結
それからの事を少し話すと、シホ先輩は無事に学校に戻ってくることが出来た。
あと数週間は片手しか使えないらしく、不便な事も増えたらしいけど、その分カナさんが付き添ってくれることが増えたらしい。それをうっとりしながら三十回も語ってくるミコが煩わしかったのでよく覚えてる。壊れたラジオかおまえは。
それとテニス部の顧問も、なぜか部活の方針を緩和した事で話題になった。テニス部総出で、退部届片手に詰めかけた話を聞くと、何となくなにがあったか想像はつくけれど。
自殺騒動の真相が、どれだけ学校側と生徒側の内々に浸透してるかは分からない。でも学校側が何も言わないのを見ると、少なくとも決議は先送りにしてもいいだけの執行猶予はもらうことが出来たようだ。
色んな意味で見ても、彼女の本当の戦いはこれからなのだろう。
もしかしたらまた二人が一緒にコートに立てる日がくるかもしれないと、考えてしまうのは楽観視が過ぎるとは思うケド。
「やっぱり二人は付き合ってたんだ!」
――ただ、いまだに進歩しないやつが一人、うちの目の前にいるけど。
「いや、それはなくない?」
「でもでも、見たでしょ。二人があんなに思い合ってたところ! これはもう付き合ってた以外で合理的な説明は無理だね~」
いくらでもあるだろ、実は姉妹だとか、実は親戚だとか。
「自分で言ってて、ちょっと無理があるって思ってるでしょー?」
「そ、そんなことない」
実際、思い合っていたかどうかと聞かれたら、確かにイエスだけど。それで付き合ってたと断じるのは少し早計じゃん。だって、恋人って事は手を繋いだり、キスしたり、それから、ぁあああああ――。
――女の子同士でそんなの有り得ない!
それからは口をつぐんで、ひたすらナポリタンをすするうちの姿に、なぜか気をよくしたのか、同級生百合の何が良いかをさらに語り始める。
「キスしたら最後、毎日クラスで顔を合わせてしまう度に照れちゃうんだよ! 思い出して!」
「うるさい」
食堂だし、みんな見てるからさすがにナプキンを丸めてミコの額に投げると「あうん」とか妙になまめかしい声を出して、大人しく椅子に座った。
「でもでも、やっぱりクーちゃんて優しいよねー」
テーブルに残った水滴をなぞって伸ばしながら、そんなことを言ってくるミコに「は? なんで――」と素直な疑問を呈する。
「だって、うちの話を真剣に聞いて、みんなの為に問題解決してくれたし」
「べつに、お前らの為じゃない」
「じゃあなんで、調べようとしたの?」
「ミコのバカな言葉を打ち負かしたくてだよ。女同士で付き合うなんてこと、何年たっても永遠にありえないから」
つい顔をそむける私に「えーそうかなー」と疑いの眼で顔を覗き込んでくるけど、うちの答えは変わらない。
まぁ結果は引き分けだけど。ミコだって付き合ってるかどうかは証明できないし。なによりウチが口を閉ざせば、うちの気持ちを可視化なんてできっこない。この話題は平行線のままだザマーミロ。
「あっ!」
唐突にミコがテーブルの真ん中を指さしてくる。だけどそこには別になにもない。さっきまであった水滴すら、すでに見えないように見える。
「よく見て―、ほらここ!」
仕方なくうちは腰を浮かせてから、前のめりになってミコの指の先を凝視する。よく見たら絵でも描いてあるのかと思って。そろそろ文句でもつけようかと考えた、その時だった。
「――ち」
かろうじてそれだけしか発する事しかできなかったのは、少なくとも驚いただけではなかった。
ただ目の前にミコの顔があって「まつ毛もうすくて綺麗だな」とか「なんか磯の香りがするな」とか、どうでもいいことを考えているうちにそれは終わっていて、キスされた事に気づいたのは、ミコの一言のせいだった。
「実は全部、あたしの事が好きだからとか? だって顔真っ赤ー」
ち、ち――。
「ちがーーーう!」
うちはミコがバリケードに使ってたであろう大きいお盆をひったくって、脳天にそれを叩き込んだ。それから即座に席を立って早歩きで食堂から出た。
後ろは騒然としてるし、ミコは性懲りもなく「まってー」と鳴いてるけどもう知るか!
「キスしちゃった……」
ただ彷徨うように、人目につかない場所を探して辿り着いた非常階段。始業開始のベルが鳴るまで、うちはただそこにかじりつくしかなかった。
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