四五.決断の裏切り

 新幹線内での作戦会議。

 僕たちは各々の考えを出し合った。


「えっ! 瑞樹、そんなことできるの!?」


 僕の出した案に、彩美は目を丸くして仰天する。


「多分だけど。いや、やろうと思えばできるはず」

「もし……そういったことが可能ならば、一気に開国派が有利にはなりますね」


 伊奈さんは、寝ているピスタを撫でながら言った。


「でも、開国派の数が増えても、幹部は鎖国派で固められている。武力行使もしたくない。それじゃ枚方幕府とやっていることは同じだ」


 僕の懸念に、彩美と伊奈さんが頷く。蜂須賀は話についていけず、フリーズしている。


「だから、最終的には彩美の作戦を実行するのがいいと思う」

「でも、自分で出してなんだけど、私の作戦は不確定要素が大きいよ」


 彩美は不安からか、ハンカチを広げては畳んでと、繰り返している。


「その不確定要素も、僕の力なら確率を高めることができると思う。そのときは、蜂須賀にも手伝ってもらうよ」

「え! あ、はい!」


 本当にわかっているのだろうか。

 まあ、蜂須賀の理解度はこの作戦にそこまで関係ない。


「……私はそれでいいと思います。瑞樹さんと将軍さまのハイブリッド作戦」

「朱里、まだ私のこと『将軍さま』と呼んでくれるんだね」


 彩美は、伊奈さんの肩をツンとつついた。


「私は枚方幕府勘定奉行である前に、大阪幕府勘定奉行ですから」

「嬉しいなぁ」


 二人で肘を突き合っている。

 こんなときにも、ひと時の癒しはあるんだなぁ。

 僕はほほを緩ませた。




 新大阪駅に着いた。


「じゃあ、一応人質だから、ごめんね」


 彩美は、蜂須賀の両手を拘束する。


「はい! 優しく拘束いただき、ありがとうございます!」


 お礼は絶対言っちゃだめだ。


「僕と彩美は一旦僕の家に戻ろう。今枚方城へ行く理由はない」


 彩美は、幽閉時から着ているボロボロの小袖をギュッと握った。


「本当にいいの? 邪魔じゃない?」

「邪魔ってなんだよ。大阪城がない今、逆にどこに帰るの?」


 僕は首をかしげる。


「……多分、将軍さまは恥ずかしいんだと思いますよ」


 伊奈さんがボソッと耳打ちしてくる。


「こらっ! 朱里、聞こえたよ! そんわけないでしょっ!」


 彩美は、伊奈さんの肩をポンと痛くない程度に叩いた。

 伊奈さんは猫耳を立てて嬉しそうにしている。彩美のことが大好きなんだろうな。


「朱里さん、お待ちしておりました」


 そのとき、どこからともなく聞き覚えのある声がした。


「……あ」


 伊奈さんは少し後ずさりをする。

 しまった! 先々の作戦ばかり考えていて、実行までの想定が甘かった!

