第12話「蒔かぬ種は生えぬ」
外から、灯油販売のトラックのアナウンスが聞こえる。
僕は瞼を開いた。
寝ぼけ眼でスマホを手に取る。
10:13
少し寝すぎたようだ。
でもしょうがない。
昨日は外に出て、ユイさんと面と向かって話をしたのだから。
仕事の打ち合わせに行って、人と話した後はドッと疲れるので仕方がない。
そう自分に言い聞かせ。布団からモソモソと外へ出た。
今日は肌寒い。
僕は椅子に掛けられていたジャージを手に取り、袖を通す。
部屋を出てリビングへ行くと、レイカはソファでニーソックスに足を通しながらテレビを見ていた。
僕は鍋に水を入れ、コンロに火を灯しながら、レイカに話しかけた。
「おはよ……。どっか行くの? 」
「おはよー、お兄ちゃん。うん、出かけるー! ご飯は昨日の残りがタッパーで冷蔵庫に入ってるから、それでどうにかして」
「分かった……何処行くの?」
「好きな少女漫画の原画展に行くの! 」
「ふーん。一人?」
「もちろん! 一人で行った方が見たいものをゆっくり見れるからね! 」
「へぇ~、気をつけてね」
僕はそう言うと食器棚からマグカップとインスタントコーヒーを取り出し、いつも通り2匙入れようとした所で、ユイさんとの昨日の会話を思い出す。
「経験が面白い漫画を描くための財産になる」
そんな言葉が脳内に、新聞の見出しのように大きく表示される。
僕はそんな言葉を反芻すると覚悟を決め、大きく息を吸い
「僕も一緒に行っていいかな?」
そんなことを口にした。
レイカは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする
「お、お兄ちゃん!? お兄ちゃんから外へ出たがるなんてどうしたの? 熱でもあるの? それだったら、部屋に戻って寝てな!! まだ展示はクリスマス辺りまで続くから、今度行けばいいし看病するよ」
そう言うと僕に近づき、腕を伸ばしておでこに手を当てた。
「ね、熱なんてないよ、、、、ぼ、僕も行ってみようかなって思っただけ。漫画のことだし」
「ふ~ん。まぁ、熱がないんだったらいいや。いいよ、一緒に行こ!」
レイカはとびっきりの笑顔になると、ワントーン高い声で、そう告げた。
「行くんだったら、早く着替えてきてね、お兄ちゃん! すぐに食べられるよう、レイカはおにぎり作っておくから」
「分かった。ありがとう」
僕は部屋に戻ると、タンスを開けた。
パジャマを脱いで、手に取った白い長袖を着る。
そして上から、黒いパーカーを被った。
下は紺のデニムを履き、灰色の肩下げバッグを手に取るとリビングに戻った。
食卓には白い皿におにぎりが3つ乗っていた。
三角形の底辺から真ん中あたりにかけて、海苔が巻かれている。
「本日の具材は、左からのりたま、塩昆布、ゆかりでございます」
レイカが、どこぞのシェフのように、一礼する。
「あ、ありがとう、、、、い、いただきます」
僕はそう言いながら、手を合わせて食べ始める。
個人的には、ゆかり味が一番好きだった。
食べ終わり、皿を洗おうとキッチンへ行くと、アニメを見ていたレイカがテレビを消してやってきた。
「私が洗っとくから、歯磨いてきちゃいな」
「うん、ありがとう」
僕はレイカの言葉に甘えて、洗面台へ行った。
小さい頃、母とハンバーガーショップに行った時におまけで貰った、エメラルドの色をしたコップから、水色の歯ブラシを手に取る。
そして、歯磨き粉をつけると、歯を痛めつけない程度の優しさでよく磨き始めた。
前歯、奥歯、上の歯、下の歯、表面、裏側、横っちょ。すべて磨き終えるとうがいをし、顔を洗った。
最後にドライヤーを髪に当てレイカのもとに戻る。
廊下を歩いている時、家の中でも少し寒く感じたので、僕は一旦自分の部屋により、灰色のマフラーを持ってリビングへと足を進めた。
「準備できたよ」
「うん! それじゃぁ、行こ……って、お兄ちゃんは先に靴履いてて! レイカも持ってくるから!」
そういうと、レイカはドタドタと床を鳴らしながら自分の部屋に飛んで行った。
僕は、「何を持ってくるの?」と思いながら玄関へ行き、青いスニーカーを履いた。
すると、後ろから先ほどのドタドタが、また聞こえた。
「よーし、今度こそレッツラゴー!」
玄関へやってきたレイカは桃色のマフラー巻いていた。
