承
春なのに暑苦しいのは、陽射しのせいだけじゃない。少なくとも、木陰でそう感じるのは絶対コイツのせいだと思った。
「これは百合ルール第十三条<人前で不必要にいちゃいちゃしない>です。さすが心得てますね! クーちゃんは」
「ウチが自発的に人気のない場所にお前を連れ込んだみたいな言い方やめてくんない?」
色んな部活動に助っ人で出てるだけあって、やたら顔が広いコイツにお使いメモを渡して聞き込みを頼んだのが運の尽きだったのかもしれない。
あまり人前で話す内容でもないな――と思い当たって、いざ校庭のベンチまで行くったら「手を繋いでくれるまで話しません」などと、後出しの交換条件を持ち出してきた。
「それでねぇ、私はねぇ、その時ねぇ」
「うるさい死ね、時間稼ぎは良いから早く話せ、一秒で全部話せ」
「それはさすがにむりー」
そう言いながら目と鼻の先で弾かれるように笑いだす。向かい合って両手を繋いでるからか、振動がこっちまで伝わってくる。
しかもさっきまでしなかった香水のにおいもするし、顔もよく見たら軽くメイクもしてやがるのがほんとに無理。女相手にそういう準備してるのがほんとにキモイ。
めちゃくちゃ顔を熱くしながら、人の目を見つめてくるそいつの視線から顔をそらすと「もしかして照れてる?」と聞いてくる始末だ。
「慣れてないの。誰だってこうなるでしょ、フツー」
「わたしだってやったことないけどなぁ、だって」
そこまで聞いて握力だけで手を捻ってやると、「いひゃいいひゃい! ギブギブー」と言ってきたので、素直に手を離してやった。
「それで、どうだった?」
「えーっとねぇ、その日の屋上の校舎に面したグラウンドで、部活をしてた人たちに聞いてみたけど、飛び降りは誰も見てないってー」
やっぱりそうか、科学室を少し借りて自作したルミノール噴出液を使って現場を調べてたけど、どこにも血液反応はなかった。
「えー! じゃあ自殺は
「それに骨折の原因は、別の事だったってことになる」
それを聞いたミコはうんうんと頷きながらも「屋上から落ちても意外と生きれると思うけど、その線もありかも」と素っ頓狂な事を言いながらも納得している。
「なるほど! すべてわかった!」
何か気づいたことがあるらしい。ベンチに立って、背筋をピンと伸ばしながら手を天に掲げる必要があるかまではわかんないけど。
「二人は付き合ってた、でも別れ話を持ち掛けられて、最初はケガで気を引こうとしたけどダメだった! ゆえに「自殺しようとしたどすえ」て噂を流したんだ!」
「だとしたらとんでもないメンヘラだな」
てかなんで京都弁?
そこはどうでもいいけど、ただの腕の骨折を飛び降りってことにした理由は確かに気になる。もしも、骨折すらも自分でやったのだとすると特に。
「まさか、誰かにやられた――?」
いや、半袖のテニスウェアを日常的にしてる相手に、第三者が見える場所に外傷を負わせようとはしないだろうし。仮にそうだとしても、いきなり骨折させるのは段階を飛ばしすぎている。
そういう人間に比べたら、保身の為に相手の顔色をうかがいながら、順序を踏んで少しずつエスカレートする世のいじめっ子なんてかわいいもんだ。ウチはミコに振り向いて尋ねる。
「テニス部員の様子はどうだった?」
「特に変な様子はなかったかなぁ、元々はた目から見て仲もすごくよかったしねー」
キモイけど、こういう時のこいつの言葉は頼りになるのは確かだと思う。伊達にたまにテニス部の中でラケットを振っているわけじゃないだろうし。キモイけど。
「それと言われた通り、恋人の西木先輩にも聞いてみたんだけど「知らない!」って言って、あわてながらどこかに行ったんだ。これは間違いなく恋慕のアレだよねー」
「どういう風に聞いたの?」
「ケガの件、残念でしたねーってそれとなく。ほら、多分それで出場できなくなってしまったでしょうし! 春の大会に」
そういいながら指をさす先には、たしかにいろんな行事に紛れて、テニス大会のポスターが貼り出されている。
だとしたら、そのリスクを押してまで骨折したの?
わざわざ自分から?
(本当にミコの言うように、ダブルスの相方を思ってこんなことを企てたの?)
ふと頭を上げると、掛け声と一緒にボールを打つ音が聞こえてくる。ワタシはふらりと足を運んで、フェンスに近づいていた。
(でも本当に思ってるんなら、一緒に大会に出たいって思うモノじゃないの?)
フェンスの向こう側にいる西木カナの事を見やる。ポニーテールを揺らしながら、コースの際どい部分に突き刺さるボールを拾う動きには、気後れなんて微塵も感じさせない。
それからすぐにマネージャーの元に駆け寄り、ボードに記載されたスコアの推移について検討している。デュースサイドやバックハンドエラー率も、事細かに記録されているの学校では有名な話だし、それも含まれているかもしれない。
ここまで考えて、隣に立っていたミコが「むー」とふくれっ面をしてる事に気づく。それから「見ちゃダメ!」と言いながらワタシにつかみかかろうとしてきた。
「はぁ!?」
「百合ルール第二八条<女の子はみんな先輩に言われたらとりあえずキスをする生き物>なの! 見ちゃダメ!」
「トンデモ理論を勝手に世界の女子の標準規格にすんな」
さめざめと涙を流しながら「このままじゃクーちゃんが先輩の毒牙にかかっちゃうー」と大声を上げるミコと揉み合っていると、騒ぎを聞きつけたテニス部員に捕まえられて私たちは校舎の中に放り込まれた。
「むぎゅ」
「あーもー、最悪なんだけど!」
よりにもよって職員室の前に投げ込まれてる。だからじゃないけどあわてて立ち上がったウチは、スカートのほこりを払いてから手鏡で髪を整えていく。黒髪ロングだからいじるところはあまりないけど、前髪は気になるし。
「はっ、そういえば」
特に身支度を整える事なく立ち上がったミコは、理科室の方を指す。そのまま持ち前のパッチリした目で見られると、自信たっぷりな感じがしてムカつく。
「なんか、シホ先輩が理科室の前を走ってたって話、誰かに聞いたよ! すごく血相を変えてたって!」
「いつ?」
「一週間前くらい!」
自殺騒動の少し前くらいかな。なるほどね――。
それから思い出したかのように「うう、ごめんねー。クーちゃんテニス部に嫌われたかもー」とすがり付いてくる。それを見て私はため息をついてから応じた。
「いいよ、大体わかったから。もともと仲良くないし」
「だよねー! 世界中でクーちゃんと仲がいいの私くらいだもんね!」
「殺すぞ」
「いや、今のは愛情表現なので!」
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