結
下に向かうガラス張りのエレベーターから切り取られた街並みは、暮れなずむ世界に彩られてながらも、確かに遠くにあるように見えた。
「ねぇねぇ! 次の休みはどこに行きます? クーちゃんとデート楽しみだな~」
先輩の部屋から出た後、ミコはずっとこの調子でダブルアクセルを決めながらフラフラ舞っている。例にもれずその妄言はウチの了承を一切取っていない。
しかしながら、クッキーをほぼ一人で食らいつくしたミコが「この件は黙っておくので、ウチとクーちゃんの外出に協力してください!」と、さらに図々しい申し出をして、それもあろうことか先輩の承諾を取ってしまったのが、少しめんどくさい。
喜ぶミコを微笑ましい顔で見送った、先輩たちの顔が目に浮かぶ。ウチにはこいつと一日外出してまでしたい事なんてないんだけど。なんなら海外逃亡も図ってたし、もう二度と帰ってこれなそうだからデメリットしかない。
「そんなことないってー! ミコは謙虚なので、国内一周で我慢するいい子だよ~」
「まず連れ回すところから離れな」
そういやききわすれてたけど、先輩たちは一日も学園を開けてどこに行ったんだろう。火急の用で、実家に戻ったとかが個人的には有力かなと思ってる。
「家族が死んだら、トリックを使うまでもなく家に帰れるだろうけど、それには満たない「ペットが死んだ」とかならさ、学校側の融通が利かない可能性もあるだろうし」
その言葉が信じられないといった顔でミコがこちらを見る。ドラマで見た不倫の相手を自宅で見つけた奥さんを思い出した。
「その言い方は失礼ですよクーちゃん。付き合ってる二人が一日中どこに行くかなんて、決まってるって――お城のような建物♡」
「お前の方が失礼極まりないわ」
後輩使ってまでやることじゃないし。そもそもあんなにいい部屋があるならそこでやれって話だし、そもそも女の子同士でその――まぐわうとか、絶対ない!
「でもでも、クーちゃんのその動機の推理は、後輩ちゃんには対応しないので。やっぱり付き合ってるという解釈が、一番納得できるんだよね~」
「そんなことないだろ。先輩に命令されたとか――」
そこまで言いかけてウチは咄嗟に口をつぐんだ。
さっきあの二人に会って、そこで直に話して、そこから得られた二人の人物像とは、あまりに似つかわしくないイメージに思えてしまったから。
そんなウチの気を知ってか知らずか、にんまり笑って顔を覗き込んでくるミコから、ウチは目をそらした。夕日の色を吸って一層輝いてた色素の薄い髪とまつ毛と瞳が、あまりに綺麗でムカつくのも込みで。
「きっとサキちゃんとカレンちゃんも、あの部屋で……ぐふふ」
勝手に先輩の部屋をヤリ部屋認定した失礼極まりない女は、エレベーターを降りてからもクルクル舞って隣の寮まで走っていった。
その背中に付いていきながらも頭を動かして、付き合ってる二人のデートと言う頭お花畑な発想以外で思いついたのが<合法的にサボりたかった>という何とも味気ないものだったけど、ウチはまぁいいやとこれで納得した。
それを伝えるために小走りで二年生の寮に入ると、エレベーターの前で半開きの口のまま手を振るミコを見つける。
何にも悩みとかなさそうな顔で心底うらやましい。こっちはアンタの顔見るたびに、この前のキス思い出して顔熱くなるのに。なんならコイツの言う百合ルール通りになってるのも腹立つし。何とかこいつにも恥ずかしい思いさせてやりたい気持ちでいっぱいだ。
糖分が足りなくなってきた頭が瞬時に思いついた(服ぜんぶ脱がせて放置するとかでいいか)という犯罪的な思考のままミコを見ると、やはり口を開けたまま首をかしげている。それからすぐにため息をついた。
羞恥心とかないこいつの事だし「アタシだけじゃなんだから、クーちゃんの事も脱がしてあげるね」って言いだすに決まってるし、多分意味ないだろうし。
あきらめの境地に達したうちが、まだ点滅してないエレベーターの上昇ボタンに気づいて、それを押そうとした時だった。
同じことを思ったミコの手とウチの手が、触れ合ってしまう。
咄嗟に手を抱えて後ろにのけぞった。それから「いや、いまさら手が触れた程度で思うことないか」と思い直して、むしろイライラがぶり返してきて、睨んでやるつもりでミコの顔を見た。
するとなぜか顔を真っ赤にして「あっ、ごめ、見ないで」と両手で顔を隠すミコにギョッとする。いや、お前そんな感じじゃなかったじゃん。
「この前チューしたときから、ちょっと恥ずかしくて、スキンシップ抑え目にしてたのに、うぅ……」
エレベーターが降りてきて音を鳴らす。
それでもウチが、ミコを見つめたまま動けずにいると――。
「えーい!」
ミコに押されてエレベーターに中にいれられてしまう。それからすぐに、ガラスに背中をつけたウチの唇に、熱いものが重なった。
人の下唇をついばんでくるミコと目が合う。程なくして唇を離したうちらの吐息が、何度も混ざり合って空気の中に溶けた。
「ねぇクーちゃん、いつもの事にしよう」
「ふぇ……?」
恐ろしいほど情けない返事しか出ないウチの口に、またミコの口が重なる。
「当たり前の事にしちゃえば、いつか恥ずかしくなくなると思うの、だから」
首を横に振ろうと何度も思った。でも目が離せない。紅潮して潤んだ瞳を向けるミコからは。
「いっぱい、しよ? 恥ずかしくなくなるまで」
痺れる脳が辛うじて出した信号が、かろうじて横に振ることが出来た首は、それでもミコを止めるには至らなくて、ウチはエレベーターが最上階に付くまで、唇を貪られ続けるしかなかった。
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