三五.新町奉行はお色気ちゃん
違うのは年季の入り具合だ。四〇〇年改修を重ねながら、その歴史を辿ってきた大阪城と、急務で築いた枚方城。僕はやっぱり大阪城が好きだ。
僕は、伊奈さんと共に、変装をせずに枚方城の門前へ向かった。
伊奈さんは、その能力をかわれて、枚方幕府でも引き続き
初鹿野や久世さんの名前が出なかったことから、二人はあまり良い
「お疲れ様でッス」
聞き覚えのある声がした。
「え! 瑞樹さまですか!?」
男はばつの悪そうな顔をしている。軽ノリチャラ門番だ。
「ちょっと、大阪幕府への忠誠心はすぐに消えたの?」
僕は嫌味ったらしくチャラ門番に言う。
「瑞樹さま! 違うんです! 俺にも家族がいるんスよ! 働かなきゃ
チャラ門番は、許しを
「ちょい! 離れろっ!」
別に怒ってはいない。僕が怒るべきは、この幕府の上の人間だ。
「通ってもいいよね?」
僕が求めている答えは一つしかない。
「は、はい。一応城内に報告はさせてくださいッス」
「ありがとう」
僕と伊奈さんは、枚方城内に入った。
枚方城内は、外見と同じく、大阪城とさほど変わった部分は見受けられなかった。
明らかに模倣して造っていることから、よほど急いでいたことがわかる。
「……豊臣御殿へ向かいましょう」
伊奈さんの三歩後ろを付いていく。この幕府も、将軍が居住する部屋を豊臣御殿と言うのか、ということは……。
枚方幕府の将軍がだれか、
広告の流れる長い廊下を進んでいると、前から人が歩いてきた。
「あれ~? 伊奈勘定奉行じゃないですかぁ?」
少し遠くから声を掛けてくる。
伊奈さんは立ち止まり、逃げ道がないか周りを見渡したが、ない。
「枚方幕府の町奉行です」
伊奈さんは僕に耳打ちをした。その女性は段々と近付いてくる。
「おわぁ! 隣にいるのはだれかと思えば、元老中の齋藤さんじゃないですか! その札はなんですかぁ? キョンシーですかぁ?」
女性は、お腹あたりまでの黒髪カールロングヘアに、初鹿野のものより少し小ぶりな白いリボンを、頭の上につけている。
「町奉行の
のんびりした口調に、ついウトウトしてしまいそうだ。
「齋藤瑞樹です。この幕府の将軍に会いに来ました」
僕は単刀直入に目的を言った。
「えぇ~、それはダメですよぉ。そんな簡単に会えないから、将軍なんじゃないですかぁ」
加々爪さんは、人差し指でペケをつくった。
「加々爪町奉行……通していただけませんか? 門番経由で将軍さまに話はいっているはずです。妨害がないということは、瑞樹さんは
伊奈さんは加々爪さんの胸のあたりを見ている。
「え~、信じられないですよぉ。せめて目を見て言ってくださいよぉ。私の胸になにかついてますかぁ?」
「あのですね。人それぞれコミュニケーションの取り方はあるんですよ。その言い方は気に障るのでやめてもらえますか」
僕は我慢できずに、加々爪さんをとがめた。少しずつ成長している伊奈さんを、
「あら、ごめんなさい。私怒らせるようなこと言っちゃいましたかねぇ」
加々爪さんは悪びれる素振りもなく謝った。
「とりあえず、通してください。あなたに用はない」
僕は伊奈さんの手を握り、加々爪さんを押しのけるように前へ進んだ。
「ひゃっ」
僕の行動を予想していなかったのか、伊奈さんは軽く声を上げている。
「ちょっとちょっとぉ」
再び僕の前に、加々爪さんが立った。
「齋藤さん、あなたはこの枚方幕府の部外者なんですよぉ? おかしくないですかぁ?」
「知りません。まず、僕はこの幕府を認めていません。大阪幕府の老中として抗議をしにきています」
僕はもう一度、加々爪さんを押しのけようとした。
加々爪さんは、僕に抱きつくような形で制止を試みた。
「ちょっと! なんですか!」
「あらぁ、胸が当たっちゃいましたかねぇ」
