第11話「艱難汝を玉にす」
「いらっしゃい!! おっ、ユイちゃんじゃないか! 今日は彼氏と一緒かい?」
お店に入るやいな、店主らしき、20代後半〜30代くらいであろう男性が、そう口にした。
「違うよ、大輝にぃ!! あっ、シュウさん、紹介しますね! この人は、ここの喫茶店の店主をしている、小野大輝。私の従兄弟です!」
「初めまして、紹介された通り、ここの店主をしている小野大輝。ユイと仲良くしてくれて、ありがとうね!」
「いえいえ、、、、えぇっと……僕は、菊乃シュウと言います。初めまして、、、」
「よろしくね! シュウくん!!」
「はいはい、じゃぁ、自己紹介はこれくらいで、私はブレンド頼みますけど、シュウさんはどうします?」
「あっ、ええっと……じゃぁ、同じので、、、」
「はいよ。ブレンド2つね。今、準備するね!」
「よろしくね、大輝にぃ! それと、今日は大事な話をするために、ここに来たから、コーヒー持って来たら、すぐにカウンター戻ってよね!!」
「はいはい、わかった、わかった」
そんな会話をした後、窓際の2人掛けのテーブル席に小野さんと座る。
そして上着を脱ぎ、筆記用具やメモ帳をリュックから机に出していると、マスターがブレンドと、サービスにスコーンを持って来てくれた。
「それじゃぁ、ゆっくりしていってね、フフフッ」
「ちょっと! 早く、戻ってよねっ!!」
「はいはい、わかったから」
大輝さんは一礼すると、カウンターに踵を返した。
準備も整い席に着く。
沈黙が続く。
他にお客はいない。
聞こえるのはマスターの豆を挽く音だけ。
僕は目線をあげる。
小野さんと目があうが2人で逸らしてしまう。
僕は大きく深呼吸をしてマグカップに口をつけると、意を決した。
「え、ええっと……。この間の一緒に漫画を描くっていうお話ですけど…………」
「はい!」
「……………………まだ、気持ちが変わっていないようだったらでいいんですが…………、一緒に小野さんと描かせてい頂きたいのですが、、、、、」
僕の鼓動が小野さんにも聞こえんばかりの音をあげる。
そして、机を向いていた視線を上げて、小野さんを見る。
「本当ですか!! ありがとうございます!!!!! 1週間近く返事がなかったので、嫌われたかと思ってましたよ」
「ご、ごめんなさい」
「それに、今の間は、なんなんですか!! 断られるかと思いましたよ、今のは!!」
「す、すみません」
小野さんは安堵した表情をした後、笑っている。
とりあえず、良かった。
「いえいえ、こっちから、ふっかけたお願い事なので、大丈夫ですよ! そんな謝らないでください!. これから一緒に頑張りましょうね!!!」
「は、はい。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします! あ、それとメッセージでも言いましたが、私の方が年下なので、そんな畏まった喋り方をしなくていいですよ。もっとフランクに話してください! あと、さっき私の事を『小野さん』って呼んでましたけど『ユイ』って呼んでください! 二人で漫画を描くんですからお互いのことを知る必要があると思います。知るためにはまず形から入るのも大事だと思うのです!! 」
小野さんは……いや、ユ、ユイさんはそんなことを口にした。
異性を下の名前で呼ぶなんて、妹のレイカか幼稚園の時にクラスメイトを呼んだぐらいだろうか?
正直、脳内で小野さんをユイさんと呼ぶだけでも恥ずかしい。
正に頭の中が沸騰しそうだ。
「ユ…………ユ………ユイさん」
「ユイです!」
「ユ……ユ、ユイ……さん。……す、すいません。今はさん付けで勘弁してください。徐々に呼べるようにしますので……」
「もぉー、しょうがないですね。今はさん付けで勘弁してあげましょう。ただし、敬語はやめれますよね!」
「ぜ、善処……します」
「まぁ、これもおいおいでいいです。まだ2回目ですもんね」
ユイさんは、そう言うとスコーンを少しかじった。
「そういえば、漫画を描く前に。どうしてシュウさんは漫画を描き始めたんですか? やっぱり漫画が好きだからですか? 」
「ま、漫画は好きではあるけど、絵を描く事が好きで漫画はそれを生かせるツールだと思ったからかな? でも、一番は妹が漫画が好きだったからかな?」
「なんで疑問系なんですか。理由は人それぞれだと思いますし、自信を持っていいと思いますよ! それと、シュウさんは妹さんがいたんですね! 妹さんもシュウさんと同じで絵が上手なんですか?」
「ど、どうなんだろう? 絵を描いてるところをちゃんと見たことないし、完成した絵も見たことないかも……」
「えっ? どういう事ですか? 妹が漫画が好きだからって描き始めたって言うから、てっきり仲が良いのかと思いました。もしかして、あまり仲がよくないんですか?」
「い、いや……。妹とは仲良いと思う。ご飯は2人で一緒に食べてるし、今日もここに来る前、妹に玄関で見送られてから来たから」
「なんだ、仲いいじゃないですか!! でも、2人でご飯って? ご両親は出張でいなかったり、夜遅いって感じですか?」
「い、いや……。もう2人とも亡くなっていない」
「す……すみません…………」
さっきまで、楽しく話していたのに静寂が二人の間を襲う。
「き、気にしなくて大丈夫だよ。そ、そういえばユイさんが漫画を描き始めたきっかけはなんなの?」
