早朝。寝ぼけながら作ったトマトピザに、間違ってピクルスの代わりにキュウリを乗せて焼いてしまったところで、すでに嫌な予感はしていた。


それでも「ち、チーズとパンがあれば何でもおいしいし」と誰に言うでもない強がりを口にして平らげた後に、制服に着替えて寮を出る。足が赤レンガで舗装された道にのったところで、待ってましたと言わんばかりの顔でこちらに歩いてくるソイツを見て、ウチはため息をついた。


「先輩のところに行くんですよね、さぁ行きましょう!」

「なんでわかったの?」

「クーちゃんの事なら何でも分かるよ!」

「キモすぎ」

「そんな事ないよ! ラインの返信が途切れるのがいつもよりも速かったから、朝早いのかなぁって思っただけだよ! 用事については昨日の今日だし、先輩関連かなって!」


どのみちキモイ事に気づいてないミコは、まだ昇りかけていない太陽を指さして「さぁさぁ」と手を引いてくる。なんで朝からそんなに全開なんだこいつ。


ウチがそこから無言になったのは少なからず、あてずっぽうでもミコに内心を読まれたことに起因してるんだけど、そのまま口に出さないでいると「大丈夫? お腹さすろうか?」と的外れなこと言ってきて、それも少しウザい。あとお腹じゃなくて背中をさすれ。


それから朝練に向かっているであろう先輩の後ろ姿を見つけたワタシは、なおも大声で「ごきげんよー!」と大声を出そうとするミコの口を手で塞いでから「どーも」と一言挨拶をした。


これも当然だけどあからさまに嫌な顔をされてしまう。それからウチらの横を無言で通り過ぎようとする。ついさっきまでの自分を見てるみたいで少し顔が熱くなったけど、今はそんなことを言ってる場合じゃなかった。


「先輩がケガをした本当の理由、教えてあげましょうか?」


――だからウチは、この人が今一番いわれてイヤな事を提示してみる事にする。同時に、一番知りたいだろうと思う事を。


当然、ぴたりと止まってこちらを見た先輩の顔を真っ正面から見据える。だけど、人の視界を遮ろうと目の前でぴょんぴょんはねているミコが邪魔すぎるから、とりあえず猫掴みで後ろに投げ飛ばしておく。それから口に棒付きの飴を入れた。


「ケガをした本当の理由? そんなの知っても何も変わらない。シホはテニスを諦めたの。私とのコンビも、自分でつけたケガやウソの自殺を言い訳にして、それがすべてよ」


どうやら、先輩が自分で骨折していた事には気づいていたらしい。だけど同時に「一緒に卒業まで頑張ろうって言ったのに。嘘つき」と唇を結んで、眉を伏せる姿を見ると、それ以上の事は知らないみたいだ。いや、知ろうとすることをやめたというべきかもしれない。


立ち上がってなおも「でもお姉さま! ミコはそう思いません」と百合ムーブを続けるアホを、羽交い絞めにしながらワタシは続ける。


「顔色を変えたシホ先輩が、廊下を走っていた事があったそうですね」


それが何とでも言いたげな顔だった。構わずに私は続ける。


「もしそこに、今回の騒動の原因があったとしたら、どう思います? 気になりませんか?」


そもそも先輩の言うように、全てを諦めて部活を去りたいだけなら、普通に届けを出して部活をやめればいい。そうじゃない理由があるとしたら、ウチは一つだけだと思う。


シホ先輩はあきらめてなかったのだ。部活も、カナ先輩の事も、何一つ。


「そんな事じゃなにも覆らない、シホの裏切りは――」

「もしもそれが、職員室で見た戦力外通知だったとしても?」


彼女が血の気を無くす出来事があるとしたら、きっと部活の事だと仮定した瞬間に色々見えてきたと思う。あの日、彼女が理科室の前を通り抜ける直前に、どこにいたかも一緒に踏まえると。


先輩は、ウチの言葉に答える代わりに短い悲鳴をあげる。それから「まさか」といって口に手を置いた。


「そう、彼女はあなたとのダブルス解消の事実を、別の事実で上塗りをしようとしたんです」


我が校のテニス部はデータ至上主義だ。選手のデータを多く集めて、最適解を導き出しそれをプランニングとゲームメイクにあてる。


それは裏を返せば、指導者である顧問が個々の戦力を重んじるタイプの人間だったという事に他ならないとワタシは思った。テニスが個人競技である側面も多いし、分からなくはないけど。


そうなれば、長年のダブルスのコンビを、数字だけで簡単に覆す事も想像にかたくない。


だからこそシホ先輩は、そこで動いた。


もしもそのデータによる結果が、部室の全員に知られる前に何かあれば、彼女が大会に出れない理由が<骨折した>という事実で上書きされるから。


「でも、だとしても自殺のフリをする必要なんてないじゃない!」

「そんなことないすよ。ただケガをするよりも、その方が顧問に対する牽制になると思ったんじゃないですか」


ただケガをしただけじゃ、きっと顧問先生は「成績が悪かったから外した」と口にする可能性がある、だけど自殺騒動となったら話は別だ。


「<飛び降りの原因は顧問の方針のせいだった>と思われるくらいなら、先生も『ケガのせいでレギュラーから外した』と言うしかないでしょうし」


人間の内的なモノを無視してきた人間が、自分の体面となると急に手のひらを返してくるサマは笑えるけど、事実そうなった。シホ先輩は、事実の上書きに成功したのだ。


「それがシホさんの全てです」


溶けた飴の棒を口から引き抜きながらそう告げる。我ながらこれはサマになってるんじゃないか、と少し悦に入ってた時だった。意外な反応を見せるカナ先輩に、棒をポロリとおとしてしまうのは。


「なによそれ、私の方が本当はシホの事、あの子とずっと一緒にいたのに、どうして――気づいてあげられなかった、全部話して欲しかったよ」


――やっべー、嫉妬されてるしこれ、何なら後で目をつけられるやつだー。


え? ていうかなに?

すげぇ感情的な反応してるんですけど?


本当にシホ先輩の事好きな感じ? もしかして。

いやいやまさか、女の子同士でそんなことあるわけないでしょ。


いやでもなんか、シホの事全て知りたいみたいな言い方に聞こえるし、本当にガチ? え、仕込みとかじゃなく?


ミコはというと滝のように涙を流しながら「そうですよねそうですよね」と、しきりにうなずいて同調しているし、むしろワタシの方がおかしいのかって気がしてくる。


「――はぁ」


まずは頭を振って雑念を取り払う。それからウチの言い草にうつむいて、泣きながらでも時々上目遣いでにらんでくる先輩に、ウチはもう一言だけ置いていくことを決めた。見た目とか、言動一つで恨まれるの、正直もうめんどくさいし。


「別にアナタたちの関係に、どうこう言う気とか全然ないんで。うちらはここで手を引きますし」


そこまで言って、ミコの顔がちらつくのは少ししゃくに感じる。やっぱり感化されてしまっているのかもしれない。


「だから、うちらなんて所詮は傍観者の知ったかぶりですよ」


それは事実だ。ウチは自分の推理がすべて正しいかどうか確かめる方法はない。せいぜい、顧問の先生に追い込みをかけるくらいのモノだ。


でも、カナ先輩はきっと違う。


「だからその――本当の事が決まるのは、ここからじゃないすか」


ウチはミコを連れて校門まで向かい。それから寮に向かって遠ざかっていく足音が聞こえたのは、すぐの事だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る