加々爪さんは自身の胸を持ち上げ揺らす。
「ふざけた人だ」
このままどいてくれないなら、多少手荒な真似をしてでも通らなければならない。
「わかりました。通っていいですよぉ。ただ、セキュリティチェックをさせてください」
加々爪さんは胸の谷間から、小型の金属探知機を出した。
……どこから出してんだ。
「一応、部外者ですから。不審なものを持っていないかのチェックですぅ」
「わかりました。さっさとしてください」
まずは伊奈さんの体からチェックし始めた。
何事もなく通過する。
「次は齋藤さんですねぇ」
加々爪さんは金属探知機で、僕の体の隅々までチェックする。股間に到達したとき、ピピピと音が鳴った。
「あれぇ? こんなところで反応が」
絶対遊んでいる。
「ふざけないでください」
僕は抗議をした。
「これは中身までチェックしないといけませんねぇ」
加々爪さんは僕のズボンを下ろそうとした。
片腕が松葉杖でふさがれているので、加々爪さんの手を上手く払えない。
「あらぁ、かわいらしいパンツ」
伊奈さんはとっさに顔を手で
「伊奈勘定奉行も見てみてくださいよぉ。男性の下着姿は初めてですかぁ?」
加々爪さんは片腕で僕のズボンを下ろしたままにし、もう片腕で伊奈さんの顔を覆う手をほどこうとする。
「や、やめてください! 見たくないです!」
伊奈さんは加々爪さんをドンと押した。
「あらぁ」
ドテッ。
加々爪さんは、僕に覆いかぶさる形で倒れた。
密着する二人の体。
……なんで初対面の人とこんな状況に。
「齋藤さん、見た目に反してお元気そうじゃないですかぁ」
加々爪さんは顔を僕に近付ける。
「勘弁してください」
押しのけたいが、上に乗った人間を動かせるほどの力はない。
「なんてことを……。瑞樹さん、失望しました!」
伊奈さんは、抱き合う形の僕らを見て、スタスタと歩いていってしまった。
ピスタは頭上でニヤニヤしている。
「加々爪さん、どいてください」
「はぁい」
僕は松葉杖を支点にグッと立ち上がる。
「齋藤さん、近くで見るとかっこいいですねぇ。そのお札を外したお顔も見せてくださいね」
「機会があれば」
僕は少し早足で、伊奈さんを追いかけた。
長い廊下を急ぎ、なんとか伊奈さんに追いついた。
「伊奈さん、なんか誤解してますよね?」
「……いいえ」
伊奈さんは前だけを見て、歩く速度を上げた。
「あの、伊奈さんが押したから、ああいう体勢になったんであって」
「人のせいにして、いやらしいことするんですね」
なんてことを! 断じてそんなことはしていない。
「ピスタ、なんとか言ってくれ」
僕はピスタに助けを求めた。
「いいや、俺はなにも知らない」
ピスタはグワッと口を開けて、あくびをするフリをしている。
おおい!
「……あの」
豊臣御殿の大きな扉が見えてきたところで、伊奈さんが立ち止まった。
「私は、大阪幕府の幹部たちが、今どうなっているのか、深いところまでは知りません」
伊奈さんは猫耳を触っている。どこかを触ることで落ち着くのだろうか。
「だから、瑞樹さんは将軍に直接聞かれるんでしょうけど、聞き方には気を付けてください」
「わかりました」
「加々爪町奉行も言っていましたけど、今の瑞樹さんは、枚方幕府からして敵なんです。将軍の一存で首をはねられる可能性だって、ゼロじゃありません」
僕は豊臣御殿の扉をジッと見つめた。
「伊奈さん、もし僕が、大阪幕府を復活させるために、この幕府と戦うとしたら、どちらにつきますか?」
伊奈さんは、数秒の沈黙のあとに、僕にしか聞こえない声でささやく。
「……私はいつだって、大阪幕府の勘定奉行です」
僕と伊奈さんの歩幅は、今までより少し広く、力強くなった。
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