「わ、私はですね。もちろん漫画が好きだからです。漫画を読めば楽しいし面白い。それは大前提ですが、落ち込んでいる時、悲しい時、辛い時などは漫画が助けてくれました。同じ境遇にあっているキャラクターたちが問題を解決するために奮闘している姿を見ると、『このキャラ達が頑張っているんだから、私も頑張らなきゃ』と、元気をくれました。漫画は知らない事をいっぱい教えてくれました。そう、漫画は私を成長させてくれました。そんな漫画が大好きで、私もそんな漫画を描きたかったんです」
ユイさんは目を輝かせると同時に、何か熱い思いを秘めていた。
逆に僕は、ユイさんほど、漫画というものに思い入れはなかった。
確かに漫画が好きだけど、レイカが好きだから僕も好き、そんな所だった。
僕の心に自己嫌悪が襲ってきた。
ユイさんほど漫画に対して思い入れがないのに、描いていいのか…………
そんな言葉が心を……頭を……身体中を流れる。
僕がネガティブ思考に陥っていると、ユイさんは続けて質問してきた。
「そういえば、シュウさんはどんな漫画を描きたいとかあるんですか?」
「え、えぇっと……。と、特に無いかな…………」
「た、例えばストーリー漫画が描きたいとか、1話完結のギャグ漫画が描きたいとか。推理モノや恋愛モノ、日常系、ファンタジー系、SF系、ホラー系のストーリーを描きたいや、明治や江戸などを題材にした歴史物、もしくは未来を舞台にしたものが描きたい。他にも中学生や高校生を主人公にしたいやロリやメイド、ダンディなおじさんを出したい。主人公に兄弟や姉妹がいる設定がいい。もっと大雑把ならコマ割りか4コマのどっちかがいい。少年漫画、少女漫画、青年向け漫画など、何処をターゲット層にするか。など、なんでもいいんですよ! 何かないんですか?」
「え、えぇっと……」
「あっ、すみません。一気に喋りすぎましたね。漫画になると、ついつい喋るのが止まらなくなっちゃって、、、」
「い、いえ……大丈夫です、、、、そ、そのぉ……漫画が描ければいいって感じだから、そこにこだわりは無い、、、感じです」
ユイさんは顔を顰めた。
少し、顎に手を当て塾考している雰囲気を出すと、再び話しかけてきた。
「では、何か趣味はないんですか?」
「ええっと……絵を描く事かな」
「他は?」
「う~ん…………。基本家を出ないから、家事をしている時以外は仕事で絵を描くか、趣味で絵を描くか、寝るかかな」
「好きな映画とかは何ですか?」
「映画は見ないし、映画館に行ったのも最後がいつかわからない……」
「美術館や博物館は?」
「小学生の頃、社会科見学で行ったぐらいかな……」
「動物園や水族館」
「動物園はちっちゃい頃に、連れていてもらった事がある……」
「友達と約束して遊んだり」
「そもそも、友達いない………」
「旅行」
「小学生の頃に、家族旅行に行って以来かな……」
「音楽ライブやトークライブ」
「行ったことない……」
「遊園地」
「ちっちゃい頃に西武遊園地にの優待券を新聞屋さんに貰って、行ったぐらいかな……」
「ウィンドウショッピング」
「妹が買い物に行けない時に代わりに行くぐらいで、他のものは見ない」
「同人即売会」
「行ったことない」
「漫画は?」
「妹が持っている漫画しか読んだ事無い」
「小説は?」
「読まない」
「アニメは?」
「見ない」
「YouTubeは?」
「見ない」
「SNSは?」
「してない」
ユイさんの表情はこれを最後に、さらに眉が寄った。
「えぇっと、シュウさん……。こんな事を言うのはあれなのですが、あまり新しい事を経験したり、何かを行動に移したりとかをしていないのではありませんか?」
レイカと同じような事を、ユイさんにも言われた。
レイカとはずっと一緒に暮らしているから気づかれて当然だが、まだ2回しかあった事の無いユイさんにも見透かされた。
「い、妹にも…………同じ事を言われました」
すると、ユイさんは大きく息を吸い、身を乗り出してきた。
「シュウさん!! だったらこれから私と色々な事を経験しましょう! シュウさんは今まで、絵を描く事だけに固執しすぎているんです! そりゃぁ、絵はものすごい上手くなるかもしれませんが、面白い話は書けませんよ。アウトプットも大事ですが、インプットも同等かそれ以上に大事なんです!! これから私と色々な所へ行ったり、色々な事を体験して好きなものを見つけましょ!! そうすれば面白いことを見つけられて、今後漫画を描くための財産になるはずです!! それと、日常の些細な出来事でもネタになるんですよ! 」
最初は身を乗り出して、興奮気味に語っていたが、最後は椅子に座り優しい笑顔、優しいトーンで話した。
「は、はい……」
僕は、沈黙が訪れた後、小さな声でそう口にするのが精一杯だった。
その後、少し談笑したが、あまり覚えていない。
マグカップの中が空になり、スコーンも食べ終えた頃にお店をでた。
「じゃぁ、シュウさん。今度の日曜は遊びに行きますからね!どこか行きたい場所を考えといて下さいよ! 」
「はい……」
「いいですか。これも漫画を描くための第一歩ですからね! こういうところから面白い作品を作る糧になるんですよ。わかりましたか? 絶対ですよ?」
「わ、わかりました」
「では、明後日。清瀬駅の改札の中で朝10:00に!!」
彼女はそう言うと一礼して、手を振りながら去っていった。
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