母が生前、僕とレイカのために手編みしてくれた、分厚目マフラー。
「あっ、マフラー持ってきたのね」
「うん! お揃い! 」
レイカは口角を上げ、白い歯を見せた。
「「行ってきます」」
と、2人同時に声をあげ、ドアに鍵を挿しロックするとエレベーターへ向かった。
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僕らは風が冷たい道中を歩き、駅へ向かった。
ロータリーを過ぎ改札をぬけ、池袋方面の電車に乗り込む。
現在の時刻は11:00過ぎ。
車内は疎らに席が空いているが、窓際に立っている人が席に座れば綺麗に埋まる感じだ。
「どこで原画展やってるの?」
「東大の近くにある美術館だよ♪」
「へぇ〜」
電車の中は少々暖房が効いていて暑く感じたため、マフラーを脱ぎながら、レイカに問いかけた。
今日のレイカは上機嫌なのか、鼻歌まじりで膝の上に置いたハンドバッグを叩いている
「そういえばお兄ちゃん。私のお出かけに付いてくるなんて珍しいね。いつもは出かける時間があったら絵を描いてたいって引きこもっているのに」
「ええっと……。漫画の原画展だから何か参考になるだろうし、インプットするのも大事かなぁ〜と思って」
「インプットねぇ〜。……もしかして昨日、ユイちゃんになんか言われたの?」
レイカは半目で口を尖らせながら、そんな事を言った。
背中に脂汗が吹き出し、少し体がひやっとした。
「な、な、なんで分かったの?」
「そんなのわかるに決まってんじゃん! まず、私の出かけ先についていくる時点で何かがおかしいもん! それに『インプット』なんて言葉お兄ちゃんから出てくるわけないじゃん。 お兄ちゃんは語彙力ないんだから」
「そ、そんなことないと思うけど……。もう、21歳だし」
「年齢は関係ないよ! だってこれは、どれだけ本や漫画、新聞。最近だとネット小説みたいな読み物に触れたかどうかだもん。それを考えた時、お兄ちゃんはレイカが貸してあげた漫画以外読まない。そんなお兄ちゃんに、インプットなんて言葉。ましてや発想が思い浮かぶわけないじゃん! 」
「…………そうですか……」
僕の心をレイカの言葉が皆中する。
「お、落ち込むことないよ、お兄ちゃん! 確かに今までは読んでこなかった。けど、これから読めばいいんだよ! 今からじゃ取り戻せないものもいっぱいあるかもしれないけど、本や漫画を読むってことは今後の人生でもできることだよ! だから、これから過去の分も読めばいいんだよ! それにまだ若いんだからこれからだよ!」
レイカは僕の頭をポンポンしながら、そう口にした。
この後、東大前駅に到着するまで、レイカに昨日のことを根掘り葉掘り聞かれた。
東大前駅に到着し下車。
時計を見るとちょうどお昼だったので目に入った喫茶店でランチをとったり、目的である美術館で原画展を見て回ったり、デパ地下のお惣菜コーナーで夜ご飯を調達したりと、レイカとの時間を楽しんだ。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、気づけばもう夜。
ご飯なども一通り済ませたので、自分の部屋入って、2時間ほど作業をしていると、口が自然と大きく開き、体が眠いと伝える。
もう、この状態で作業しても仕方がないと思った僕は、データを保存し、ベッドに倒れ込むと今日の出来事を思い出した。
そういえば、こうやってレイカと二人で最後に出かけたのはいつだったろう?
引きこもってからは、おじさんから仕事をもらうまで、まともに家を出なかった。
でも仕事をおじさんに回してもらってからも、打ち合わせ以外で外へ出ることは滅多にない。
そうなると、引きこもる前か?
けど、だったら家族で出かけているはずだ……
あと考えられるのは母の葬儀関係か。けど、これはお出かけとは少し意味が変わってくる……。
もしかしたら、レイカと二人でこういったお出かけたのは初めてかもしれない。
今日のレイカはすごく楽しそうだった。
たまには一緒にどこかへ行くのも悪くない。
そんなことを考えていたら、いつの間にか瞼が沈み、考えることをやめていた。
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