四九.ショーシャンクじゃない空に
「千人!? どこの集団だ!? 開国派はほとんどここに収容されているぞ!」
『わかりません! とにかく応援要請です! ハナノ房の門が破られ……ぐわっ!』
さすがだ。僕自身が戦ったからわかる。濱島盗賊団の団員は、人生に絶望して犯罪に手を染めているような奴らだ。恐れを知らない。
絶対に出られない房の中にいる囚人を眺めて、酒を飲んでいるような看守たちが、適うはずはない。
食堂にいる囚人、つまり大阪幕府の役人たちは、一斉に騒いでいる。
「なんだなんだぁ!? 味方か!? 味方なのか!?」
「異国かもしれない! 異国が監獄にまで攻めてきたんだぁ!!」
「ここにいる看守は、至急囚人を房に戻せ!」
看守たちが動き始めるが、囚人は従うはずもない。
もうひっちゃかめっちゃかだ。
僕は騒ぎの中、久世さんに耳打ちする。
「ここって、怨霊たくさんいますか?」
「なんだいきなり。オカルト好きになったのか?」
久世さんは
「いやいや、ちょっとお願いしたいことがありまして」
僕は内容をひそひそと伝える。
「全員もれなく、というのは難しいかもしれない。食堂に来ていない人もいるだろう」
「できるだけ多く、で問題ないです。『周りに伝えるように』と破いてくれれば」
久世さんは手首をコキコキと鳴らした。
「了解した。だが怨霊を動かすときは周りに気を配る余裕はない。齋藤、おまえが私を守ってくれ」
「任せてください」
久世さんは印を結び、小声だが芯のある声でつぶやく。
「術式指示」
看守が無防備な久世さんに向かってきた。
「房に戻れぇ!」
僕は懲罰ムチを体で受け止める。
「うぇいっ」
「な、なんだこいつ~!?」
ボゴッ!
看守を腹パンで沈め、視線をずらすと、初鹿野が看守に襲われそうになっていた。
くそっ! 間に合わない!
「おらぁ!」
バコバコ!
看守は倒れる。
周りの囚人が初鹿野を守った。
「初鹿野町奉行! 大丈夫ですか!?」
「うん! ありがとうっ!」
混乱が徐々に落ち着き、こちら側の結束も生まれてきたようだ。
「初鹿野、囚人服は見たか!?」
僕は遠くから確認を取る。
「はいっ! 『午後三時に大阪城跡に集合』ですよね? どうやって文字の形に破いたんですか? ビックリですっ!」
バカっ! そんな大きい声で言うな!!
初鹿野の大声ネタバレとほぼ同時に、食堂に衝撃と轟音が鳴り響いた。
ドガガァァァンッ!!!
壁に大きな穴が開く。
ロケットランチャーを担いだグラスが穴をくぐってこちらに入る。
「やっぱり異国の襲来だったぁぁぁ!!」
またひっちゃかめっちゃかになりそうなところで、彩美が声を張り上げた。
「みんな! 落ち着いてっ!!」
将軍の高貴な声に、食堂中が静まり返る。近くの看守はもう全員倒れている。
「今は脱獄優先! 詳しく説明している暇はないの。でも私を信じて、囚人服に書かれたその文字の通りに来てほしい。そこでちゃんと話すからっ!」
「はい!!!」
全員の声が寸分たがわず揃う。これが将軍の威光か。
「おお齋藤瑞樹、栄では世話になったな」
グラスが僕に話しかける。新品のサングラスがきらりと光った。
「ええと、その節はどうも」
今になって、姑息な戦い方を反省している。あまり顔は会わせたくない。
「あのときは完敗だった。まさかサングラスを狙ってくるとは。あっぱれだよ」
いや、偶然なんだよ。
「本来俺たちがあんたら幕府を助けるなんて有り得ない。だが団長の命令だ。快く力を貸そうじゃないか」
グラスは大量の鍵をバラバラと放り投げた。
「足の拘束具の鍵だ。解錠して勝手に脱獄してくれ。もう房にいた奴らは逃げ出しているぞ。出口までは一本道だ」
「みんな! このサングラスの外国人さんにお礼を! 異国人は珍しいと思うけど、これから絶対に関わっていかなきゃだめなんだよっ!」
「ありがとうございます!」
全員で礼をする。
「日本人の礼儀正しさ、俺は好きだ。感謝は受け取った。さっさと出ていけ!」
「うおおおおお!」
拘束具を解錠し、僕たちは走り出した。倒れている看守を飛び避けながら、出口を目指す。
壊された正門を通り抜け、太陽の光を浴びる。
晴れて脱獄だ! これで自由だ! 僕は両手を広げ、空を仰ぐ。
「ショーシャンクじゃないんだから。雨も降ってないし」
彩美が僕の肩をポンと叩いた。
そういえば、『ショーシャンクの空に』は、幼いとき二人で見たんだっけ。
二人でショーシャンクごっこをしていた気がする。
また一つ思い出がよみがえった。
「……瑞樹さん、枚方幕府内は大混乱ですよ」
