第3話 「実は似た者同士かも」

「お待たせいたしました。では、ごゆっくりどうぞ」

店員さんが注文した飲み物をテーブルに置き、笑顔で立ち去った。



すると小野さんは、飲み物に手をつけず、


「私が今日持ち込んだ作品はこれです」


と、そんな一言とともに、B4が入るぐらいの大きめな茶封筒を早速、渡してきた。


封筒のベロを開き中身を取り出して原稿に目を落とす。







絶句した。







お世辞にも上手いとは言えないイラスト。

というかイラストといえる代物ではなかった。

「りんごの抽象画です」

なんて言われて、赤色の画用紙を渡された方が、まだ理解ができるレベルにイラストとは言い難いものだ。

直球で言うのもなんだが、正直ド下手くそ。

テレビでよく言う「画伯」なんて言葉がお似合いだ。




「やっぱり、そういう反応になりますよね」

そう言いながら小野さんは表情を曇らせる。


いけない。心情が表情に出てたらしい。

僕はほっぺを パチン と叩きもう一度原稿と向き合う。


絵はもう、どうしようも無いので除外し、ストーリーを読んで見ることにした。

絵で説明ができていない漫画のため、わかりづらい部分もあるし、読んでいる最中も絵に引っ張られてしまい、ストーリーが頭に入ってこない箇所もあったものの、全体を通して読むと「面白い」という言葉が素直に出てきた。


まだ、おぼつかない部分が素人目からして感じる部分もあり、荒削りではあるものの、台詞回しも面白く、初めての持ち込み作品と呼ぶには、クオリティがとても高い。

絵が絵だけにストーリーを凌駕しているが…


「えぇっと… 絵については自分でも分かってると思うからノーコメントにさせて貰うけど、話は面白いって思いましたよ」

「ほんとですか!! えへへぇ〜」


彼女は頰を赤く染めながら笑みをこぼした。

ちょっと可愛い。



「まぁ、私の作品はこんな感じです!! 今度はシュウさんのも見せてくださいよ!!」


そう言うと、小野さんは颯の如く、僕の手から原稿を奪取し、封筒にしまった。


心なしか、彼女の頬は、先ほど誉めた時よりも赤い。

そんなに見せるのが恥ずかしいなら、こんな傷の舐め合い会を開かなければ良かったのに、、、


僕は、そんな事を脳裏によぎらせながら、バッグから原稿を挟んでいるクリアファイルを出し、彼女に手渡した。



受け取った彼女はクリアファイルから少し透ける扉絵を見るやいな、目を輝かせ、時節、感嘆詞を口から漏らした。

僕の絵を見て、目をキラキラさせる小野さんの表情を見るとこちらまで嬉しくなった。

あと、やっぱり可愛い。




だが、問題はこの後。

小野さんはクリアファイルから原稿を取り出し、一枚、二枚と原稿を読み進める。

何枚か読み進めた途端、







小野さんの瞳から輝きが消えた。







ページをめくる毎に頭に疑問符を浮かべたり、苦虫を噛み潰したような顔をしたりと、さっきまでの表情とは一転、明るい顔が全くもって見れなくなった。

お正月の親戚の集まりで、酔っ払ったおじさんに絡まれた時の愛想笑いの方が、まだマシかってくらい、表情が固まっている。




やっぱり、こうなった。

初めて僕の原稿を見た編集者と全く同じような表情を、彼女もしている。




そう。僕の絵の上手さを、ストーリーつまらなさが凌駕している

そう。僕たちは似た者同士だった。内容は真逆だが……




「ええっと、ですね…………。絵がものすごく上手で羨ましいと思いました」



小野さんは口角を引きつらせながら、そう口にした。

声も少しトーンを下げ、喋り口調も固い。



「だよな……」なんて思いながら小野さんから原稿を返してもらい、バッグにしまった。

お互いの原稿を見せあって、お互いに投げ合う言葉を失った。

傷の舐め合いをするはずが、傷口に塩を塗りこんでしまった。


沈黙が続く中、僕は少しぬるくなったコーヒーに口をつけ、小野さんの方をチラッと見る。


このまま、気まずい無言が続くと思っていたら、小野さんの翳りを見せていた表情が、いきなり明るくなった。

どうした? と思いつつ、口に触れていたマグカップを置こうとした瞬間、小野さんは机を叩き、身をこちらに乗り出して


「シュウさんはストーリーが下手だけど絵が上手い。私は逆に絵が下手だけど話は面白い。それはシュウさんも認めてくれた。だったら、一緒に漫画を描きましょ!! 」



さっきの陰鬱な表情はどこへ忘れてきたの? と言わんばかりの満面の笑みで、彼女はそんな言葉を口にしたのだった。

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