桂葉シホと西木カナの場合

「この二人って付き合ってると思わない!?」

「思わない」


わたしがにべもなくそう告げると、そいつはあした世界が滅ぶみたいな表情を見せながら、大げさに三回転半を決めて地に倒れ伏した。今いる場所が天然芝が敷き詰められた屋上じゃなければ膝をすりむいていたと思う。いっそのこと全身打撲にでもなればいいのに。


「でもでも! ここから飛び降りたんだよ! 三年B組の桂葉シホさん! よっぽどの理由があるって!」


それがどうして相思相愛のそれになるのかがわからないんだけど。あと顔が近い。


「死んだ人に失礼でしょ」


私の言葉にミコはなぜか胸を張った。それから「死んでないんだなこれが、なんと腕の骨折だけで済んだ」と言い切るところを見るに、どのみち失礼な事には気づいてないらしい。


「だとしても、発見者の西木さんとそういう仲だったなんてことなくない?」

「なるよ! だって二人ともテニス部なんだもん!」


どんな脳みそしてるんだこの女は。女子のみで構成されたサッカーチームが全員カップルだとでも言うつもりなのか。


目をキラキラさせながら「絶対そうだよー」と、プリクラでしかしないような羽根ハートを両指で組んで作りながらフラフラ踊っている。セーラー服の名残を残すジャンパスカートのすそと、ついでに西洋人形のように切りそろえられたサクラのように色素の薄い髪がふわりと舞った。


たしかに女子校だし、そういった噂も聞いたりもするけど、実際あるとは思わない。都市伝説のようなものじゃないかと思ってる。


私自身、ここに二年間いて、そんな感情になったことないし。女子同士で付き合うなんてあるわけない。


「でも、周りの女の子が全員実は付き合ってると思いながら、生きてる方が幸せでしょ!?」


幸せのカタチは人それぞれなんて言葉があるけど、こいつの幸せはどこかおかしい。ウチがベンチから立ち上がったのを見て、抱き着こうとしてくるし。とりあえず巴投げで投げ飛ばしておく。


「うっ――それとそれと、二人はダブルスを組んでるし、自殺未遂の理由も不明だし、これは多分、別れ話の口論の末に飛び降りを図ったんだよ!」


起き上がりながらもなお、ピンと来ない事を並び立ててくるミコは無視して、ワタシは文庫本を片手にあくまで個人的に気になる事の為に柵の方にむかった。


「どこが骨折したって?」

「え? アタシなら無傷でぴんぴんしてるよ。見る? 見たい!?」


こちらの返事を待たずに制服の裾を持ち上げて、赤いレースの派手な下着こと汚物を見せながら、黒いタイツの向こう側にある腹が立つくらい綺麗な足を見せつけてくる。


「誰もお前の事なんて心配してない、さっきの自殺しそうになった子の話」

「あぁ、腕が折れたんだって、しかも片腕! ラッキーだよね~」

「本人はいまどこに?」

「家で安静にしてるって」


下をぼんやり眺めてみるけど、四階からの眺めは校門横にあるバラ園が見える以外はただただ殺風景だ。障害物らしきものは一切ない。


死ぬつもりで落ちたんだから、頭から行くものだと思ってたけど、腕か。仮に空中で縦に回転したとしても、片腕だけが折れるなんてことがあるかどうかも怪しい。少なくとも足からいきそうだ。


「そんなことないよ! 愛する人とのダブルスを続けるために、きっと利き腕だけは守ったんだよ!」


利き腕とか関係ないだろ。その時点でレフェリーストップになるわ。片腕折れながらテニス続けるとかどこの少年マンガだよ。


それと家で安静にしてるのも少しだけ怪訝な話だ。ウチが親なら、再発防止の為にも不特定多数の誰かがいる、たとえば病院にでも無理やり入院させたいけど。


「そんなことないよ! 愛する人と少しでも近くに居たいから、家を選んだんだよ!」


論理的な破綻をしてるバカは置いておいて、どれも違和感の欠片にすぎないけど。なにかがおかしい、そんな気がする。


「――すこし聞いて回ってみるか」


そう口にして、ウチは文庫本を閉じた。

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