五〇.将軍めしと決起集会

 彩美は、僕の家での台所で、なにやら炒めている。


「なに作ってるの?」

「秘密。見ないでね」


 彩美はしゃもじを横に振り、『こっちへ来るな』とポーズを取った。

 しゃもじにはケチャップライスが付いている。

 ああ、もうバレてるよ……。


「はい。完成!」


 彩美がテーブルに置いたオムライスは、シンプルイズベストを体現したかのような出来栄えだった。


「凄い! オムライスの祖みたいだっ!」

「それは褒めてるの!?」


 僕はスプーンの上でミニオムライスを作り、口に入れる。

 美味い! ケチャップライスで気を付けなければいけないことは、ベチャベチャしないことだ。ケチャップが多すぎると、口当たりが悪くなる。


「美味しい! ケチャップライスはバターを入れてるの?」

「よかった。そうだよ。隠し味のつもりだったけど、隠れてなかったか」


 やっぱりか。隠れてなくていいんだ。

 ケチャップを少なめでバターを入れることによって、米がバターにコーティングされてパラパラになり、深みも出る。

 そして卵だ。最近はいかにフワフワにするかに命を注いでいる卵も見受けられるが、別にフワフワじゃなくたって、オムライスは美味しいんだ。

 二個使っているのか。このしっかり焼いた薄焼き卵でがっちりと巻かれた感じ。この形が綺麗なんだ。そしてなにより、ケチャップライスをメインにしたい場合は、卵は邪魔にならないようよく焼きの方がいいだろう。

 彩美がそこまで計算して作ったのかはわからないが、このオムライスは完成されている。


「ごちそうさまでした!」


 連日一睡もしていない疲労を少しでも補おうと、僕はもの凄い勢いでオムライスを完食した。


「すこぶる美味しそうに食べてくれるね。私のちょっとあげるよ」


 僕が食器を下げたあと、彩美は自分の分を少し分けてくれた。


「いいの!?」


 彩美の皿を僕の方へ引き、パクリと口に運ぶ。


「うん。やっぱり美味しい」


 彩美は残りのオムライスを嬉しそうに食べた。


「よしっ! これで私も頑張れる!」


 僕たちは、大阪城跡へ向かった。




 午後三時。樟葉監獄に収容されていた大阪幕府の役人たちは、果たして集まってくれているだろうか。

 そんな心配は杞憂だった。


「これ、何人くらいいるんだろ」

「ざっと五千人はいそうだね。みんなちゃんと来てくれたんだ」


 大阪城跡は、急造した防音の壁が四方に立てられていた。

 これも濱島盗賊団がしてくれたことだ。壁の周りには、ずらあと団員が護衛している。

 日米通商条約を結び、開国をするという目的の一致。それだけの繋がりで、ついこの間命がけで戦っていた組織が、こんなにも心強く思えるとは。


「将軍さまだ! 将軍さまがいらしたぞぉ!」

「おおおおお!」


 急造の壇上に立った彩美の姿を見て、その場の全員が頭を下げる。

 初鹿野、久世さんの姿も確認できた。

 初鹿野はしっかりと腰巻を着ていて、久世さんは動きやすいようTシャツに綿パン姿だ。


「みんな、集まってくれてありがとう。きっと来てくれると信じていた」


 彩美はマイクに向かって話し出す。


「まず、改めて私の思いを伝えます」


 大阪城跡に集まった全員が、彩美の発す一言一句を聞き逃すまいと固唾かたずを飲んでいる。


「黒船来航により、大阪幕府は史上最大の転換期を迎えています。これまでの安定を維持するために、鎖国を続けるか、開国し新しい大阪幕府を作り上げていくか。私は後者を取ります。開国をすれば問題はいくつも出てくると思う。だけど、ずっとこのままなんて、私は無理だと思う。いつかくることが、今起こった。私たちは、未来のために、日本を国際的に強い国にしていかなければならない!」


 会場から拍手がこだまする。

 おそらくだが、考えに賛同している人もいれば、賛同はしていなくても、彩美が言っているからついてきている人もいると思う。でもそれでいい。正しいことを言っているんじゃなくて、正しい人が言っているからだ。


「私は、枚方幕府に、評定所ひょうじょうしょの再開催を求める訴状を提出する。武力による政権奪還は避けたい。枚方幕府がしたことと同じになるから。みんなは、枚方城を取り囲んで、デモをしてほしい。決して暴力を振るっちゃだめだよ。あくまで抗議をするだけ」

