第4話 「押してダメなら引いてみろ」

どうしたものか……

ついさっきまで、奥様二人組の控えめな談笑と薄っすらかかった店内BGM以外はあまり聞こえなかった店内で、小野さんがいきなり机を叩いたものだから、一気に注目を浴びてしまった。



奥様二人組はもちろん、給仕をしてくれる店員さん。

一人席で厚めのハードカバーの本を開くおじいさま。

PCを開いて、顔をしかめながらキーボードを叩くお姉さん。

やる気のない顔をしながら新聞を開いている、スーツを着たサラリーマン。

何か打ち合わせをしているであろう、社会人らしい小綺麗な格好をした二人組の女性。

みんながみんな、こちらに視線を向けてしまった。



「……あっ、、、す、すみません。少し良い案が浮かんで気持ちが高ぶってしまいました。き、気にしないでください」


恥ずかしそうに頬を赤く染めながら笑みを浮かべ、ワントーン高い声でヘコヘコとお辞儀しながらを周りに呼びかける小野さん。

一応、全員元の定位置に視線を戻すが、耳だけはこちらを向いている事が雰囲気から伝わってくる。



それには気づかないのか、小野さんは照れ笑いし、頭をかきながら


「いやぁ、またやってしまいました。良い案が浮かんでしまい、周りのことを忘れてしまいました」

「い、いや……大丈夫です」

「で、どうです? 私と漫画を書いてみませんか?」




確かに、小野さんの提案は悪い話ではない。

それに小野さんの描いたストーリーは面白かった。

ただ、それだったら編集の方にも「原作者がついて僕が絵を描いてみないか?」と提案された事がある。

それで漫画を描けるなら悪くないのかもしれないが


「そ、その、提案は悪くないですし、そう言っていただけるのは嬉しいのですが、自分の考えた話で漫画を描きたいんです」



これを聞いて小野さんは少し、ガッカリした表情をこぼした。

少々悪いことをしたかもと、罪悪感を抱いてしまったが、僕はこれにこだわり続けてきたから、今更信念を変えるわけにもいかない、

だから、ずっとデビューできなかったし、担当編集すらつかなかった事ぐらいはわかっているけど……





小野さんは、表情を曇らせマグカップに入っているゆず茶をマドラーでかき混ぜていたが、何かを思いついたのか、顔を上げた。


「だったら、自分の漫画も描きつつ私との漫画も描くのはどうですか?」


まだ、諦めがついていないのか、そんな提案をしてくる。


「は、話は面白いから、漫画ではなく小説やラノベとか……文章だけで表現してみたらどうですか?」

「私は漫画がいいんです。確かに小説やラノベも魅力的ですが、私は漫画が好きなんです。シュウさんに曲げられない信念がある通り、私にも曲げられない信念があるんです」



視線をこちらに向け、力強く小野さんは語った。



「だったら、高校生なんだし出版社へ勤められるよう努力して、編集者としての道もあると思うのだけど……」

「確かにその路線もありますが、私はクリエイターとして将来の私の読者となってくれる人に、私の考えた話を楽しんで欲しいんです!! それが私の夢なんです!!」


彼女の声色は、さらに力強くなり、目に濁りもなくなった。

僕はつい、そんな視線に耐えられなくなって、目をそらした。



「お、小野さんの気持ちは分かった……だけど……」



僕がそう口に出そうとした瞬間、被せるように


「だったら私と一から話を作りましょう!! 私が考えた話じゃないです。私とシュウさんで考えた話を作りましょう。一人の凝り固まった思考からできた物語より、二人の別々の思考や観点を組み合わせた物語の方がお互いの良点をかけあわせられますし、欠点も埋められて、さらに面白い作品ができると思うのです!」

「き、気づいているかもだけど、僕はこの通り、気が弱くて流されやすい。意見だってうまく言えないし、言った事が正しいかも分からない。それに漫画を見てもらった通り、表現だってうまくできない」

「大丈夫です。私は年下、しかも未成年ですよ。シュウさんの方が成人していて大人だし、背も高い。圧倒的に強いんですよ。なので、何か思う事があれば気兼ねなく話してみて下さい! あってると思えば賛同しますし、違うと思ったら説明します!」

「い、言うっていっても、今まで僕はうまく言えなかった…」

「だったら、これから言えるようになればいいんです。私は周りの気持ちに気づけないタイプだから、何かあったら遠慮せずに言ってもらって大丈夫です! 私の心は鋼ですから! 今後言えるようになるためのリハビリにしてもらって結構なので!」


そう笑顔で、さっきまで強かった声色は優しくなっていた。


僕と小野さんの間で少し、沈黙が続いた





「か、考える時間をください……」


僕はそう答えることしかできなかった。


そのあとはコップの中身が空になるまで、小野さんが話してくれる世間話に相槌を打つ事しか出来なかった。



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肩を叩かれてから、1時間ぐらいは経過しただろうか?

そろそろ頃合いだったので、お会計を済ませ、ドアを開けると彼女は口を開けた。

「とりあえず、連絡先を交換しましょ。私、返事を待ってますから。でも、私の気持ちは気にしなくて良いです。YESだろうが、NOだろうが、連絡をしないだろうが……。シュウさんが思った通りの答えを出してください」


そう言って彼女はトークアプリのQRを出す。

僕はそれを読み取り、友達の欄に「ユイ」と表示されるのを確認した。


「それじゃぁ、また会える機会がありましたら、会いましょうね!」

そう言って彼女はお辞儀をし、駅へ歩いて行った。

僕は何も答える事ができず、ただ彼女の遠くなる背中を見つめていた。

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