第13話「妹の意見と茄子の花は千に一つも仇はない」
瞼の上からは青白い光が刺さる。
耳にはスズメの鳴き声がこだまする。
まだ、目は開かないが意識は徐々にはっきりしてくる。
僕は布団から右腕を出し、鳥肌を立たせながら枕の近くにあろう目覚まし時計を手探る。
すると、右手の人差し指に「コツン」とプラスチックの感触が伝わったので、手を広げそれを掴んだ。
そして、開かない瞼をマジックテープをベリベリするように、無理やり剥がしした。
今の時刻は06:58。
時計が鳴り響く前に目覚めたようだ。
アラームボタンを「OFF」にする。
僕は枕から頭を上げた。
背中が布団から離れると、冷気が当たって、小動物のように身震いを起こす。
「はぁ」と息を吐くとうっすら白い。
今日も寒いようだ。
手を伸ばし、布団の上に畳んで置いてあるジャージを掴むと、カーディガンさながら、肩にかける。
もう一度深くて白い息を吐き、両頬を叩くと布団から足を出した。
そしてベッドから立ち上がり、手をスリスリと摩擦で温めながらリビングへ向かった。
「おっはよー! お兄ちゃん♪ もうすぐご飯ができるよ」
レイカは右胸辺りに黒いウサギのアップリケが付く、クリーム色のエプロンを身につけながらフライパンを凝視している。
食卓には、まだ何も並んでいない。
「コーンスープも飲む?」
「、、、、飲む」
僕は食器棚から底の浅めなマグカップを2つ手に取り、ワークトップに置く。
蓋の上からチラッとフライパンの中を覗くと黄色みががった食パンが入っており、網目の焼き焦げが付いている。
シンクには卵をかき混ぜるために使ったであろうボウルが置いてあった。
今日はフレンチトーストのようだ。
僕は再び食器棚を向き、パンを買った時についてくるポイントシールを貯めて交換した、白いお皿を2つ持ち、それもワークスペースに置いた。
「これで大丈夫?」
「うん! ありがとう、お兄ちゃん!! 」
そんなレイカの言葉を聞きながら、フライパンの隣のコンロに置いてある手鍋を握ると、水を入れてお湯を沸かす。
そしてキャビネットからコーンスープの素を取り出し、マグカップへ入れる。
とりあえず、僕がやるべき作業はひと段落ついた。
なので、ボーっと、まだ半開きの目をこすり、軽くあくびをしていると、レイカはフライパンの蓋を空けた。
すると、湯気がもくもく上がる。僕が朝、布団から出る時に吐き出した白い息よりもクリアで綺麗だ。
それに、はちみつの匂いも鼻を通りお腹の動きが活発になる。
僕がワークスペースの皿をレイカに渡すと、片手に持っていたフライ返しでフレンチトーストを滑り入れる。
もう一枚も同様の事をすると、隣でお湯を沸かしていた手鍋が大きな音をあげた。
急いで火をとめマグコップへ注ぎ入れる。
そして僕はコンスープを、レイカはフレンチトーストを持って食卓へ向かった。
「「いただきます」」
手を合わせてそう言うと、ナイフをフレンチトーストに通した。
切れ目にはちみつが垂れる。
「どう、お兄ちゃん。味大丈夫?」
「うん、美味しいよ」
そんな会話をしながら食べていると、レイカはコンスープに口をつけ、嬉々としたトーンで聞いてきた。
「そういえばお兄ちゃん。今日のデートは何するか決まった?」
「デートじゃないってば…」
「男女が休みの日にわざわざ約束して、一緒にお出かけすれば、それはデートになるのだよ!」
「いやいや、デートっていうものはお付き合いしている人同士が出かけることでしょ」
「デートというのは、曖昧な言葉なのだよワトスン君」
「……何故いきなり、シャーロック・ホームズ……」
「おっ!? ホームズだってよく分かったねぇ~。本に触れてこなかったお兄ちゃんの事だから、ホームズの事も知らないかと思ったよ!」
「さすがに引きこもる前に読んだよ」
「ふ~ん。じゃぁ、エルキュール・ポアロも?」
「そっちは知らない」
「ふっふ~ん♪ お兄ちゃんはまだまだだなぁ~。レイカの勝ちぃ~♪」
昨日からレイカは上機嫌。
今日もすっごく楽しそう。
「別に勝負してない……。で、デートという言葉は曖昧ってどういうこと?」
「あっ、すっかり忘れてた!?」
レイカは「あちゃ~」と言わんばかりに右の手の平で頭を小突く。
