第14話 「電車の中は誘惑ない分、話が濃密になる」

黄色い車両の床に影が2つ写し出されて揺れる。

現在の時刻10:11。



「きょ……、今日はよろしくね」

「はい! こちらこそ、よろしくお願いします!」



僕らは真ん中より少し後ろの車両に乗り込み、空いている席に並んで座っている。

昨日、レイカと並んで乗った時はなんともなかったのに、今日は鼓動が脳天まで響く。

ユイさんに、この音が聞こえてないか心配になるくらい大きい音量だ。




「私普段、一人で出かける事が大半なので、久々にこうやって誰かと出かけるから、昨日の夜、寝付くまで時間かかっちゃいました」


ユイさんは少し頬を赤らめながら、軽く「えへへぇ~」と後頭部を撫でた。


「そ、そうなんだ。ユイさんって、友達が多そうだから、休日はクラスの友達や、小・中学生の頃の同級生と遊んだり、週末に約束して、どこかへ出かけたりしてそうだから、少し意外だね」

「あっ、、、えぇっと…………、友達とはあまり遊ばないですね。一人で何処かへ行くのが好きなので……」

「そうなんですね」




会話が途切れた。

沈黙が続く。



僕が年上だから、何か話題を振らなければ……。



そう、頭に信号を送り、何かを捻り出そうとするが、何も頭に浮かばない。

いつも、漫画のネームを描こうとする際に、筆が進まないのと同じように、、、



情けなさで、僕の心に自己嫌悪の波が押し寄せる、、、、


そんな感じで僕の頭がウダウダしていると、ユイさんが話をフッてくれた。




「そういえば、今日はどこへ行くか、ちゃんと決めましたか?」

「え、、ええっと、映画に行ければと……」

「いいですねぇ~。何か、見たいものでも?」

「う、う~んと、普段映画を見ないから、何がやっているのか全然わからないんだ……」

「へぇ~、じゃぁ何で映画に?」

「そ、それは……、この間、ユイさんから映画について質問された時、、『最後に映画へいったのがいつだったか分からない』って言ったでしょ……」

「た、確かに言ってたような、、、」


ユイさんは覚えてないようだ


「うん……、まぁ、そう答えたんだけどね、、、、まぁ、それはいいや。ええっとね、これはたぶんでしかないのだけど、僕が幼稚園児だった頃に1回、映画に行ったはずなんだけど、その時の記憶がないんだ」

「へぇ~。それはまた、長いこと行ってないんですね。高校生の時に友達と行ったりはしなかったんですか?」


息が詰まる。

その頃の僕は、絶賛引きこもりの真っ只中。

映画以前に学校へすら行っていない。

けど、これを話して雰囲気が変になるのも嫌だ。




「………………い、行ってない……」

「まぁ、私も一人でしか行かないので、変な事ではないと思いますよ!」

「そ、そうかな。まぁ、でも、そんな訳だから映画という場所に行ってみたいな、、、と思った次第です。それに、映画を見る事は漫画家になる上で大事って聞いた事があるし、、、だから、映画館に行って、見る作品を決められばいいかなと…………」

「確かに映画はフィクションだろうが、ノンフィクションだろうが人が創作した物語ですからね。これを見る事によって参考になりますし、見て損をするという事はない、と私は思いますよ! 一昨日にお話しした、『インプット』の王道ですからね。けど、何も決めていない状態で映画に行くはおすすめしません」

「えぇっと……、ど、どうして?」

「もちろん前情報無しで、映画館に並ぶキービジュアルからなんとなく選んだ作品を見て面白かったら大成功だと思いますし、そうやって映画を見る人も大勢いるので否定はしません。けど、それでもし自分の肌に合わない作品で、耐えきれなかったらどうしますか? もし、前情報を見て気になるから行ったけど肌に合わないという事もありますが、その時は見たくて来たので、是が非でも最後まで見ると思います。けど、いきなりで見たのなら、そこまでの思い入れもないので途中退席をする可能性を否定できません。それに映画館によって上映される映画が違います。Aの映画館で見た後、Bの映画館の前を通った時、もっと気になる映画があったら悔しくありませんか? まぁ、これについては、その場でもう一度見たり、また見に行ったりすれば良いですけど!」

「た、確かにそうだね……」

「それと、最近はネット上で前売り券を買えるんですよ! 通常料金で見るより安いし、ポイントも貯まるのでお得です。それに、前売りを買うと『見たい映画があるんだけど、気づいた時点で公開が終わりそうだしいいや……』って見たかったのに見ないという失態をおかすこともないのです!! ええっと、色々と話すぎてしまいましたが、私が言いたい事は、映画でインプットをする時は、見たいと前々から思っている作品でした方がよりより濃厚なインプットができると思うのです! それにそっちの方が楽しいですし、お得で一石二鳥以上なんです!!!!! 」




ユイさんはグイッと僕に顔を近づけ、力強く、また、自信満々に話した。




「す、すごい分析力だね」

「えっ? 大体みんな、こんな事を考えてるんじゃないんですか?」

「か、考えてないと思うよ……たぶん……」

「へぇ~、まぁ、そんな事はどうでもいいです。けど、今日はシュウさんの言った映画に行きましょう! 私は普段、そんな感じで映画を見ているので、行っていきなり決めるなんて事をやったことないから、経験してみたいです!!」



顔を僕から離したユイさんは、口角を上げ、太ももに対して人差し指をリズミカルに振り下ろしていて、楽しそう。

とりあえず良かったと僕は胸をなでおろした。



この後は、少しユイさんと横並びになる事に対して慣れたのか、レイカと話すまでとは言わないものの、それなりに会話はできたと、個人的に自負している。

まぁ、元々のコミュニケーション能力が並以下だから、アレだけど、、、




そうこうしているうちに、電車は終点、池袋駅に着いた。

ドアが開くと練馬あたりからすし詰め状態になっていた車内に、新鮮な空気が入り、人が一気に流れ出る。

まるでぷよぷよが連鎖で、一気に消えたような感じ。


車内の人はまばらな状態になった所で僕らも席から立ち上がり、フラフラとした足取りでホームへ降りた。

僕は目の前の柱を確認すると、そこに手をつき腰を曲げる。

酔っ払った人が地面に吐くような格好だ。



「だ、大丈夫ですか?」

「ご、ごめん……。普段、満員電車に乗る機会がないから、人混みに酔っただけ……。少し、この体制で休んでいれば大丈夫だから……」

「もしかして、家の近所に大学があるんですか?」

「だ、大学というか、僕、一応…………社会人……」

「あっ、そ、そうだったんですか!? な、なんかすみません……」

「いいよ、別に……。そういえば、まだ話してなかったね……。普段はフリーで在宅ワークをしてるからあんまり、外へ出ないんだ……」

「へぇ〜、そうだったんですか! どんな内容の仕事をしてるんですか?」

「お、おじさんがイラストの仕事を回してくれるから……、それを描く感じかな……」

「という事は、プロのイラストレーターじゃないですか!! すごいじゃないですか!! 」

「ぷ、プロと言っても、ほとんどおじさん経由だから…………ほとんどおじさんの社員みたいな感じだけど……」

「それでも凄いんですよ!! もっと胸を張ってください!! 」

「そ……、そうかな? 」

「はい!!」


ユイさんは満面の笑みでそう答えた。

そうこうしているうちに、気持ち悪さも引いたので、僕らは改札を出て駅をあとにした。

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