 そこにいたのは、姫花だった。


「そのベレー帽、そこにいるのは蜂須賀さんですか? いいように拘束されてしまって。恥ずかしいですよ」

「平賀さま、申し訳ございません!」


 蜂須賀は僕をちらちらと見ている。

 『どうすればいいですか』と指示を仰いでいるのだろう。

 どうすることもできない。というか、僕の意識は彩美でいっぱいだ。

 ふと彩美を見ると、いきどおりとかなしみが混ざり合ったような表情をして、拳をグッと握っている。


「朱里とはづきは枚方城へ戻ってもらおう。私、抑えきれないかもしれない」


 彩美は感情を堪えながら、小さく言った。


「私もそれがいいと思います」


 姫花は、二人を後ろへ通るように手で誘導した。


「さ、お先に行ってください」


 伊奈さんは僕を見る。

 僕はゆっくりと頷く。


「……わかりました」


 伊奈さんは、蜂須賀を連れて、枚方城へ向かった。

 彩美は音がするほど歯を食いしばっている。




 新大阪駅・新幹線のコンコースは、人っ子一人いなかった。

 幕府権限で封鎖しているのだろう。


「彩美公、お久しぶりです」


 姫花は深々と頭を下げる。


「……」


 彩美をなにも話さない。姫花を見てもいない。

 我慢してくれ。もしも姫花を傷つけるようなことがあったら、文治的な解決を目指す僕たちの作戦からは逸脱してしまう。今戦うの得策じゃない。


「彩美公、彩美公をこの大阪の地で野放しをしておくわけにはいきません。他への再幽閉か、樟葉監獄への投獄か、ご自身でお選びください」


 彩美の体がプルプルと震えだす。


「瑞樹さま、あなたもです。これは枚方幕府への謀反むほんですよ」


 なにが謀反だ。忠誠を誓った覚えはない。上等じゃないか。

 へらず口をたたこうと喉元まで言葉が出かかったが、僕から話し出すのはやめた。

 まずは彩美と姫花、この二人で解決すべきことがある。


「なんで」


 長い沈黙のあと、彩美がようやく口を開いた。


「なんで裏切ったの!?」


 その声は裏返り、感情の全てをぶつけていた。


「私は姫花を信じていた! 評定所で開国派が優位に立っていれば、こんな事態にはなっていない! 姫花の一票で、全てが変わってしまったんだよ!!」


 彩美は涙目になっている。怒りからの涙なのか、裏切られたやるせなさからの涙なのか。


「仕方がないんですよ」


 姫花は上を見上げ、一つ息をついた。


「絶対に開国させるわけにはいかないんです。平賀家の権威のために」


 茶髪の三つ編みを後ろに流す。


「どういうこと」


 彩美は言葉を絞り出して尋ねた。


「私は、謝罪をしにきたんです。彩美公にはお世話になってきました。私は彩美公のことが大好きです。だからせめて謝りたいと」

「だから、どういうことだって言ってるじゃんっ!」


 彩美は、冷静に聞く耳を持っていない。


「そうですね。もったいぶることじゃないですね」


 姫花は、一歩彩美に近付いた。


「発明で功を成して、幕府に仕えるようになった平賀家ですが、その発明と技術の数々は、私たちの力でできたものではありません」


 平賀家は、日本の家電や最新のIT技術を全てまかなっていて、『平賀なくして日本はなし』と言われるほど、日本の成長に寄与している。


「私たちは、五〇年前から、大国アメリカと密約をかわしていたんです。『アメリカの技術力を独占的に平賀家へ提供する』という内容の」


 突拍子もない言葉の数々に、僕は思わず質問する。


「アメリカからの技術提供? そんな話聞いたことない」

「密約ですから。アメリカの技術を独占的に享受し、生み出した利益の多くをアメリカに渡すことで、関係性を維持してきました」


 どうりで平賀製の商品だけ、ずば抜けてスペックが良いわけだ。他の国産企業が手も足も出ない価格で、数倍の性能を出すものばかりだ。


「でも、アメリカとどう交渉を? 鎖国体制で異国と接点を持つことなんて簡単にはできないでしょう」

「オランダですよ。ヨーステンさん、出てきていいですよ」


 柱の陰から、オランダ通商人・ウィリアム・ヨーステンがひょこっと出てきた。


「ごめんなさイ。ショウグン。黙っていテ。一緒にカステラを食べた仲なのニ」


 ああ、こんな話し方だった。平賀式翻訳機で遊ばれているんだ。


「五〇年前、どうしても幕府に取り入りたかった平賀家は、オランダ通商人経由でアメリカと密約を結びました。以降、オランダから来る貿易船に積み込まれた一部の箱には、輸入されていないアメリカの最新技術の指南書が入っており、それを使って平賀家は発明をしています」


 しばらく黙っていた彩美が、口を開く。


「開国したら、アメリカの商品や技術が、日本に流れてくる。そうすると平賀家の存在意義が薄れる。だから鎖国派についた。そういうこと?」


 少し落ち着きを取り戻しているようだ。


「はい。アメリカが日本に直接交易を求めてきたのは、予想外でした。密約を破る形になります。ヨーステンさん経由でその情報を事前に知った私は、焦っていたんです。なので開国に反対するであろう陽菜さまと手を結び、このような形に落ち着きました」


 姫花とヨーステンは、裏で繋がっていたのか。

 そういえば、ヨーステンが彩美に謁見しに来たとき、姫花とヨーステンが英語で話しているのを聞いた。当時は気にしていなかったが、今思えば、アメリカの動向を確認していたのであろうか。


「陽菜がこの機会に倒幕を計画していたことは、知っていたの?」


 彩美の語気が、また少し強くなった。


「はい。知っていました。それでも、私は、大阪幕府よりも、自分の立場の維持を取ったんです。彩美公には申し訳ないと思っています」


 姫花はもう一度頭を下げた。


「申し訳ないって……謝ってはい終わり、なんて問題じゃないよ」


 ヨーステンはこの状況に上手く入り込めず、小さな範囲を右往左往している。


「私は、姫花の側用人としての対応をすごく信頼していたし、尊敬できる部分がたくさんあった。発明が凄いから登用とうようしてたわけじゃないんだよ。アメリカが入ってくるからって、平賀家の、姫花の存在意義がなくなるわけなんてないよ」


 彩美は、この日初めて姫花の目をまっすぐと見た。


「彩美公……すみません」


 姫花も彩美の目を強く見つめる。


「もう……戻れないんです」


 ザザッ。


 コンコースの陰から屈強な男たちが囲むように出てきた。枚方幕府の従者だ。


「二人を捕らえて」


 姫花が合図をする。


「彩美、ここで抵抗するのはよそう。勝てるけど、勝てるけどやめておこう」


 彩美は、僕の思惑と、ちょっとした冗談を瞬時に理解した。


「そうだね。勝てるけど、素直に捕えられてあげよう」


 姫花は少しもの悲しそうな表情をして、僕と彩美を枚方城へ連行した。

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