「はい!」


 彩美は力強い返事に応え、ゆっくりと頷く。


「デモ開始は二時間後。そのタイミングで訴状も渡す。私たちは、談判の上、大阪幕府を復活させる!」

「おおおおお!!」


 彩美の扇動力により、大阪幕府役人の盛り上がりは最高潮に達した。

 この勢いなら、枚方幕府も評定所の再開催を断るのは難しいだろう。

 デモに備え、みんなが散り散りになった頃、初鹿野と久世さんはその場に残っていた。


「将軍さま、これはもしかするかもしれませんっ!」


 初鹿野はリボンを揺らしながら飛び跳ねた。


「もしかするかもじゃなくて、もしかするんだよ。明日の評定所で必ず幕府を取り戻す」

「それで、訴状の内容なんだけど」


 僕は、彩美が考案した作戦を、初鹿野と久世さんに伝えた。


「ということで、初鹿野と久世さんは評定所には招集しない。こちらが有利になりすぎると、反発を招くし、まず二人は今、奉行ではないから」

「了解しましたっ!」

「では、デモを指揮すればいいんだな?」


 久世さんがこん棒にもたれながら確認する。

 僕がぶん殴られたこん棒だ。今考えてもあれは理不尽だったと思う。


「うん。みんなが過激になりすぎないよう、上手くコントロールしてほしい」


 こうして準備は整った。

 僕と彩美は、準備した訴状を、京橋駅と枚方駅の中間地点である、香里園こうりえん駅で、内密に移動してきたピスタに渡した。


「確かに受け取った。デモ開始のタイミングで渡せばいいんだな?」

「はい、お願いします」


 僕はピスタに深々と頭を下げる。


「どうなるかわからないが、良いほうに転ぶことを願っているよ」


 ピスタは颯爽さっそうと枚方城へ戻った。




 同日、午後五時。

 僕と彩美は、香里園の喫茶店で連絡を待っている。

 予定では、デモが始まり、伊奈さん経由で訴状が豊臣陽菜のもとへ渡る。

 訴状の内容はこうだ。


 ・日米通商条約の締結可否に関する評定所を再度開くことを要求する。

 ・評定所構成員は、将軍、老中、町奉行、寺社奉行、勘定奉行、大阪幕府元将軍、大阪幕府元老中の七名とする。

 ・明日、午前一〇時より、一時間の協議の末、条約の締結賛否を一人一票、無記名で投票する。これを二時間の間隔を空け、計三回行う。

 ・一回ごとに投票結果を公表し、三回目の時点で『賛成』が総投票数の三分の二を上回った場合のみ、日米通商条約を締結する。それ以外は現方針の継続とする。

 ・構成員が話し合うのは、協議の計三時間のみ。間の二時間の互いの会話は禁止とする。

 ・協議・投票時は、不正のないよう、第三者を管理委員として会場に常駐させる。


 枚方幕府にとっても、悪くない条件だと思う。

 こちら側は三分の二の賛成票を集めなければ、勝てないからだ。

 それに加えて周りを囲む大規模のデモ。デモの鎮圧のためにも、きっと乗ってくる。

 僕の通話機に、電子手紙が届く。伊奈さんからだ。


『将軍が、評定所の開催を決断されました。明日一〇時、枚方城でお待ちしています』


 僕は電子手紙を彩美に見せた。彼女はほっと胸をなでおろした。


「よかった。今日はゆっくり休めるね」

「うん。初鹿野にデモ解散の連絡をするよ。明日に備えて家に戻ろう」


 そこで、僕は気付いた。

 今日も彩美と寝るのか……?

 果たして睡眠は取れるのだろうか。




 次の日。デリー再来航まであと一日。

 昨日の夜、まりなから、『上からの命令で、今日は家に帰るなって。枚方城に泊まるね。反勢力との接点を持たせないためらしい』と連絡が来ていた。

 まあ、それはそうだろう。

 結局、彩美は寝室の布団、僕はリビングで寝ることにし、最低限の睡眠は確保できた。それでも眠りは浅かったが。気にしているからか、夢に彩美が出ずっぱりだった。


「おはよう」


 彩美が目をこすりながら起きてくる。


「おはよう。寝れた?」

「寝れたけど、夢にまで瑞樹が出てきた。現実で一緒にいるんだから、夢くらい一人にさせてよ」


 彩美は一つ大きなあくびをした。

 そんなこと言われても。

 今日は大一番。身軽な服装がいい僕も、さすがに束帯を着る。


 ピンポーン。


 宅配便が来た。


「彩美、届いたぞ」


 僕は段ボールから、色鮮やかな腰巻を出す。

 長束さんに頼んで、送ってもらっていた。桃鯱欲しさに彩美の幽閉を解いた一件で、ある程度の言うことなら聞いてくれる。


「ちょっと、丈短くない?」


 試着した彩美が不満を言う。

 白く透き通るような太ももが露わになり、僕は目を逸らす。


「しょうがない。そこまでは注文できない」

「まあいいや。よく見ればおしゃれだし」


 僕と彩美は、大阪幕府復活を願う全ての人の思いを背負い、家を出た。

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