通話機から聞こえる伊奈さんの声は、絶対にバレないようにと細心の注意を払っている小ささだ。
「陽菜さまは豊臣御殿から出てきません。側用人の平賀さんは姿を消していて、陽菜さまが今なにを考えているのか、次はどう動くか、見当もつきません。前に立って飛び交う情報を整理しているのは、老中の大河内さんです」
姫花が姿を消した? 僕たちを枚方城へ連行したときの悲しそうな表情が思い出される。
「ひとまず、伊奈さんは枚方幕府で指示された通りに動いてほしい。正直、内通していることは予想されていると思うけど、伊奈さん自身が不審な動きをして害を受けるようなことは避けたい」
僕の通話機に耳をくっつけて、彩美が隣で聞いている。近すぎる。
「……はい。ありがとうございます。またなにか動きがあったら、電話か電子手紙で伝えます」
「ありがとう。明日会えることを信じてる」
僕は電話を切り、彩美と目を合わせる。
「朱里、瑞樹にはペラペラと喋るよね」
彩美は少し頬を膨らませているように見える。
「そう? まあ付き合いも長くなってきたし」
「つ、付き合い!? どういうこと!?」
僕はグッと顔を近付ける彩美に、少し恥じらう。
「いや、付き合いは付き合いでしょう」
「本当に言ってるの!? キ、キスは!?」
そんなことしているわけないだろう! なに言ってるんだ。
「いやいや、なんで伊奈さんとキスを……」
は! 老中就任パーティでの出来事を思い出す。
「え! なに!? したの!? 信じられないっ!!」
バチンッ!
彩美は僕に思い切りビンタをした。
それを見ていた初鹿野は、驚きから開いた口を手で押さえている。
「将軍さま、齋藤が言っているのは、異性交際という意味ではなく、知り合ってから時間が経ったという意味ですよ」
久世さんがツヤのある髪をくくりながら、冷静に訂正をする。
「え、あ、そうなんだ。瑞樹、そうなの?」
「そりゃそうだろ。どんな勘違いだ」
彩美は僕の頬をスリスリと撫でて、痛みを飛ばそうとしてくれている。
僕たちは、囚人服から着替えるために、お互いの家へ戻った。
「ごめん。腰巻はないんだ。小袖か、Tシャツか、彩美が着れるのはそんなところかな」
自宅のない彩美は、僕の家に来ている。彼女は部屋の隅々まで念入りに見まわしている。
「なにを探してるの?」
あまり人を部屋に入れたくない僕は、少しだけ居心地が悪い。
「え、いや、意外と綺麗にしてるなって」
「初めて部屋に来た彼女みたいなこと言うなよ」
彩美は僕の肩をパンパンと叩いた。
「なにそれ! やめてよ! そんなことっ!!」
「部屋を見るのをやめてくれ」
彩美はクローゼットを覗く。
「これいいじゃん」
彩美が手に取ったのは、チャッキーのプリントがされたTシャツだった。
「いいけど、大分前に買ったやつだよ」
「ちょっと着てみるね。後ろ向いててよ!」
そりゃそうだろう! 疑うなよ!
「どう?」
振り返り彩美を見ると、とても似合っていた。
普段腰巻姿を多く見ているので、こういったカジュアルなファッションは新鮮だ。
ただ、僕と彩美では胸囲が違う。
ちょっと胸が協調されすぎているような……。
僕は目のやり場に困る。彩美はそれに気付いたのか、顔を赤らめ胸を隠した。
「パ、パーカーないの!? ダボダボのやつ!」
僕はなにも見てませんという風な態度を取りながら、クローゼットの中を確認する。
「あるけど、あ、暑くない?」
「いいの! 薄着だと瑞樹みたいに見てくる人がいるからっ!!」
なんてことを!
否定できる権利がないので、黙ってパーカーを渡す。
黄色のパーカーは、ひまわりの髪飾りと合わさってとても可愛らしく見えた。
僕は一瞬ジャージを取りそうになったが、首をぶんぶんと振って小袖に着替えた。
「束帯、着ないの? あるんだから着ればいいじゃん」
彩美が不思議そうに聞いてくる。
「動きにくいからね。小袖は軽くて良い」
本当はジャージの方がもっと良いが。
「そう。瑞樹らしいっちゃ瑞樹らしいね」
彩美はふふと笑い、台所へ向かった。
「ちょっと、なにするの?」
僕は後ろをついていく。また物色されたら困る。
「ご飯作ってあげる。小腹空いてるでしょ? 三時まで時間あるし」
彩美はかけてあったエプロンを巻いた。
「あ、ありがとう」
将軍飯、大勝負の前に食べておくか。
僕は椅子に腰掛け、料理を作る彩美の後姿を微笑ましく眺めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます