四六.四畳生活
僕と彩美は、手を後ろで拘束をされ、身動きの取れない状態で枚方城へ連行された。
大丈夫。まだ作戦から大きく逸れたわけじゃない。場所が変わっただけだ。
枚方幕府従者に引っ張られて、御用部屋の前で止まる。
「入れ」
彩美が従者をキッと睨む。
「……入ってください」
「君、大阪幕府時代は町奉行の従者だっけ?」
従者は、自分を覚えていてくれた衝撃からか、口をハッと開いた。
「今は老中の従者ってことかな? 一応出世だね。おめでとう」
「彩美公。本当に申し訳ございません。私にも家族がいるんです……」
だれかも言ってたぞ。それ。
「大丈夫。吉田くん。あなたはなにも悪くない」
御用部屋の扉がギギギと開いた。
部屋に入っていく彩美の背中を見ながら、従者は涙を流している。
御用部屋には、金髪で丸眼鏡をかけた、今風の若者が老中席に座っていた。
「やあやあ、大阪幕府の残党さんたちじゃないか」
男は足を組んで背もたれにもたれかかっている。服装は
「その言い方はやめてくれる?」
彩美は明らかにキレている。
「それ以外なんと呼ぶ? もうあなたは将軍じゃない。住む場所すらない。ホームレスっちゅうやつだね」
「偉くなったものだね。
「普通、老中には敬語じゃない? ホームレスさん」
ガンッ。
大河内は、足を延ばして彩美の下腹部を蹴飛ばした。
「おまえなにやってんだ!!」
僕は大河内に体当たりをしようと突っ込む。
「やめて!」
彩美が声を張り僕を制止した。
僕は大河内にぶつかるギリギリで逸れる。
「なんで!? ぶっ飛ばさなきゃ気が済まない!」
「いい判断だ。ホームレスさん」
大河内は高圧的な拍手をする。
「僕に手を出したら死刑だってありえる。それくらい老中は偉いんだよ。元老中の残党さん」
こいつは人をイラつかせる天才だ。いつか必ずぶん殴ってやる。
「陽菜には会えないんですか?」
彩美は歯の浮くような敬語を使っている。
「会わせない、が正しい。危険因子を将軍さまと会わせるわけないだろう」
「では、私たちはなぜ枚方城へ?」
大河内はアームレストに腕を置き、人差し指で顔を支えている。
「言わなきゃだめか?」
こいつ! 彩美に向かってなんて口の利き方だ!
ふと自分もため口なことに気付いたが、幼馴染なのでセーフとする。
「はぁ~、まあ、言っても問題ないか。大したことじゃないし」
大河内は足を組み替えた。
「心配しなくても、明日の朝には樟葉監獄に収容されるよ。もう日も落ちてきた。今日はひとまず枚方城の空き部屋で監禁。そういうこと」
「そうですか」
彩美は一礼をした。
「もういいですよね? その監禁とやらをする部屋へ連れて行ってください。明日の朝までゆっくり休むとします」
僕にはわかる。彩美は今一番キレている。言葉の節々から
「金輪際話すことはないだろうし、もうちょっとおしゃべりしたかったんだけどな。まあいい、樟葉監獄で一生を過ごすんだな」
大河内は従者へ合図を出す。御用部屋の扉が開いた。
「おい! ホームレスと残党を監禁部屋へ連れていけ!」
「……はい」
従者は上を向いて涙を堪えているように見える。
なにを考えているのだろうか。
監禁部屋は、四畳の窓のない殺風景な一室だった。
「夕ご飯は扉の小窓からお渡しします。それでは」
外から鍵をかけられる。
「……あいつほんっとに腹立つ!!」
彩美がうっぷんを晴らし始めた。
「ふざけんなって思わない!? なにが老中よ! 老中なんてはんこ押してるだけでしょっ!」
それは僕まで批判していることになるぞ! あと、はんこ押しに関しては将軍も似たようなものだろう!
「あの態度は腹が立つね。大河内、元々どこの従者なの?」
「え? 瑞樹の従者じゃん」
まじか! 見たことないぞ!
