耳を熱くしながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る