「えっとね。お兄ちゃんの言う『お付き合いしている人同士が出かける事をデート』っていうのは確かに正解。だけどまだ恋人関係になっていない。いわば『友達以上、恋人未満』の二人のお出かけもデートと言えるし、夫婦というお付き合い以上の関係になった2人が出かけることもデートと言う。ね、曖昧でしょ!!」
「はぁ……」
「だから、お兄ちゃんの今日の予定はデートと言ってもおかしくはない」
「けど、今回は今まで僕がインプットを怠ってきたから、それを補うために行くだけで、仕事ではないけど、勉強に近い気もするからデートとは違うような……」
「お兄ちゃんはそう思っているかもしれないけど、周りの人がお兄ちゃんとユイちゃんが行動している姿を見たらどう思うかな? それに、少しでもお兄ちゃんに対して嫌悪があるのなら一緒に出かけないだろうしね!」
レイカは「論破した」と言わんばかりの満足げな表情で、そう宣言した。
僕の鼓動が少し早くなる。
この後もレイカは色々と話していたが、脳はもちろん、鼓膜も話を聞けるような状態じゃなかったために、内容は全くもって入ってこなかった。
ギリギリ、必要そうな場面で相槌を打つ事が出来たため、それでお茶を濁した
そうこうしていると、フレンチトーストも食べ終わり、シンクへ食器を持っていく。
二人でキッチンに並び、僕がスポンジで汚れを落とし、洗剤を洗い流すと、妹がその皿を受け取り、布巾で拭いて水切りかごに並べる。
そして、一通り洗った僕は蛇口を止めた。
「あとはレイカがやっとくから、お兄ちゃんは準備してきな」
「うん。ありがとう」
僕は脱衣所へ向かい歯を磨き、顔を洗って、ドライヤーを当てた。
全て終わり、鏡に視線を向ける。とりあえず、首より上は無問題。
次は部屋へ行き、タンスを開ける。
胸部に読もうとしたことがない、桃色で薄ら英語が書かれた白Tシャツを着る。
上からは黒いパーカーを羽織った。下はもちろんデニム。
そして、昨日も使った、灰色のショルダーバッグを開き、財布、携帯など必要な物が入っていることを確認すると左肩から右に向かってかけた。
僕はリビングへ行く。
レイカはスマホ片手にソファへ座り、ヒラヒラな服を着た女の子が肉弾戦で悪に立ち向かうアニメを見ている。
「どう?」
「うん、お兄ちゃんがいいなら、それで正解だと思うからいいんじゃない。それよりも防寒対策は大丈夫?」
「大丈夫」
「ならよし!」
妹はグッドサインを作ると再びテレビに視線を戻した。
まだ、待ち合わせ時間まではそこそこあるので、僕もレイカの隣に座りテレビに目をやる。
数分後、場面は一転、アイキャッチが入り、玩具のCMが流れ始めた。
「これって、小さい子が見るアニメじゃないの?」
「ふっふ〜ん。甘いな お兄ちゃん! 甘すぎる」
「はぁ……」
「確かに、「魔法ヒロイン キューティーミラクル」という作品は、女児向けアニメだよ。だけど、面白さで言えば、深夜アニメに引けを取らないのだよ!」
「そ、そうなんだ……」
「なんか不満そうだね。昔は一緒に楽しんで見てたのに! 」
確かに小さい頃、日曜の朝はレイカとアニメを見ていた。
そして、面白かった思い出。
そんな事をレイカに気づかされた僕は、アイキャッチが再び映るテレビに視線をやった。
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15分後、もうエンディング。
「どうだった、お兄ちゃん? 」
「お、面白かったよ」
「でしょでしょ〜♪ 子供向けだからってバカにはできないんだよ!! 」
「うん、そうだね」
「じゃぁ、来週も一緒に見よ!!」
「か、考えとく、、、、」
「もぉ〜、つれないなー」
レイカはプスーと唇を尖らせる。
確かに、最初は「子供向けでしょ」なんて思っていたが、普通に面白かった。
来週も、レイカと一緒に肩を並べて見るのも悪くない。
そんな事を考えていると
「ほら、お兄ちゃん!! レディを待たせちゃいけないよ!! 準備ができたのなら、早く行かないきゃ!!」
「そ、そうだね、、、」
「それじゃぁ、お兄ちゃん! デートいってらっしゃ〜い♪ 今日は赤飯炊いとくね!!」
「い、行ってきます」
デートについてや、赤飯について、言い返そうとしたが、また言いくるめられる気がしたので、グッと喉から出てくる言葉を噛み締めて、家を出た。
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