「ああ、そういえばそうだったね」
「知らなかったんだ」
棒読みで言う僕に表情を緩め、彩美は一瞬で嘘を見破る。
「瑞樹はあんまり従者を使わないもんね。もっと色々お願いすればいいのに」
「自分でできることは自分でするよ。じゃなきゃ覚えられないし」
彩美は狭い部屋の中で、なんとか体を伸ばす。
「みんな瑞樹みたいな人だったら、幕府も安泰なのにな」
「顔が?」
「中身だって」
軽い冗談を飛ばせるくらいには、一息つける時間だった。
鋼鉄の扉の真ん中にある、小窓がパカッと開く。
「お食事です」
お盆の上には、パン、牛乳、コンソメスープが置かれていた。
……まあ、大河内
小窓が閉じる。
「ちょっと!」
僕は従者を呼び止める。
「手の拘束は? これじゃ食べられないですよ」
「……すみません。済さまに外すなと言われておりまして」
扉越しにそう告げ、従者は早足で監禁部屋をあとにする。
「まじかい……。どう食べるんだ」
犬のように頭を下げて食べていくしかないか。
でも、僕はまだしも、彩美にそんなことをさせるのは心が痛む。
「彩美、どうする?」
彩美はボソボソとなにかを言っている。
「え? なんて?」
「お互い口移しすれば食べられるんじゃない」
「はい!? どういうこと!?」
く、く、口移しなんて! そんなの犯罪じゃないか!?
「ほら! ポッキーゲームみたいに! 片方が端をくわえて、反対側から食べたらいいじゃんっ!」
彩美は、自分で言っていることの凄まじさに気が付いたのか、顔を真っ赤にし始めた。
「ね!? そうじゃない!?」
ああ、もう引っ込みがつかなくなっている。
「そ、それはでも、あれだよ。ね? そういうことをするのはさ、こ、恋人、的な? 関係じゃないとさ!」
僕も僕であわあわしている。
二人で口をもごもごさせる時間が数分続く。
「なら!」
彩美は紅潮しながら、一大決心をしたかのような声を出した。
「つ、つ、つ」
なんだ。彩美はなにを言うつもりなんだ!?
「つ、つ、つ」
バタンッ。
彩美が倒れた。
「えええ!?」
僕は急いで脈を測る。気絶しているだけのようだ。時間を置けば意識は戻る。
僕の分の座布団を、彩美の頭の下に敷き、安静にさせる。
その間、僕は頭を下げながらご飯を食べた。
「はっ!」
三〇分後、彩美が起きた。
「大丈夫? 気を失ってたよ」
彩美はのそっと起き上がり、気絶前を思い出そうとしている。
「へ、返事は?」
返事? なんの話かわからない。
「なにが?」
彩美は足で僕を軽く蹴飛ばす。
「もうっ!」
いや、どういうことだよ!
結局、彩美も頭を下げて食事をした。
「作戦決行は明日にしよう」
僕は小声で彩美に言った。
「もう遅いしね。樟葉監獄の様子を理解していたほうがいいだろうし」
一を伝えて二を理解する彩美に、僕を感服した。
「寝ようか」
「……そうだね」
「おやすみ」
二人で狭い四畳で横になる。
「おやすみ」
次の日。朝。デリー再来航まであと三日。
ちらっと、横で寝ている彩美を見る。
バッキバキに目を見開いていた。
「瑞樹、おはよう」
「お、おはよう」
彩美はゆっくりと起き上がり、ボーッとしている。
「凄いクマだけど、大丈夫?」
彩美の目の下は真っ黒だ。
「いや、特大ブーメランだよ。瑞樹こそどうしたのそのクマ」
僕は昨晩から今この時まで、一睡もしていない。すぐ横に彩美がいると考えると、なぜか眠れなくなってしまった。
二人してボーッとしていると、扉がギィと開いた。
「樟葉監獄へ移動します」
昨日の従者だ。名前は確か、吉田だったか。
僕たちは、吉田に連れられ、初鹿野や久世さん含め、開国派が大勢収容されている、樟葉監獄へ連行された。
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