第19話何故か貴族の養子になったのだが?

俺はクリスに連れられて、リーゼと共に領主の応接室に入った。


俺自身、イェスタさんとは知己だ。挨拶しないのは不義理だろう。俺が今、貴族じゃないことを気にするような人じゃないと思う。


彼の館は、どちらかと言うと、城だ。このディセルドルフの街は魔族が住まう巨大な魔の森と面していて。辺境領と言うより、魔族達との最前線という位置だ。


最もそれは昔の話で、今は300年近く魔族は出現していない。


応接室の扉を使用人が開ける。


クリスは黒いドレスから普段着に着替えていた。リーゼも身だしなみを整えて、クリスの普段着を借りて着ていた。


リーゼは俺の妹も同然なので、貴族並の教養はあるし、しばらくこの屋敷に俺と同様、やっかいになるので、挨拶は必要だと思った。


応接室の奥のソファーに穏やかだが、一部の隙もない、鋭い眼光の男性がいた。


身だしなみは貴族としてはラフな方だろう、短く刈られた黒髪に、理知的な風貌。


──彼がイェスタ・メクレンブルグ 。クリスの叔父であり、この辺境領の領主だ。


互いに挨拶を交わすと、開口一番に、クリスへの気遣いの言葉があった。


当然だろう。姪が理不尽に婚約破棄されて、心配なんだろう。


実は意外と平気に思えるのだが。


「クリス、心中察する、と言おうと思っていたが、お前、さっきからニヤけた笑みが溢れまくっているぞ。アル君に再会出来て、嬉しくて仕方がないという感じだね」


「あわわわわ! 叔父様! 私、決して、殿下に振られて良かっただとか、アルのお嫁さんになりたいとか、あわよくばこの領地での滞在中にアルと既成事実を作ってしまおうだなんて、思ってないですからね!」


「はは、お前は相変わらず、アル君のことになると、心の声がダダ漏れだな。子供の頃から本当に仲が良かったからな。だけど侯爵家の令嬢なんだから、もう少し自分の気持ちを隠すことも覚えようね」


クリスにひとしお、婚約破棄への慰め……ていうか、からかいの言葉が続くと。


「久しぶりだな。アル君、幼年学校以来かな? 大きくなったな。それに、クリスの窮地を救ってくれたようで、私からもお礼を言うよ。ありがとう」


「お礼だなんて、俺はクリスを助けたくて助けただけです。そんな、お礼だなんて。でも、イェスタ様にそんなに褒めて頂くと、俺も嬉しいです。」


幼年学校以来だが、イェスタさんはあの頃と同じイメージのままだ。見た目は武人のため、貴族というより、鷹を思わせるようないかついイメージ。


だけど、ほんとうはとても優しい人だ。子供の時、クリスと一緒に遊んでもらった記憶がある。


「君の話はクリスから聞いたよ。……その、気持ちは察する。だが、正直、君の父上は君の価値をわかっていない。昔からアイツは本当に大事なことが見えていないヤツだった。今回の君の追放も、むしろ彼ら自身が困ることになるだろう。それにスキルはとんだ、ぶっ壊れだな」


「い、いえ! そんな!」


イェスタさんは侯爵家の主、知己とはいえ、俺のような平民に会ってくれるだけでも好感が持てる。それに、子供の頃、臣下への態度は優しく、時には礼を言ったり、謝ったりする。


俺の両親が臣下へ礼を言ったり、頭を下げたりするのを見たことがない。


そんなイェスタさんに、当時、俺は憧れを抱いたし、それは今でも変わっていないらしい。

だが、そんなイェスタさんが唐突に爆弾をぶっ込んで来た。


「それで、君の実力と領地経営の腕を見込んで私の養子としたいのだが、どうだね?」


「はっ?」


思わず素っ頓狂な声が出る。全く想像もしていないことだったので、狼狽える。


「君が父親のガブリエルの領地経営で手腕を振るっていたことは有名な話だ。私は子に恵まれなかった。そろそろ歳だし、跡取りを考えないとな。臣下は男爵家あたりから若い嫁をもらえと言うのだが、それではその娘が可哀想だろう。それより、養子を取った方が」


「いや、俺なんて、そんな。メクレンブルグ家の跡取りなんて、そんなおそれ多い!」


俺は思わず叫んでしまった。メクレンブルグ家はクリスのケーニスマルク家同様、王家に近い名家、俺の実家のベルナドッテ家とでは格が違う。


「そうかな? 実は、前から君を養子に迎えようと考えていたのだが、私は君の父上、ガブリエルとは仲が悪くてな、頼み辛かったんだ。だから、今回のことは私にとっては好都合」


「しかし、俺はイェスタ様のご期待に添えるような人間じゃないです」


俺は畏まってしまった。ずっと、家族から無能のように言われ続けてきて、そんな俺を評価してくれる人がいるなんて。


それも、俺のぶっ壊れスキルじゃなくて、以前の俺の能力を評価してくれているんだ。


「いや、頼む」


信じられないことにイェスタさんは俺に向かって頭を下げた。


「イエスタさん、そんな、頭をあげてください。あなたは俺に頭を下げていいような人じゃありません」


「君は自己評価が低すぎる。いや、この国の価値観の方が歪んでいるせいか。君の領地経営の手腕は遠い地方にまで聞こえている。最近は君の行う施政に興味深々なんだ。正直、私だけじゃなく、あちこちの貴族が君を養子や臣下に迎えたいと言い出すと思う」


俺は驚いた。俺を評価してくれる人がいる? スキルなんてなくても?


「私は武人が故、領地経営は得意ではない。この領も、ここ10年発展が停滞している。私を助けると思って、私の養子になってくれ、この通りだ、頼む」


イェスタさんは更に深々と頭を下げた。


「……イ、イェスタさん。わかりました。是非、お願いします」


「そうか、なら早速手続きをする。それに……私の息子になったのなら、クリスが婚約者候補筆頭だな!!」


!?


俺は思ってもみない展開に驚いた。諦めていた高嶺の花の幼馴染。そのクリスが俺の……


「ちょ、ちょっと待ってください。勝手にアルのお嫁さんを決めないでください!」


「えっと、君は確かアル君の世話係の?」


リーゼがぷーと頬をリスみたいに膨らませて、抗議を始めた。


「リーゼはアル様の妹なんです。義理の妹なんですよ! 継妹なんですよ! これ、もうフラグ立っているでしょう? クリスなんて、幼馴染なんだから、負けヒロインじゃないですか!」


「なんですって、このエルフわぁ!! 私の私服貸してあげたし、化粧用品も貸してあげたのに、何よ! この恩知らず! アルのお嫁さんは私よ!」


「違うもん、ここは血の繋がっていない妹の私がアル様のお嫁さんになるんだからね! それに私の方が2歳も若いし、年増は引っ込んでいてください!」


「と、年増ぁ!? なんですって、なんですって! 私、婚約破棄されたバツイチだけど、まだ16歳よ! ピチピチよ! あんたなんか、まだ小便臭い子供じゃないの! 胸だって私の方が大きんだからぁ!!」


二人はその場で、グーで殴りあいの喧嘩を始めた。


後でクリスが治癒するから、傷とか残らないけど、女の子がこんなにはしたないのはダメだと思う。


「クリス、だから侯爵令嬢らしく、もう少し自分の気持ち抑えようね」


イェスタさんの言うことは尤もだと思うのだが。

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