第20話その頃アルの兄、エリアスは?

「貴様にはもう何も期待しない、貴様は臣下をクビだ!」


「そ、そんな、ば、ば……馬鹿な、私が、クビ!?」


ここは王宮、第一王子カールの私室。カールは怒りに満ちて、臣下であるアルの兄、エリアス・ベルナドッテにクビを冷たく宣告していた。


「お許しください、お許しください殿下ぁっ!」


「黙れ。誰が口答えを許した?」


カールはエリアスの懇願を断ち切っていた。


優雅で自信に満ちた、そして傲慢そうな顔、だが、今は不機嫌極まりない声。


「私はクリスを密かに処刑せよと命じ、それに十分な騎士も貸し与えてやった」


「ひぃ!?」


「にも関わらず、どこの誰とも分からない魔法使いに負けただと?」


震え上がったエリアスは何も言えず萎縮する。


彼の邪魔をしたのは、本当はどこの誰とも分からない魔法使いではなく、紛れもなく彼の実の弟だった人間だ。


だが、彼にはその事実は言えなかった。身内であるなら、より叱責は大きくなる。ましてや、アルはハズレスキルなのである。自身のプライドも本当のことを言うことにブレーキをかけていた。バレたとき、よりいっそう、叱責が強くなることを覚悟の上で。


それにむしろ、本当のことを言えば、カールがどれ程怒り狂うか? カールはハズレスキル持ちは全て亜人とし、人とみなさないと、考えを表明したばかりである。


それが、神級の魔法使いがハズレスキルの魔法使いに負けたとなど知れたら、どんな処分……つまり自身の存在を消されるのではないかとさえ疑心暗鬼になっていた。


「クリスは間違いなく亡国の姫となる」


王子はそんなエリアスの利己的な打算にお構いなく、話し続ける。


「あの女は事あるごとに俺の明哲な意見を否定し続けてきた、だから婚約を破棄した。それを黙って受け入れて修道院にでも行けばいいものを、第二王子や王女と結託し、何やら隠れてコソコソと悪だくみをしていたのは明白。黙って死罪を受け入ればいいものを」


自らの信念を微塵も疑らない――いや、自らを疑うことをそもそも知らない未熟な思考。


「あの女を野放しにしておけば、間違いなくこの国に災いをもたらすことになる。にも関わらず頭の硬い役人どもは、証拠がないから令状は出せないと抜かした。私の先見の明が分からんとは、これだから役人は使えないのだ」


「はっ! その通りでございます殿下!」


チャンスが来たとばかりに、エリアスはカールに媚びを売る。実際、この王子は媚を売られることに極端に弱い、チョロい王子なのだ。エリアスはこのタイミングを逃さなかった。


「全て、殿下のお言葉こそにさえ従えば、間違いはございません。殿下は誠に完璧なお方! 殿下の判断が間違いだったことは一度もございません! 頭の堅い役人や老害となっている古い貴族共が殿下の意見に耳を貸さないなど――」


「ふん。貴様は無能だが、まともな見識は持ちあわせているようだな」


不機嫌そうな顔が一転して。


「……まあいいだろう。誰もが私のように完璧に、先見の明があるなどと思ってはいけないのだろう。部下の失敗を許容するのも人の上に立つものの務めだろう」


「で、で、でぇ でんかぁ……、あ、あ、ああありがとう……ご……ざいます!!!!!」


止めの土下座の平謝りのエリアスに王子はあっさり許す。実にチョロい王子。


「お前の処分は保留だ。クリスはしばらく泳がせる。それより、お前を退けたという魔法使いを調べろ」


「はっ……はは!!」


アルの兄、エリアスは無事王子の機嫌を取り返したが、よりにもよって、例の魔法使い、つまり実の弟のアルを調べよと命令されてしまう。


彼はドツボにハマり始めるのであった。



エリアスがカールの私室をトボトボと辞して行った後。


「お母さま、何故人はこんなに愚かなのですか? なぜ私の言う通りにだけ動かないんのですか?」


カールがそう問いかける相手、それはほのかに光る女性の姿だった。


セシーリア・ユングリング。


カールの母親、そして流行り病で5年前に崩御した筈の女王陛下。


「カールよ。お前はあまりにも優秀過ぎるのです。ですから、凡人のことがわからないのです。しかし、あなたが凡人のことを理解しようとするのは尊いことです」


「お母さま! わ、私は孤独です。弟のエルンも姉のアンネリーゼも、王も理解してくれない。婚約者だったクリスなぞ、私に盾ついてばかりで、私の深淵な思考を理解しようとしない」


涙を見せるカール。そこに、あの傲慢な王子の姿はいない。子供のようなカール。


「カール、人の頂点に立つ者が故の苦しみです。尊と過ぎるが故、誰も理解できないのです。しかし、母は理解しています。母はあなたのために最高神ヘル様によって黄泉の国から一時的にあなたの元へ現れることが許されました。さあ、母は理解しています。今は私の胸の中で癒されなさい」


そう言って、カールを胸に抱くセシーリア。


いや。


これがセシーリアであるはずがなかった。


最高神ヘル。それは白鷲教の主神。彼女の正体はだいたい察しがつく。


「カール、あなたは尊いのです。だから凡人のことを理解しようだなどと思わないことです。あなたと彼らの間の溝は永遠に埋まることはないのです」


「お母さま!」


「あなたはただ、彼らに命じて、何も耳を貸す必要はないのです。ただ、強制的にあなたの考えを実行させなさい。それがこの王国、いえ、世界のためなのです」


「わかりました。お母さまの言う通りです。お母さまの言う通りにしていたら、いつもうまく行きました」


その瞬間、カールの母親の口元が歪んだのは気のせいだろうか?


「ならば、母が少しでも長くカールの元にいられるよう、偉大な神、ヘル様を称え、信じてください。それがこの王国とカールにとって、一番大事なこと」


「もちろんです。お母さまがいなかったら、私は、私は!」


この国が腐り始めた元凶であるカール。しかし、彼の元には白鷲教の、いや、魔族の影があった。

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